2013年12月14日土曜日

The Dispensable Nation

オバマ政権の1期目でアフガニスタン・パキスタン問題の担当特使を務めたリチャード・ホルブルックの右腕として働き、今でも国務省のForeign Affairs Policy Boardのメンバーである、Vali Nasrの本です。読み終えたのはちょっと前ですけど、面白かったです。門外漢の私には知らないことばかりで勉強になりました。

Nasrは冒頭から、オバマ政権内には外交で問題を解決しようとする国務省と、軍事行動に重きをおく国防総省などの間に対立関係があると指摘して、側近に囲まれたオバマ大統領は多くの場合は国防総省側の意見をとりいれたことを嘆いています。政権内にいたのは2年ほどだったようですが、オバマ外交には批判的です。

2009年春ごろにホルブルックはアフガンの治安を安定させて米軍撤退をスムーズに進めるというシナリオを描いて、タリバンとアフガニスタンのカルザイ大統領との和平交渉を始めようとした。でも国防総省やCIAなんかは、タリバンと交渉するなんてテロを容認するようなものだとかいって反対する。で、そのとき就任したばかりのオバマは対外的に「弱腰だ」とみられることを恐れてホルブルックの意見に賛成しない。クリントン国務長官はホルブルックを信頼していたので、なんとかオバマを説得しようとするんだけれど、「ベルリンの壁」と呼ばれるオバマの側近グループが邪魔をする。クリントンはオバマあてのペーパーを書いて「これを承認してくれ」と頼み込み、オバマもうなずいたらしいんですが、それも棚上げになってしまう。そんなこんなとしているうちに、ホルブルックは2010年12月に心臓の病気で亡くなってしまいます。69歳。

ホワイトハウスがタリバンとの対話を検討し始めたのはこの後で、クリントンは2011年2月の演説でようやく、オバマ政権を代表してタリバンとの対話を表明することができた。ただ、ホルブルックの構想では、アフガンに駐留している米兵の数が最大の時期こそが米国の交渉力が一番強いわけだから、この状態をなるべく維持しておくという方針だったのに、オバマは6月には早々にアフガンからの撤退計画を発表してしまう。ホルブルックが死んでからホワイトハウスにどういう心境の変化があったのかは分かりませんが、ホルブルックとともに働いてきたNasrにすれば、なんという下手くそな外交なんだというところでしょう。

このほかパキスタンのムシャラフが密かにタリバンを支援しているんだとか、2011年のNATO軍によるパキスタンの検問所の誤爆の後、オバマは「タフ」に見られたいからパキスタンとの関係修復に後ろ向きだったとか、オバマはイランに圧力をかけるばかりだという意味ではブッシュ政権と大差ないとか、いろいろと面白いエピソードも。ただ、ウィキペディアをざっとみたところ、ホルブルックは毀誉褒貶がある人らしいのでNasrの評価がどれだけ的を得ているのかは分かりません。ただ、米国の政権内にはいろんな考え方をもった人がいて、なんとかそれを実現しようとあーだこーだとやっているんだなという実態は面白いと思います。

あと、中東をめぐる情勢分析も、いろいろと。イランはイスラエルと敵対することでアラブのリーダーになろうとしているけど、サウジやトルコほどの経済力がないから支持を得られないとか、イランはパキスタンやインドや北朝鮮が核兵器保有を黙認されているんだから、自分たちも認められるだろうと考えているとか、米国からすればイスラエルへのテロ活動を支援するイランに核兵器保有を許すことはテロリストに核の傘を与えることになるから認められない面があるんだとか、経済制裁は便利な方法だけれどもそれだけでは問題の根源は解決できないとか、いろいろと門外漢にとっては面白い知見が出てきます。へぇ。

面白いのはNasrはイランについて、核兵器保有を許してしまったうえで封じ込めと抑止で対応した方がいいんじゃないのかと考えているところ。ロシアや中国が核兵器を持っていても世界が核戦争に向かっているわけじゃないし、北朝鮮やパキスタン、インドが核兵器を保有しているからといって、日本や韓国、バングラディシュ、スリランカなんかが核兵器保有を目指しているわけじゃない。米国には冷戦期に豊富な経験があるんだから、イランの核保有を阻止することにこだわらなくてもいいという見方です。へぇ。以前に書いたこのエントリの話に似ています。Nasrみたいに政権内にいるような人にも、そんな考え方をする人がいるんですね。

それと中国についても力点が置かれています。長すぎるんで、ざっと書いちゃうと、中国と米国の対立はなにも太平洋を挟んで起きるわけでなく、経済成長に不可欠な原油などの供給源である中東を舞台に起きるのだから、米国はきちんと準備をしておかなければならない。中国はアラブ世界やパキスタンやイランやトルコへの影響力確保を狙っている。だから米国もこうした地域にきちんと関与していかないと、中国にいいようにやられてしまう。というのが、Nasrの心配するところであったりします。

面白い本でした。