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2019年2月10日日曜日

Israel: A Concise History of a Nation Reborn

“Israel: A Concise History of a Nation Reborn” という本を読んだ。Daniel Gordisというイスラエルの作家が書いた本です。Gordisさんはエルサレム・ポスト紙が選んだ、世界で最も影響力が強いユダヤ人50人に選ばれたことがあるそうです。そこそこ有名な人なんだと思います。

この本を読んだのは、前の本”The Sleepwalkers”を読んだ後、キンドルからお勧めされたからです。以前、行動経済学の基礎を築いた2人のユダヤ人心理学者のストーリーを描いた”Undoing Project”を読んだとき、イスラエルの歴史を知りたいなと思っていたもんですから、これはなかなかのナイスお勧め。即決で購入しました。

イスラエルの建国のきっかけとなった19世紀後半のジオニズム運動の始まりから、2015年ぐらいまでのイスラエルの歴史を追った本です。勉強になります。ユダヤ人の立場からの歴史ですから、ちょくちょく「イスラエルは平和を愛しているのにアラブの奴らときたら」的な話が入ります。ただ、完全に中立な本なんて読みにくくて仕方がないでしょうからね。まぁ許容範囲に収まっていると思います。

ユダヤ人といえばナチスドイツに迫害されたイメージが強いですが、欧州では19世紀後半からユダヤ人への迫害は始まっていました。”pogrom”というユダヤ人に対する攻撃を指す言葉がありまして、こうしたpogromは1860年代のルーマニアとか、1871年のオデッサとかですでに起きていた。東欧では「ユダヤ人はキリストを殺した」なんていう宗教上の理由がつけられ、中・西欧では宗教とは切り離して、ユダヤの民族性そのものが迫害の理由になりました。

1879年、ドイツでは「ユダヤ人は社会にassimilateすることができない」として、anti-Semitismと名付けられた運動が始まりました。1880年代のロシアでは、学校に入学できるユダヤ人の数が制限され、1891~92年にかけては2万人のユダヤ人がモスクワから追放されました。そんなわけで1882~1914年の間、250万人のユダヤ人がオーストリア、ポーランド、ルーマニアなどを去りました。ロシアからは、第一次世界大戦直前の15年間で、130万人のユダヤ人が脱出しました。

マイノリティーにすぎないユダヤ人がどうして迫害されるのかっていう背景には、このころのユダヤ人は社会の中で重要な役割を占めるようになっていたという事情があるらしい。”Jews, or people of Jewish origin, now played critical roles in economics, politics, science and the arts.”という感じだったんだそうです。

例えばドイツなんかでは、ユダヤ人は人口の1%以下にもかかわらず、特に金融や政治の世界で高い地位を占めるようになりました。それが多くのドイツ人の反感を買うようになります。新聞や本、雑誌などで、greedy, capitalist, and corrupt Jewというイメージが形作られるようになり、ナチスドイツの時代につながっていきます。ユダヤ人以外の人たちからすれば、王様や領主みたいな人たちも十分な金持ちなんですが、彼らはなんだかんだ言っても民衆のために統治してくれたり、戦ってくれたりする。でも、ユダヤ人はなんだよ、っていう雰囲気もあったようです。

これまでに読んだ本でも出てきましたが、18世紀ごろにイギリスで始まった産業革命が各地に伝わり、社会の構造が大きく変化していった時代の話です。そういう背景の中で、社会の現状に不満を持つ人たちが、なんとなく自分たちとは違う生活や文化を維持しているユダヤ人を目の敵にするような運動が出てきたんでしょう。想像ですが。


そんな中、1897年にスイスのバーゼルでThe First Zionist Congressが開かれます。各地からユダヤ人が集まって、自分たちの国を作るという目標を掲げた会議です。この会議を招集したのは、Theodor Herzl(ヘルツル)という人です。1860年にペスト(今のブダペストの一部)で生まれたそうですから、当時37歳。若い頃にハンガリーのナショナリストが、ユダヤ人は自分たちの国を作って出て行くべきだとして、”Jew, Go to Palestine!”と叫んでいるのを聞いて、そうすりゃいいんじゃないのって思ったのが会議を呼びかけるきっかけになったそうです。

そんなわけでヘルツルさんには、「みんながユダヤ人を嫌いなんだから、ユダヤ人の国を作って出て行くことにしたら、国際社会としても応援してくれるんじゃないか」という期待があった。なるほどある意味、理にかなっている。ヘルツルさんは1896年に”Jewish State”という本を出し、わずか1年後にZionist Congressの開催に成功しました。

会議では、“Zionism seeks to secure for the Jewish people a publicly recognized, legally secured homeland in Palestine.”と定め、その方法として、

・By fostering the settlement of Palestine with farmers, laborers, and artisans.
・By organizing the whole of Jewry in suitable local and general bodies, in accordance with the laws of their respective countries.
・By strengthening the national Jewish feeling and national consciousness.
・By taking preparatory steps to attain any Governmental consent which may be necessary to reach the aim of Zionism.

と定めます。

その一環として、Jewish National Fundなんていう構想も提起されました。みんなでお金をあつめてオスマントルコ帝国からパレスチナの土地を買っていこうぜ、っていうファンドです。

なかなかのもんですよね。

ここまでが第1章。


ここから先も長いお話が続きます。

ユダヤ人たちはこつこつオスマントルコ支配下のパレスチナへの入植を進めていきます。その数が増えてくると当然、地元のアラブ人たちからの反感が高まって、オスマントルコが入植を制限したりする動きが出ます。でも当時のオスマントルコは力が衰えてきていて、末端の組織まで十分にコントロールできない。そんなわけでユダヤ人は役人を買収したりして、さらに入植を進めていきます。こうした運動には、ロスチャイルド家が資金を出したりしていたそうです。おぉ。ロスチャイルドって、そういうことをしていたのか。

そんな中、1914年に第一次世界大戦が勃発。オスマントルコが敗北するという見立てのもと、パレスチナはヨルダンとかそのあたりと一緒にイギリスの統治下に入るんじゃないかという観測が浮上します。そこでユダヤ人たちはイギリスに対して、パレスチナの地にユダヤ人の国を作ることを認めるよう働きかけます。

そんな中、1916年にイギリスの首相になったロイド・ジョージは弁護士時代からZionismに大変な理解がある人でした。翌1917年、当時の外務大臣だったArthur Balfour がWalter Rothschildあての手紙で、パレスチナにおけるユダヤ人国家の建設を支持することを宣言します。いわゆるBalfour Declaration です。具体的には、以下のような記述があります。

”His Majesty’s Government view with favour the establishment in Palestine of a national home for the Jewish people.”

Gordisさんも認めるように、この文書は”astonishingly ambiguous document”でもあります。”national home for the Jewish people”の文言はあっても”Jewish state”という言葉はありませんし、いつまでにそれを作るのかというタイムラインも示されていません。さらに、”nothing shall be done which may prejudice the civil and religious rights of exsiting non-Jewish communities in Palestine”という文言もあって、アラブ側の立場を尊重するようなことも書かれています。

ただ、当時のイギリスの政治家の間で、Zionismを支持した方が良さそうだという機運が生まれていたこともまた確かです。ユダヤ人は第1回のZionist Congress(1897年)からわずか20年で当時最強の帝国に自分たちの主張を認めさせたわけですから、あまりに出来過ぎた展開。「いくらカネ使ったんだ」なんて勘ぐりたくもなりますが、実際問題として、ユダヤ人はある種のお墨付きを得たわけです。

第一次世界大戦終戦後の1920年、イタリアで開かれた、イギリス、フランス、イタリア、日本による会議(San Remo Conference)で、オスマントルコ支配地域をどのように分割するかが協議され、英国がパレスチナを統治することで一致します。この際、Balfour Declarationも決議の中に盛り込まれました。戦勝国によって、パレスチナがユダヤ人の戻るべき場所であることと認められたことになります。

で、アラブの人たちは怒ります。すでにパレスチナに入植しているユダヤ人に対する攻撃が始まり、それに対抗するため、ユダヤ人による自警組織も強化されます。こうした組織が後のイスラエル軍の始祖になったとのこと。なるほど。

ただまぁ、どこまでがパレスチナなんだという問題もありまして、ユダヤ人は当初はヨルダン川の西側一帯(今のヨルダンにあたる地域)もパレスチナだろうと受け止めていたのですが、1921年にイギリスは「ヨルダン川の西側一帯はTransjordanです」と決めて、パレスチナから切り離します(当時の責任者はチャーチル)。それでもアラブ側は納得せず、ユダヤ人入植者への攻撃は激化します。

ユダヤ人はZionismの理想を掲げる際、「国際社会はユダヤ人国家を支持してくれるだろう」と想定していたのですが、アラブ側の反発を全く計算に入れていなかったようです。ユダヤ人の指導者の一人、Ahad Ha’amは、こんなことを書いています。

“We are used to thinking of the Arabs as primitive men of the desert, as a donkey-like nation that neither sees nor understands what is going on around it. But that is a great error.”

さらに、ユダヤ人指導者の中でタカ派として知られるZe’ev Jabotinskyなんかは1923年の文書の中で、「アラブ人がパレスチナに愛着を抱いているからこそ、パレスチナにおいてユダヤ人とアラブ人が自発的な和平に達することは不可能だ」と論じました。そして、パレスチナに和平をもたらすためにはアラブ人がユダヤ人を排除することを諦めるぐらいの”the iron wall: a strong power in Palestine that is not amenable to any Arab pressure”が必要だと主張します。

ヨーロッパでユダヤ人が迫害されたこと自体が許されないことであることは明らかです。一方、そのユダヤ人がアラブの人たちを見下すような感情を持ったうえで、パレスチナに入植を進めていったとも言えるようです。そして、それに対するアラブ側からの反感が、ユダヤ人を軍事化の道に後押ししていった。なんか、おそろしい話です。

このあたりまでで第5章。第6章ではヒトラーが登場します。

ヒトラーが「わが闘争」を書いたのは1925年。ジャボティンスキーの文書から2年後です。”If… the Jew is victorious over the other peoples of the world, his crown will be the funeral wreath of humanity and this planet will, as it did thousands of years ago, move through the ether devoid of men.”なんていう風にユダヤ人に対して敵意むき出し。もちろんZionismに対しても全否定で、

“They have not the slightest intention of building up a Jewish State in Palestine so as to live in it. What they really are aiming at is to establish a central organization for their international swindling and cheating.”

ってな具合です。

そんなヒトラーが1933年にドイツの首相となります。

このころ、多くのユダヤ人は「ドイツとの直接交渉でヒトラーに路線変更を迫るべし」と考えていたそうです。タカ派の間ではドイツ製品のボイコット運動を支持する動きもありましたが、ボイコットにはかえってドイツを刺激するリスクがあります。1933年にユダヤ人とドイツの間で結ばれた”Ha’avarah (Transfer Agreement)”は、ドイツ内のユダヤ人が国外に亡命する際には資産をドイツに没収されなくて済むという内容。さらにユダヤ人は資産をパレスチナの銀行に預け、その資金でドイツ製品を買って、パレスチナに送ることができるという内容も含まれていました。ドイツ製品をボイコットすべきという動きがある中で、実際には移民拡大と引き換えにドイツ製品を買う動きが承認されたということです。また、こうした資金はアラブからパレスチナの土地を買うことにも使われました。

そんなわけでパレスチナにおけるユダヤ人の人口は1933年の23万4967人から、1936年には38万4078人に増えます。もちろんアラブのユダヤ人入植者に対する反感は高まり、改めてユダヤ人への攻撃が激しくなります。

このころパレスチナを統治しているイギリスが方針変更します。これまでは治安を悪化させるアラブ人を厳しく取り締まっていたのですが、アラブの不満を抑えるためにユダヤ人の入植を制限することにしたのです。イギリスは1936年後半のユダヤ人入植者の数を4500人に設定。前年の1935年は1年間で6万1000人でしたから、85%減少という計算になります。ところがアラブ側は「ゼロが当然だろう」ということで、イギリスの9000人案を蹴ります。治安はさらに悪化。イギリスは問題解決のため、William Robert Wellesley Peelを団長とする調査団(Peel Commission)を派遣。ユダヤとアラブの双方から言い分を聞くことにしました。

1937年に出たPeel Commissionの報告書は、ユダヤとアラブは両方とも同じ地域に対する主権を主張しているのだから双方が納得する解決策はないとして、パレスチナの分割案を提示します。

Balfour Declaration当時、ユダヤ人は現在のヨルダンまで含めた地域が自分たちのものになると解釈していました。しかしこのPeel Commissionの報告書でユダヤ人に割り当てられたのは、その20%にすぎません。しかもエルサレムとベツレヘムはアラブ側のものになります。1921年にチャーチルがTransjordanを切り離したときよりもさらに小さい範囲です。

当然、ジャボティンスキーら多くのタカ派はこの提案に反対しますが、David Ben-Gurionを初めとする現実路線の指導者たちは「どんな提案でもユダヤ人国家が認められるなら受け入れるべきだ」との立場をとります。そして1937年の第21回 Zionism Congressで、Peel Commissionの提案は受け入れられます。

でもアラブ側は拒否。ユダヤ人への攻撃が激しくなります。

1938年11月、イギリスなどがチェコのズデーテン地域をドイツに割譲することで合意。ヒトラーがノリノリになります。Ben-Gurionはこの決定を知り、「ヨーロッパ最悪の日」と評したそうです。イギリスがチェコをドイツに割譲するなら、次に引き渡されるのはパレスチナだと予見したのです。このころ、パリでユダヤ人がドイツ人の役人を殺害する事件があり、ドイツとオーストリアで反ユダヤ感情が爆発。各地でシナゴーグが焼かれ、2万6000人のユダヤ人が収容所に送られました。1939年9月、ドイツがポーランドに侵攻。イギリスとフランスがドイツに宣戦布告し、第二次世界大戦が始まります。

これはユダヤ人にとって悩ましい問題です。イギリスはBalfour Declarationに反してアラブの肩を持ち、ユダヤ人のイスラエルへの移民を制限しているという意味でユダヤ人にとって敵ですが、同時にドイツと戦ってくれる味方でもあります。ところがアラブはアラブでイギリスに敵意を抱いています。そもそもパレスチナにおけるユダヤ人国家なんていう話が現実味を増したのは、イギリスがある種のお墨付きを与えたことが発端です。こうした中、イギリスは1943年、正式にパレスチナのユダヤ人入植者による部隊をイギリス軍に加えることを決定。これらの部隊が独立後のイスラエル軍の基盤となります。


まぁ、ちょっと疲れましたんで、このあたりで終わります。話はまだまだ続くんですが。第二次世界大戦後は、周辺アラブ諸国との対立の話です。エジプトのナセル大統領とかPLOのアラファト議長なんかが敵役です。第二次世界大戦後のイスラエル人にとって、ホロコーストの時代にナチスに立ち向かわなかったことが口にはできない恥の意識としてすりこまれていたなんていう話とか、建国間もないころのイスラエルは今とは違って経済的にもひどく困窮していたという話とか、イスラエルの中でも「どこまでがユダヤ人なんだ」という論争がある(エチオピア系ユダヤ人: Beta Israel, Falasha なんていう概念もある)なんている話もあって、いろいろと興味深いです。

Balfour Declaration(1917年)は100年以上も昔の話ですが、中東和平交渉は今でも続いています。つまりは紛争は世代を超えて引き継がれているわけです。

面白い本でした。英語も読みやすいです。

2017年2月8日水曜日

"The Undoing Project: A Friendship that Changed Our Mind"

"The Undoing Project: A Friendship that Changed Our Mind"という本を読んだ。今日、読み終わりました。

「マネー・ボール」で有名なマイケル・ルイスが2016年12月6日に出した本です。
マネー・ボールはメジャーリーグのオークランド・アスレチックスがこれまで注目されてこなかった、プレイヤーに関する統計上の数値を重視して、独自のチームを作り上げて強豪チームを育て上げるという話です。随分と前に日本語で読んだことがあります。とても面白い本でした。

マイケル・ルイスはその後もたくさんの本を出しているのですが、いずれも未読でした。でも、また新しいしい本を出したということで、買ってみた次第です。

マネー・ボールみたいな話を期待して読むとハズレの本だと思います。ただ、これはこれで面白いです。


この本も第1章こそは、NBAのヒューストン・ロケッツのGMになったDaryl Moreyがマネー・ボール的なチーム作りを目指すところから始まります。実際、いろんなデータを駆使して、そこそこの強豪チームを作り上げるわけですが、この本はそこで終わるわけではなくて、「それでもやっぱり、完璧なチーム作りは難しい」という結論に落ち着きます。というのも人間の心理というものは、「理論的に正しい選択肢が分かっているときでも、間違った判断をしてしまうような仕組みになっているから」だということです。

ニューヨーク・ニックスで2012年にブレークした、ジェレミー・リンがそうした例の一人です。リンはほとんどのNBAプレイヤーよりも素早くプレーできる選手でしたが、長らくスカウトやコーチたちの目にとまることはありませんでした。選手の素質を見極めるプロである彼らがリンのスピードに気づかないわけがないのですが、それでもやっぱり「リンを使ってみよう」という判断が出なかったのです。それは中国系アメリカ人であるリンの姿が、彼らの頭にある「良いプレイヤー」のイメージからかけ離れていたから。目の前に素晴らしいスピードの選手がいるのに、それを見落としてしまっていたというわけです。

で、こうした話が第2章以降も続くのかなと思ったら、いきなり話はイスラエルの心理学者、ダニー・カーネマン(Danny Kahneman)の話になります。で、第3章は同じくイスラエルの心理学者、エイモス・トベルスキー(Amos Tversky)の話になります。なぜかというと、この2人が「分かっていても間違えてしまう人間の心理」について研究した第一人者だからです。まぁ、言ってみれば、錯視の問題みたいなもんです。同じ長さの線でも、<ーーー>となっているのと、>ーーー<となっているのでは長さが違って見えます。「同じ長さだ」と分かっていても、やっぱり違う長さにみえる。こういった問題は、視覚以外の分野でも起きているんじゃないかということです。

ダニーとエイモスはいろんな実験をします。例えば、高校生を2つのグループに分けて、

グループAには、8×7×6×5×4×3×2×1=? という問題、
グループBには、1×2×3×4×5×6×7×8=? という問題を出して、

5秒以内に答えを出すようにお願いします。5秒ですから、カンで答えるしかありません。

するとグループAの答えの平均は2250で、グループBの答えの平均は512でした。冷静に考えれば2つは全く同じ問題ですから、カンで出した答えの平均は同じになってもよさそうなものです。でも前者の方が圧倒的に大きな数字になってしまうのです。(本当の答えは40320ですが)

これはグループAの問題は最初に大きい数字が出てくるために高校生たちが「大きな数字」のイメージに引っ張られてしまい、グループBではそれとは逆の効果が出たということです。

また、別の実験では、

あるグループに「100人の人がいて、このうち70人がエンジニアで、30人が弁護士です。ここから1人を選んだとき、その人が弁護士である確率は何%でしょう」と尋ねると、尋ねられた方は「30%」と正しい答えを出します。

しかし同じ状況を提示したあとで、「選ばれた1人はディックという30歳の男性です。ディックは結婚はしていますが、子供はいません。能力が高くて意欲も高いです。きっと仕事で成功するだろうと期待されて、みんなから好かれています。さて、ディックが弁護士である確率は何%でしょう」と尋ねると、回答者の反応にばらつきが出ます。ディックに関する説明の部分には、彼が弁護士かエンジニアかを示す情報は一切含まれていないにも関わらずです。

つまり、人間は全く関係のない情報が加わることで、当たり前の確率の計算ができなくなってしまうということです。


こうした研究は、こんな奇妙な質問を投げかける実験にもつながります。

選択肢A:50%の確率で1000ドルがあたるくじ引き
選択肢B:確実に500ドルがもらえる

あなたはどちらを選びますか?


この場合、多くの人が選択肢Bを選ぶそうです。どちらの選択肢でも期待値は同じなわけですが、人間の心理には不確実な大きな喜びよりも、確実な中程度の喜びを選ぶ傾向があるということです。つまり、失敗するリスクを避けるわけです。

では、次の場合はどうか。

選択肢A:50%の確率で1000ドルを失うくじ引き
選択肢B:確実に500ドルを失う

あなたはどちらを選びますか?


この場合、多くの人が選択肢Aを選びました。どちらの選択肢でも期待値は同じなわけですが、この場合、人々は「リスクテイカー」となるわけです。


こうした人間の心理の不合理性を示す出来事は「面白いなぁ」だけの話じゃなくて、現実の世界にも大きな変化をもたらしています。例えば、

病気の患者に手術のリスクを説明するとき「90%の確率で生存できます」と説明すると、82%の患者が手術を受けることを決断するが、「10%の確率で死にます」と説明すると、54%の患者しか手術を決断しないそうです。同じデータを説明しているのに、患者の反応は全然違うということです。

あと、結腸ガンの検診の際、肛門から内視鏡を入れて腸内を診察するわけですが、これがなかなか不愉快なもので、一度検査を受けた患者が次の検査を受けたがらないという問題があるそうです。で、ある病院で実験が行われます。一つのグループには一定時間の診察が終わったら、すぐに内視鏡を引き抜く。もう一方のグループには、同じ時間の診察が終わった後、内視鏡を直腸のあたりまで引き抜いたところで3分間ストップさせます。この3分間は、検診をしている間よりは不快感が少ないけれど、やっぱり不快であることには変わりがないということです。で、術後に患者に尋ねたところ、次回の検査を受けてもよいとの回答は2番目のグループの方が多かった。2番目のグループは、トータルでの検査時間は1番目のグループよりも3分間長いのですが、それでも「最後の3分間の不快感が1番目のグループよりも少なかった」ので、次回の検査への抵抗感が薄れたのだということです。"Last impressions can be lasting impression"なんだそうです。

とまぁ、こんな風なわけで、2人が切り開いた新しい心理学の分野は、心理学以外の分野にも影響を与えていったわけです。

ところが、そのうち、2人の間に亀裂が入ります。2人の共同研究は高く評価されたのですが、どういうわけかエイモスの方の名声ばかりが高まっていったからです。

エイモスという人は、話をした人なら誰でもすぐに「この人、めちゃくちゃ頭いいなぁ」と気づかせてしまうような天才肌で、数学や統計についても詳しかった。自分の専門外の分野の学者と話をしていても、30分もすれば相手の学者のほうがびっくりしてしまうような深い洞察を披露したり、的確な疑問点を提示してみせたりできた人だったそうです。そんなエイモスにとって、ダニーはかけがえのない、一緒にいて最も心が安らぐ友人でした。2人の研究室には2人以外の誰も入れず、周囲の人間たちは外で2人の笑い声を聞くしかなかったそうです。

しかしダニーの方は、エイモスのそばにいると、自分がエイモスの陰に隠されてしまったような気分になるのです。そんなわけで、ダニーは次第にエイモスとの共同研究を敬遠するようになります。


そうしたなかダニーは独自の発想で、さまざまな人間の心理が引き起こす不合理な行動とその法則を見つけ出していきます。そのなかのひとつが、"rules of undoing"というものです。

例えば、

AさんとBさんは同じ時間に出発する2つの飛行機に乗る予定でした。2人は同じリムジンに乗って空港に向かいましたが、渋滞につかまってしまって、結局、飛行機の出発時間よりも30分遅れて空港に到着しました。

Aさんは空港でこう言われました。「あなたの飛行機は定刻通りに出発しました。あなたは30分、間に合いませんでした」
Bさんは空港でこう言われました。「あなたの飛行機は遅延が出たんです。でも5分前に出発しちゃいました」


こういう状況の下では、Bさんの方がAさんよりも不満に思う度合いが大きい。AさんとBさんは同じ行動をとって、どちらも飛行機に乗り遅れたにも関わらずです。

ダニーは、こうした不満の大きさは、「実現しなかった現実の望ましさ」と「実現しなかった現実の可能性」の関数として定義できると考えました。さっきの飛行機のケースでは、「実現しなかった現実の可能性」をみてみると、Bさんの方がAさんよりも大きかった。あと5分だけでも渋滞を早く抜けられていたら、Bさんは飛行機に乗れていた可能性があったからです。

さらにダニーは、「後悔」と「不満」と「嫉妬」についての違いも定義します。

「後悔」は実現しなかった現実への道筋が「ありえる場合」、「自分が別の行動をとればよかった」と思う感情。

「不満」は実現しなかった現実への道筋が「ありえる場合」、「周りの環境が異なっていれば良かったのに」と思う感情。

「嫉妬」は実現しなかった現実への道筋が「ありえなくても」、実現しなかった現実のイメージがありありと描ける状況で起きる感情。

という具合です。


そして、

「人は元に戻さねばならない現実が多ければ多いほど、現実を元の戻そうとは思わなくなる。地震で知人を失った人は、落雷で知人を失った人よりも、あの人が生きていれば良かったのにと思う度合いは少ない。地震がもたらす被害は広範囲なので、『もしも地震がなければ』と思うことが難しくなる」

「出来事が起きてから時間がたてばたつほど、別の現実もあったのではないかと思う度合いは小さくなる」

といったルールを導き出します。


さらに「日常から非日常への心理的な距離は、非日常から日常への心理的な距離よりも遠い」というルールも発見します。

例えば、

ある銀行員がある日、いつもと「同じ」道を通って通勤したら、赤信号を無視して突っ込んできたドラッグ中毒の若者が運転する車にはねられて死んだ場合と、
ある銀行員がある日、いつもと「違う」道を通って通勤したら、赤信号を無視して突っ込んできたドラッグ中毒の若者が運転する車にはねられて死んだ場合では、

前者の方では「いつもと違う道を通っていれば良かったのに!」とは思いにくい。いつもと同じ状況から、いつもと違う状況に発想を移すことは難しい。
後者の方では「いつもと同じ道を通っていれば良かったのに!」と思いやすい。いつもと違う状況から、いつもと同じ状況に発想を移すことは簡単。

ということです。


ダニーはこうした独自の発想についてエイモスとの共同研究は避けていましたが、アイデアについてはダニーに話していました。そしてあるとき、エイモスと一緒に出席した発表会の場で、ダニーはこうしたルールについて講演して、聴衆から大いに関心を集めました。すると、ある参加者がダニーとエイモスに向かって、「こんな発想は、お二人のどちらから生まれるんですか?」と尋ねました。ダニーとエイモスは2人の間の亀裂については公にしていなかったので、この参加者は2人の共同研究の成果なのだと思い込んだわけです。

するとエイモスが答えました。「私とダニーは、そういったことについては話さないことにしているのです」

この一言がダニーにとってはエイモスと決別する決定的なきっかけになったそうです。この発表内容はダニーのものです。そしてエイモスは、この参加者から、ダニーを称える発言をするチャンスを与えられたようなものです。ところがエイモスはこのチャンスを無視した。それがダニーには許せなかった。そしてダニーは別の研究者との共同研究として、論文"The Undoing Project"を発表します。

とまぁ、だいたいこんなことが書かれている本です。この他にも様々な研究結果に関する実例が出てきて面白いです。


2人の研究に関しては、経済学者から強い反発を受けたことにもページが割かれています。ダニーとエイモスに言わせれば、「人間の心理は合理的ではない誤った選択肢をとらせる。しかもその誤り方には法則性がある」というわけです。となると、「人間はシステマチックに間違う。だから市場だってシステマチックに間違っている」という結論になります。経済学は「人間は合理的に行動する」ということを前提にして発展してきたわけですから、そりゃ経済学者にすれば面白くない話です。

しかし2人の研究を受け入れるべきだと考える経済学者も出てきて、「行動経済学」という分野を開拓していきます。2人の研究成果のうち"Prospect Theory"は、今では経済学の分野で2番目に引用されることが多い論文だそうです。

こうした経済学への貢献が評価されて、ダニーは2002年にノーベル経済学賞を受賞します。しかし共同研究者だったエイモスは受賞できませんでした。1996年にガンのために亡くなっていたからです。エイモスは亡くなる前、毎日のようにダニーと話していたそうです。


多分、心理学のパートの部分だけの話を知りたいのなら、ダニー・カーネマン自身の著作を読んだ方がいいのかもしれません。それはそれで面白いことは間違いなさそうです。そこにダニーとエイモスの人間ドラマを付け加えたところが、この本のキモなのだと思います。ただ、時系列が結構ぐちゃぐちゃなので、ドラマを追いにくいところがあります。時系列でたどっていくと、いろいろと筋書き的に矛盾が生じるのかなと推察します。

このほか、2人の研究とイスラエル軍の関わりとか、イスラエルにおける中東での立場とか国民が共有している危機感の話とかがあって、これはこれで興味深いです。イスラエルの歴史っていうのも勉強してみたいですね。


この本は大統領選後に出版された本です。だから人間が非合理的な判断をシステマチックにしてしまうということと、ドナルド・トランプが当選したことを重ね合わせて読んでしまうところもあります。行動政治学なんていう分野があったりするんでしょうか?

2013年12月14日土曜日

The Dispensable Nation

オバマ政権の1期目でアフガニスタン・パキスタン問題の担当特使を務めたリチャード・ホルブルックの右腕として働き、今でも国務省のForeign Affairs Policy Boardのメンバーである、Vali Nasrの本です。読み終えたのはちょっと前ですけど、面白かったです。門外漢の私には知らないことばかりで勉強になりました。

Nasrは冒頭から、オバマ政権内には外交で問題を解決しようとする国務省と、軍事行動に重きをおく国防総省などの間に対立関係があると指摘して、側近に囲まれたオバマ大統領は多くの場合は国防総省側の意見をとりいれたことを嘆いています。政権内にいたのは2年ほどだったようですが、オバマ外交には批判的です。

2009年春ごろにホルブルックはアフガンの治安を安定させて米軍撤退をスムーズに進めるというシナリオを描いて、タリバンとアフガニスタンのカルザイ大統領との和平交渉を始めようとした。でも国防総省やCIAなんかは、タリバンと交渉するなんてテロを容認するようなものだとかいって反対する。で、そのとき就任したばかりのオバマは対外的に「弱腰だ」とみられることを恐れてホルブルックの意見に賛成しない。クリントン国務長官はホルブルックを信頼していたので、なんとかオバマを説得しようとするんだけれど、「ベルリンの壁」と呼ばれるオバマの側近グループが邪魔をする。クリントンはオバマあてのペーパーを書いて「これを承認してくれ」と頼み込み、オバマもうなずいたらしいんですが、それも棚上げになってしまう。そんなこんなとしているうちに、ホルブルックは2010年12月に心臓の病気で亡くなってしまいます。69歳。

ホワイトハウスがタリバンとの対話を検討し始めたのはこの後で、クリントンは2011年2月の演説でようやく、オバマ政権を代表してタリバンとの対話を表明することができた。ただ、ホルブルックの構想では、アフガンに駐留している米兵の数が最大の時期こそが米国の交渉力が一番強いわけだから、この状態をなるべく維持しておくという方針だったのに、オバマは6月には早々にアフガンからの撤退計画を発表してしまう。ホルブルックが死んでからホワイトハウスにどういう心境の変化があったのかは分かりませんが、ホルブルックとともに働いてきたNasrにすれば、なんという下手くそな外交なんだというところでしょう。

このほかパキスタンのムシャラフが密かにタリバンを支援しているんだとか、2011年のNATO軍によるパキスタンの検問所の誤爆の後、オバマは「タフ」に見られたいからパキスタンとの関係修復に後ろ向きだったとか、オバマはイランに圧力をかけるばかりだという意味ではブッシュ政権と大差ないとか、いろいろと面白いエピソードも。ただ、ウィキペディアをざっとみたところ、ホルブルックは毀誉褒貶がある人らしいのでNasrの評価がどれだけ的を得ているのかは分かりません。ただ、米国の政権内にはいろんな考え方をもった人がいて、なんとかそれを実現しようとあーだこーだとやっているんだなという実態は面白いと思います。

あと、中東をめぐる情勢分析も、いろいろと。イランはイスラエルと敵対することでアラブのリーダーになろうとしているけど、サウジやトルコほどの経済力がないから支持を得られないとか、イランはパキスタンやインドや北朝鮮が核兵器保有を黙認されているんだから、自分たちも認められるだろうと考えているとか、米国からすればイスラエルへのテロ活動を支援するイランに核兵器保有を許すことはテロリストに核の傘を与えることになるから認められない面があるんだとか、経済制裁は便利な方法だけれどもそれだけでは問題の根源は解決できないとか、いろいろと門外漢にとっては面白い知見が出てきます。へぇ。

面白いのはNasrはイランについて、核兵器保有を許してしまったうえで封じ込めと抑止で対応した方がいいんじゃないのかと考えているところ。ロシアや中国が核兵器を持っていても世界が核戦争に向かっているわけじゃないし、北朝鮮やパキスタン、インドが核兵器を保有しているからといって、日本や韓国、バングラディシュ、スリランカなんかが核兵器保有を目指しているわけじゃない。米国には冷戦期に豊富な経験があるんだから、イランの核保有を阻止することにこだわらなくてもいいという見方です。へぇ。以前に書いたこのエントリの話に似ています。Nasrみたいに政権内にいるような人にも、そんな考え方をする人がいるんですね。

それと中国についても力点が置かれています。長すぎるんで、ざっと書いちゃうと、中国と米国の対立はなにも太平洋を挟んで起きるわけでなく、経済成長に不可欠な原油などの供給源である中東を舞台に起きるのだから、米国はきちんと準備をしておかなければならない。中国はアラブ世界やパキスタンやイランやトルコへの影響力確保を狙っている。だから米国もこうした地域にきちんと関与していかないと、中国にいいようにやられてしまう。というのが、Nasrの心配するところであったりします。

面白い本でした。

2013年3月22日金曜日

オバマ大統領のかっこいい演説@エルサレム

中東歴訪中のオバマ大統領がかっこいい演説をしています。

オバマ大統領は1期目にイスラエルを訪問しなかったこともあって、「イスラエルに冷たいんじゃないの」と言われています。21日にエルサレムで若者を前にして行った演説は全面的にイスラエルの肩を持つという感じもない。ただ、「平和が大事なんだ」と熱く訴えてる感じは流石のかっこよさです。(参照) (動画)


演説の最初の方は、「イスラエルとアメリカはずっと仲良しだよね」とか「ハマスはひどいよね」とか「ヒズボラはテロ組織だよね」なんていういつもの話。イランの核開発についても「外交による平和的な解決が一番だけど、テーブルの上にはあらゆる選択肢がある」なんていう、どっかで聞いたことのあるような話。

で、かっこいいのはパレスチナ問題に関する部分。イスラエルの人たちが平和を愛しているのに、パレスチナ人がイスラエルに対するテロを繰り返していることを認め、アメリカはいつでもイスラエルの味方であることを強調しつつ、

Politically, given the strong bipartisan support for Israel in America, the easiest thing for me to do would be to put this issue aside -- just express unconditional support for whatever Israel decides to do -- that would be the easiest political path. But I want you to know that I speak to you as a friend who is deeply concerned and committed to your future, and I ask you to consider three points.

と切り出します。政治的には、イスラエルと仲良しだということを強調するだけで問題を脇に追いやってしまうことが簡単だけど、イスラエルの未来を真剣に考えている友人として、イスラエルの人々に3つの点について考えて欲しいというわけです。

まず平和が重要であるということ。そのためには、パレスチナを国家として認めることが大事だと。

First, peace is necessary. (Applause.) I believe that. I believe that peace is the only path to true security. (Applause.) You have the opportunity to be the generation that permanently secures the Zionist dream, or you can face a growing challenge to its future. Given the demographics west of the Jordan River, the only way for Israel to endure and thrive as a Jewish and democratic state is through the realization of an independent and viable Palestine. (Applause.) That is true.

で、そのためには相手の立場になって考えることが重要だと。パレスチナの人が自分たちの国で生きられないのは公正じゃない。今の世代だけでなく、その両親や祖父母の世代でも、毎日、人々の行動を制限しようとする外国の軍隊が存在する土地で生きなければならないのは公正じゃない。イスラエルの入植者によるパレスチナ人への暴行が処罰されなかったり、パレスチナ人が自らの土地を耕作できなかったり、ヨルダン川西岸で移動の自由が制限されたり、自分たちの家から追い出されたりするのは公正じゃない。占領や排除は答えではなくて、イスラエルの人たちが自分たちの国を作ったように、パレスチナの人たちにも自分たちの国で自由に生きる権利がある、と訴えます。以前のエントリで勉強したのでよく分かります。オバマ大統領はイスラエルによるヨルダン川西岸への入植活動が不当であることを、イスラエルの若者たちに直接訴えているわけです。

Put yourself in their shoes. Look at the world through their eyes. It is not fair that a Palestinian child cannot grow up in a state of their own. (Applause.) Living their entire lives with the presence of a foreign army that controls the movements not just of those young people but their parents, their grandparents, every single day. It’s not just when settler violence against Palestinians goes unpunished. (Applause.) It’s not right to prevent Palestinians from farming their lands; or restricting a student’s ability to move around the West Bank; or displace Palestinian families from their homes. (Applause.) Neither occupation nor expulsion is the answer. (Applause.) Just as Israelis built a state in their homeland, Palestinians have a right to be a free people in their own land. (Applause.)


そして話は「平和は実現可能だ」と続きます。

Peace is possible. It is possible. (Applause.)

で、ここから聴衆の若者をあおります。政治家は人々の支持がないとリスクをとれないから、変化を導くのは君たちなんだと。恐怖に捕らわれるよりも希望を抱け。この聖なる地でユダヤ教徒とキリスト教徒とイスラム教徒が平和に暮らす未来を信じろ。不可能だなんて思うな。イスラエルは強い国で、アメリカだって味方だ。イスラエルは現実を冷静に見つめる知恵があるけど、理想を見つめる勇気だってある、と。

And let me say this as a politician -- I can promise you this, political leaders will never take risks if the people do not push them to take some risks. You must create the change that you want to see. (Applause.) Ordinary people can accomplish extraordinary things.

I know this is possible. Look to the bridges being built in business and civil society by some of you here today. Look at the young people who've not yet learned a reason to mistrust, or those young people who've learned to overcome a legacy of mistrust that they inherited from their parents, because they simply recognize that we hold more hopes in common than fears that drive us apart. Your voices must be louder than those who would drown out hope. Your hopes must light the way forward.

Look to a future in which Jews and Muslims and Christians can all live in peace and greater prosperity in this Holy Land. (Applause.) Believe in that. And most of all, look to the future that you want for your own children -- a future in which a Jewish, democratic, vibrant state is protected and accepted for this time and for all time. (Applause.)

There will be many who say this change is not possible, but remember this -- Israel is the most powerful country in this region. Israel has the unshakeable support of the most powerful country in the world. (Applause.) Israel is not going anywhere. Israel has the wisdom to see the world as it is, but -- this is in your nature -- Israel also has the courage to see the world as it should be. (Applause.)


そして、

Sometimes, the greatest miracle is recognizing that the world can change. That's a lesson that the world has learned from the Jewish people.

最大の奇跡は世界は変えられると信じること。これは世界がユダヤの人々から学んだことだ。


かっこいい。

ただ、演説の動画をみてみると、聴衆がそんなに熱狂的に反応しているわけでもないです。実際にテロの恐怖にさらされている人たちと、私のように外野からみている人間では受け止め方が違うのかもしれません。パレスチナ問題はそんなに甘いもんじゃないんでしょうか。あと、イスラエルによるヨルダン川西岸への入植に対する批判も含めて、特段新しいことを言っているわけでもないような気がします。

そう考えると、そんなにかっこよくない気も。

2013年3月1日金曜日

イランの核開発が思うように進んでない疑惑

Foreign Affairsのサイトを眺めていたら、「イランはまだ核開発にもたついている」(Iran Is Still Botching the Bomb)という記事を見つけた。(参照) それによると、イランが核爆弾を持つことになるのは早くても2015~16年ぐらいだという報道が1月下旬に出ていたらしい。知らんかった。

イランといえば、昨年9月にイスラエルのネタニヤフ首相が「イランは2013年夏ごろには核爆弾製造に向けた最終段階に入るので、しっかりとレッドラインを引いて対応せねばならない!」と熱弁をふるったわけですが、その分析は間違っていたというわけです。へぇ。

ということで、元記事をみてみたら、McClatchyという米カリフォルニア州サクラメントを拠点とするメディアグループのサイトで、そこの取材によると、

Intelligence briefings given to McClatchy over the last two months have confirmed that various officials across Israel’s military and political echelons now think it’s unrealistic that Iran could develop a nuclear weapons arsenal before 2015. Others pushed the date back even further, to the winter of 2016.

ということらしいです。Intelligence briefingsって何だよという気はしますが、まぁ、2015年より前に核兵器を持つことは非現実的で、一部には2016年冬になるだろうという人もいるらしい。

さらにはイスラエルでは、「西側やIAEAは、『イランは核開発は継続しているんだけど、後戻りできないような状態にならないようにゆっくり進めている』と考えている」という報道もあるということです。

Writing in Israel’s Hebrew-language daily newspaper Yediot Ahronot, military correspondent Alex Fishman said, "Officials responsible for assessing the state of the Iranian nuclear program, both in the West and in the International Atomic Energy Agency, believe that while the Iranians have continued to pursue their nuclear program, they have been doing so cautiously and slowly, making sure not to cross the point of no return."

イスラエルの外交筋が「経済制裁が効いているから、核開発をゆっくり進めているんだ」と分析しているという記述もあります。


で、この記事を元にして、Foreign Affairsでは、南カリフォルニア大学のJacques Hymans准教授が核開発の遅れの理由について、

・経済制裁でダメージを受けたイランが意図的に開発のスピードを遅らせたというのなら、イラン側がその見返りを要求しないとおかしい。

・ネタニヤフ首相が今年1月の選挙を意識して、意図的にイランの核開発のスピードを速めに見積もって危機感をあおり、自らへの支持を集めようとしたんだいう説もあるかもしれないが、イスラエルがイランの核開発のスピードを速く見積もるというのは今に始まった話ではない。

・一番可能性が高いのは、イスラエルや米国の諜報機関の分析が失敗していたということだ。イランのような国にはまともに計画通りに核兵器を開発できるような体制がとれないという現実を把握すべきだ。

なんていう風に分析しています。

で、そのうえで、

イランの核開発は挑発的で、戦争の危機は現実にあるわけだから、イスラエルはきちんと状況を分析して発信せねばならない。いつもいつも「オオカミが来るぞ!」と騒いでいたら、信頼を失ってしまいますよ。

といったことを書いています。

Hymans氏によると、1992年にはイスラエルのペレス外相が「イランは1999年までに核兵器を持つだろう」なんていう風に言ったこともあったらしい。あと、米国のイラク攻撃の理由となった「イラクは大量破壊兵器を持っている」という説は間違いだったことが明らかになっている。諜報機関の分析が間違っているっていうのは珍しいことではないのかもしれません。


ただ、ちょっと前には、IAEAが「イランがIR-2mと呼ばれる遠心分離機を設置した。核開発のスピードが格段に上がる可能性がある」という内容の報告書を発表しているわけで(参照)、元記事の信憑性がどうなのかなという気もします。米国がイラクを攻撃したという事例は、「イランの核開発がどの段階であろうとも、攻撃されるときは攻撃される」という話なのかもしれません。


画像はハインマンス准教授のサイトにアップされていたもの。画像のファイル名の最後が"harajuku%20girls.jpeg"となっているので、原宿で撮影したもののようです。おもしろい人なんでしょうか。

2013年2月28日木曜日

イランと6カ国の協議

イランの核開発をめぐって、イランと安保理常任理事国+ドイツ(P-5+1)というメンバーによる協議がカザフスタンで行われていました。NYTに記事が出ていました。(参照) ちなみにホワイトハウスでの会見でも、取り上げられています。(参照)


この記事によると、


・イランへの経済制裁を一部だけ緩めることと引き替えに、イランの濃縮ウランを凍結(constrain)するという案について協議されている。
・3月18、19日に技術専門家による会合をイスタンブールで開く。
・4月5、6日に政治レベルでの会合をアルマティで開く。
・P-5+1は、イランがFordoのウラン濃縮施設を閉鎖するという提案を取り下げた。
・P-5+1は、イランがウラン濃縮を中止し、再開することが難しくなるような措置(低濃縮ウランを遠心分離器に運び入れる装置の一部を解体するとか)をとることを提案した。
・P-5+1とイランは、イランが20%濃縮ウランを医療目的のために保有することで合意した。

イラン交渉団のトップであるジャリリ最高安全保障委員会事務局長は会見で今回の協議について「現実的で、よりイランの主張に沿ったものだ」とし、「ターニングポイントになりえる」と話したらしい。いつもの攻撃的な口調は陰を潜めていたということです。

3月の技術専門家による会合は、イランに対して提案を再度説明するためのものです。P-5+1の側にはイランが4月の会合で、受け入れがたい反対提案をもって戻ってくるのではないかという警戒感もあるようです。また、イランに対する経済制裁の緩和には原油取引や金融取引は含まれないとのこと。

イラン経済は経済制裁によって大きなダメージを受けているわけで、イラン政府は国民に対して「きちんと交渉を有利に進めているぞ」とアピールする必要がある。P-5+1側がFordoのウラン濃縮施設の閉鎖提案を取り下げたことには、そうしたイラン政府の顔を立てるという意味あいもあるようです。そのうえで、イランがウラン濃縮を続けることを諦めて、今もっている分も医療用とするのであれば、経済制裁をちょっとだけ緩和してやってもいい、なんていう作戦なんでしょう。

厳しい経済制裁を課して、それの緩和と引き替えに相手から譲歩を引き出すという強硬戦略の重要なポイントなんだと思います。ここで上手くイランの譲歩を引き出せれば作戦成功。逆にイランの核開発に歯止めをかけられないようだったら、「経済制裁なんてやっても結局、イランは核保有国になったじゃないいか」なんていう北朝鮮みたいな話になっていく。

難しいですね。画像はイランのジャリリ事務局長。ケロロ軍曹みたいな名前ですが、アフマディネジャド大統領の100倍ぐらい男前な気がします。

2013年1月27日日曜日

アラブの春ってどうよ。

マリがややこしいなって書いた数日後にアルジェリアで日本人が巻き込まれた人質事件がありました。マリに対するフランスの軍事支援を止めされることが目的のひとつだと報じられています。犯行を主導したグループがリビアで武器を調達して犯行に及んでいるということで、「アラブの春以降、北アフリカの国々がイスラム過激派を押さえきれなくなっている」っていう解説をよく見かけます。

つまり、リビアでカダフィ大佐が独裁政権を維持しているころはイスラム過激派が好き勝手できる余地はなかったのに、アラブの春でカダフィ政権が倒れた後は国内を統治する力が弱くなって、イスラム過激派が武器を調達などのテロの準備をしやすくなっているということです。

となると、「アラブの春って結局いいことだったの?」っていう疑問も出てくるわけで、民主化した結果、地域で戦乱が始まりましたっていうんじゃ、民主化なんかしない方がマシだったっていう理屈だって成り立つ。エジプトでもムバラク政権が倒れた後、選挙でモルシ大統領が誕生したものの、軍部との対立など政治的な混乱が続き、経済活動が落ち込んでいる。そうなるとムバラク政権の方がよかったっていう人も出てくる。シリアなんかはアサド政権打倒を目指して反政府勢力が立ち上がったわけですが、内戦状態が長期化しているわけです。そうなると、アサド政権のままの方がよかったんじゃないのっていう話にもなる。そんな感じのテーマについて、Foreign Affairsに2つのエッセイが載っていました。

ひとつめが、"The Promise of the Arab Spring"というタイトルで、コロンビア大学のSheri Berman教授が書いたもの。それでもアラブの春は重要なステップだという内容です。

Berman教授によると、独裁国家が民主化した後、政治的に混乱が起こるのはよくあることで、18世紀のフランス革命や20世紀初頭のイタリアの民主化、同時期のドイツにおけるワイマール共和国の成立なんかの後にも同様の混乱の時期があった。そうしたことを考えると、アラブの春の後ですぐに戦乱が収まらないからといって、特定の国や地域や宗教のもとでは民主主義は成立しない、独裁主義でやった方がいいんだなんて決めるつけることは、歴史的な視点を無視した暴論だということになります。

まぁ、欧州の歴史には全く詳しくないですが、1789年に民衆がバスチーユ監獄を襲って始まったフランス革命はなんだかんだと国内の混乱を生み出して、1799年にはナポレオンによる独裁政権の樹立に至ります。イタリアの民主化も結局はムッソリーニによるファシズム政権に至り、ワイマール共和国もナチスドイツの台頭を許すことになる。"In fact, stable liberal democracy usually emerges only at the end of long, often violent struggles, with many twists, turns, false starts, and detours"というわけです。

あと、Berman教授は、こうした民主化後の混乱というのは民主化自体に問題があったから起こったのではなく、民主化前の独裁政権時代の統治手法に問題があったのだと指摘しています。つまり独裁政権は国内の一部の勢力を庇護しながら別の勢力を搾取の対象とすることで、国内の勢力を拮抗させて統治を実現していたのが、民主化によって独裁政権が消滅してしまうと、国内の対立関係だけが残ってしまって戦乱が起こるtということ。分ったような分らんような話ですが、Berman教授は欧州の独裁政権の歴史が専門なんだそうで、それはまぁ、そういうことなんでしょう。エッセイではこのあたりの説明も、歴史をたどりながらきちんと説明しています。米国だって英国からの独立を勝ち取った後、南北戦争になっているわけだし。

となると、長い目でみるとアラブの春のような民主化はやはり望ましいものだ。最後のパラグラフはこんな具合になっています。

The widespread pessimism about the fate of the Arab Spring is almost certainly misplaced. Of course, the Middle East has a unique mix of cultural, historical, and economic attributes. But so does every region, and there is little reason to expect the Arab world to be a permanent exception to the rules of political development. The year 2011 was the dawn of a promising new era for the region, and it will be looked on down the road as a historical watershed, even though the rapids downstream will be turbulent. Conservative critics of democracy will be wrong this time, just as they were about France, Italy, Germany, and every other country that supposedly was better off under tyranny.


で、Foreign Affairsに載っていたもう一つのエッセイは、"The Mirage of the Arab Spring"というタイトルで、Seth G. Jonesというランド研究所のAssociate Directorが書いたものです。内容としては、アラブの春の是非を問うわけではなく、米国としてどうやって対処していくべきかということを論じたもの。結論は、まだ民主化運動が強いかたちでは波及していない湾岸の王政国家での民主化を米国があえて後押しする必要もないよね、となっています。

アラブの春は2011年12月にチュニジアで起こった暴動で始まり、チュニジア、リビア、エジプト、イエメンで政権が打倒されました。いずれも数十年単位の長期にわたる独裁政治が続いていた国ですが、民主化を求める人々の運動によって、あっさりと政権が倒れてしまったわけです。それをみていた湾岸の王政国家は「うちでも民主化運動が起きるんじゃないか」と心配している。Jonesによると、サウジ、UAE、クウェート、オマーン、バーレーン、カタールで作る湾岸協力会議(GCC)がヨルダンやモロッコをメンバーに加える形で拡大の動きをみせていたり、エジプトに資金援助して影響力を持とうとしているのは、そうした警戒感の表れだということです。

ただまぁ、こうした湾岸王政国家は裕福な資源国であることもあって、民主化を求める動きはそれほど強くなっていない。サウジなんて「税金がない」とさえ言われる国ですから、国民が不満を持ちようもない。米国の独立戦争は「代表なくして課税なし」がスローガンの一つだったわけですが、サウジなんかは「課税がないんだから代表もなくていいよね」ってなもんです。また、東欧の民主化はソ連の弱体化が背景にあったわけですが、サウジなんかはまだまだ裕福で、金の力で民主化運動を押さえることができる。サウジではイスラム教の指導者たちがデモや反乱を禁じる宗教解釈も出ていて、宗教指導者も王家によってコントロールされているという見立てです。

で、問題なのは、こういう湾岸の状況に対して米国はどのように対処していくべきかという点です。米国は根本的に民主主義と自由主義経済の拡大を目指しているわけで、その理屈に沿えば、湾岸王政国家で民主化運動が起こるならばそれを支援する立場を取るのが筋です。

ただ、湾岸王政国家で民主化運動が起これば、それは世界のエネルギー供給を賄っている地域で長い戦乱が始まることを意味します。また、アラブの春で民主化した国々では反米感情が強まる傾向にあります。そうなると、こうした国々が反米テロ活動の温床になってしまう可能性は少なからずあるわけで、米国の安全保障にとって好ましい事態ではありません。

ということで、結論部分はこうなっています。

The uprisings of the last two years have represented a significant challenge to authoritarian rule in the Arab world. But structural conditions appear to be preventing broader political liberalization in the region, and war, corruption, and economic stagnation could undermine further progress. Although the United States can take some steps to support democratization in the long run, it cannot force change. Middle Eastern autocrats may eventually fall, and the spread of liberal democracy would be welcomed by most Americans, even if it would carry certain risks. Yet until such changes occur because of the labor of Arabs themselves, U.S. policy toward the Middle East should focus on what is attainable. As former U.S. Secretary of Defense Donald Rumsfeld might put it, Washington should conduct its foreign policy with the Arab world it has, not the Arab world it might want or wish to have at a later time.


湾岸王政国家で民主化運動が拡大したとき、オバマ政権はどうするんですかね。いまさら「民主化は支援しません」というわけにもいかないし、だからといって民主化支援で「パンドラの箱」を開けるわけにもいかない。湾岸王政国家で民主化運動が起きないような努力をしているか、それとも懸命に祈っているかっていう感じなんでしょうか。


写真はサウジのアブドラ国王。責任重大な人です。

2012年11月18日日曜日

アメリカはどうすんの?

オバマ政権の対応も調べてみた。

オバマ大統領は就任から半年経った2009年7月、カイロ大学で演説しています。(参照) ここでオバマ大統領は、イスラエルとパレスチナの双方の事情に理解を示しながらも、唯一の解決方法は、イスラエルとパレスチナが平和に暮らせる2つの国を作るべきだとしています。

For decades then, there has been a stalemate: two peoples with legitimate aspirations, each with a painful history that makes compromise elusive. It's easy to point fingers -- for Palestinians to point to the displacement brought about by Israel's founding, and for Israelis to point to the constant hostility and attacks throughout its history from within its borders as well as beyond. But if we see this conflict only from one side or the other, then we will be blind to the truth: The only resolution is for the aspirations of both sides to be met through two states, where Israelis and Palestinians each live in peace and security. (Applause.)

これを受けて行われたのが、前のエントリでまとめたネタニヤフの演説で、パレスチナの武装解除とかいろいろ条件を付けてはいるものの、two-state solutionを一応は支持しています。

In my vision of peace, there are two free peoples living side by side in this small land, with good neighborly relations and mutual respect, each with its flag, anthem and government, with neither one threatening its neighbor's security and existence.

ただし、パレスチナ側からみると、イスラエルがtwo-state solutionを支持しているとは思えない。アッバス大統領は9月の国連演説で、結局のところ、イスラエルはtwo-state solutionを拒絶しているのだと言っています。

There can only be one understanding of the Israeli Government's actions in our homeland and of the positions it has presented to us regarding the substance of a permanent status agreement to end the conflict and achieve peace. That one understanding leads to one conclusion: that the Israeli Government rejects the two-State solution.

パレスチナはtwo-state solutionとはオスロ合意に基づいて1967年の6日間戦争前の国境線を尊重するものであるとしています。そしてイスラエルが嘆きの壁とか聖墳墓教会とか岩のドームがある東エルサレムでの入植活動を続けていることを許すことができないということらしい。パレスチナは東エルサレムを首都として独立することを望んでいるとのことです。

The core components of a just solution to the Palestinian-Israeli conflict do not require effort to discover, but rather what is needed is the will to implement them. And marathon negotiations are not required to determine them, but rather what is needed is the sincere intention reach peace. And those components are by no means a mysterious puzzle or intractable riddle, but rather are the clearest and most logical in the world. This includes the realization of the independence of the State of Palestine, with East Jerusalem as its capital, over the entire territory occupied by Israel since 1967, and the realization of a just, agreed solution to the Palestine refugee issue in accordance with resolution 194 (III), as prescribed in the Arab Peace Initiative.

イスラエルは直近でも、東エルサレムでの入植活動を継続しています。(参照) イスラエルにすれば、東エルサレムを含むヨルダン川西岸は1947年の第1次中東戦争後はヨルダン領だったけれど、6日間戦争の結果、イスラエルがヨルダン川西岸を占領して、その後、1994年のイスラエル・ヨルダン平和条約でイスラエルとヨルダンの国境線がヨルダン川ということになったのだから、東エルサレムはイスラエルのものだということでしょう。一方、パレスチナにすれば、6日間戦争での占領地はオスロ合意で無効になっているのだから、東エルサレムはイスラエル領であるはずはないということでしょう。


で、アメリカなんですが、2011年5月にオバマ大統領が声明を発表して、1967年の国境線が交渉の土台となるべきだとしています。パレスチナ寄りっぽいですね。ただし、"with mutually agreed swaps, so that secure and recognized borders are established for both states"としているので、東エルサレムをどうするとかいうことは交渉すればいいんじゃないのということかもしれません。

So while the core issues of the conflict must be negotiated, the basis of those negotiations is clear: a viable Palestine, a secure Israel. The United States believes that negotiations should result in two states, with permanent Palestinian borders with Israel, Jordan, and Egypt, and permanent Israeli borders with Palestine. We believe the borders of Israel and Palestine should be based on the 1967 lines with mutually agreed swaps, so that secure and recognized borders are established for both states. The Palestinian people must have the right to govern themselves, and reach their full potential, in a sovereign and contiguous state. (参照)

そしてイスラエルには自衛の権利があるとして、イスラエルのヨルダン川西岸からの撤退はパレスチナが非武装化されることが前提だとしています。このあたりはイスラエル寄りです。

As for security, every state has the right to self-defense, and Israel must be able to defend itself -– by itself -– against any threat. Provisions must also be robust enough to prevent a resurgence of terrorism, to stop the infiltration of weapons, and to provide effective border security. The full and phased withdrawal of Israeli military forces should be coordinated with the assumption of Palestinian security responsibility in a sovereign, non-militarized state. And the duration of this transition period must be agreed, and the effectiveness of security arrangements must be demonstrated.

エルサレムの将来とパレスチナ難民の扱いについては協議のなかで解決すればいいということのようです。

These principles provide a foundation for negotiations. Palestinians should know the territorial outlines of their state; Israelis should know that their basic security concerns will be met. I’m aware that these steps alone will not resolve the conflict, because two wrenching and emotional issues will remain: the future of Jerusalem, and the fate of Palestinian refugees. But moving forward now on the basis of territory and security provides a foundation to resolve those two issues in a way that is just and fair, and that respects the rights and aspirations of both Israelis and Palestinians.

つまり、とりあえず1967年の国境線を前提とすることと、パレスチナの非武装化とヨルダン川西岸からの撤退について合意する。そのうえで、東エルサレムとパレスチナ難民については協議しましょうと呼びかけているわけですね。


最近のイスラエルによるガザ攻撃に関しては、ネタニヤフ首相に対して「自己防衛の権利」を認めるとともに、事態を悪化させないための方策についても協議しています。(参照) ただし、事態を悪化させない云々は、ハマスが攻撃を止めることを条件としてということのようで、これも2011年5月の声明の内容に沿ったものだといえる気がします。

MR. RHODES: Yes. Yesterday the President spoke with Prime Minister Netanyahu. He’s spoken with him each [nearly every] day since this situation unfolded. He reaffirmed again our close cooperation with the Israelis. They discussed the Iron Dome system, which the U.S. has funded substantially over the last several years, and which has been successful in stopping many of the rockets that have been fired out of Gaza. They also addressed the fact that they’d like to see a de-escalation provided that, again, Hamas ceases the rocket fire, which precipitated this conflict.(参照)

イスラエルは根にもっている

では、なんでイスラエルはヨルダン川西岸から撤退しないのか。以前のエントリイランといえばイスラエルでまとめたネタニヤフ首相の2012年の国連演説では、「パレスチナは武装解除したうえで、イスラエルをユダヤ人の国だと認めなければならない」と言っていたぐらいだったので、調べてみたところ、ネタニヤフ首相は2009年にバル=イラン大学で行った演説というのを見つけた。(参照)

これによると、どうもイスラエルは建国直後にアラブ諸国から総攻撃を受けたことを根にもっているらしい。イスラエルはなんだかんだでアラブ5カ国を撃退したわけですが、心には深いトラウマが刻まれていたのです。なんて可哀想な子。さらに1967年の第3次中東戦争(6日間戦争)も、他の国がイスラエルを締め付けた結果だとしています。

In 1947 when the United Nations proposed the Partition Plan for a Jewish state and an Arab state, the entire Arab world rejected the proposal, while the Jewish community accepted it with great rejoicing and dancing. The Arabs refused any Jewish state whatsoever, with any borders whatsoever.

Whoever thinks that the continued hostility to Israel is a result of our forces in Judea, Samaria and Gaza is confusing cause and effect. The attacks on us began in the 1920s, became an overall attack in 1948 when the state was declared, continued in the 1950s with the fedaayyin attacks, and reached their climax in 1967 on the eve of the Six-Day War, with the attempt to strangle Israel. All this happened nearly 50 years before a single Israeli soldier went into Judea and Samaria.

で、エジプトとヨルダンはイスラエルと平和条約を結んだから友好的な付き合いができるようになった。でも、パレスチナはそうじゃないんだと。

また、イスラエルがヨルダン川西岸から撤退すれば、パレスチナだって友好的になるんだよという指摘に対しては、「何度も撤退しようとしたけど、その度にイスラエルに対するテロが増えるじゃないか」と反論します。「2005年にガザから撤退して、入植地も引き上げたけれど、結局、ガザではハマスが勢力を増して、イスラエルにロケット弾を撃ち込んでくることになったじゃないか」などと言っています。

A great many people are telling us that withdrawal is the key to peace with the Palestinians. But the fact is that all our withdrawals were met by huge waves of suicide bombers.

We tried withdrawal by agreement, withdrawal without an agreement, we tried partial withdrawal and full withdrawal. In 2000, and once again last year, the government of Israel, based on good will, tried a nearly complete withdrawal, in exchange for the end of the conflict, and were twice refused.

We withdrew from the Gaza Strip to the last centimeter, we uprooted dozens of settlements and turned thousands of Israelis out of their homes. In exchange, what we received were missiles raining down on our cities, our towns and our children. The argument that withdrawal would bring peace closer did not stand up to the test of reality.

だから、パレスチナは「イスラエルがユダヤ人の国である」ということも認めてないんでしょ? となる。ここで聴衆からは拍手です。

Even the moderates among the Palestinians are not ready to say the most simplest things: The State of Israel is the national homeland of the Jewish People and will remain so. (Applause)

あと、パレスチナ難民はイスラエルから出て行ってもらいたい。だって、イスラエルはユダヤ人の国なのだから。難しい問題かもしれないけれど、イスラエルは世界中から数十万人のユダヤ人を受け入れてきたんだから、アラブ諸国にも同じことができないわけがないとも言っています。

さらにネタニヤフ首相は「パレスチナの武装解除」も求めている。そうしないと、ガザで実際に起こったようにハマスみたいなグループがパレスチナを支配する可能性があるからです。イスラエルはパレスチナの武装解除が確実に行われない限り、パレスチナ国家に同意することはないと断言しています。

We cannot be expected to agree to a Palestinian state without ensuring that it is demilitarized. This is crucial to the existence of Israel - we must provide for our security needs.

そうなれば、イスラエルとパレスチナが仲良く暮らせる日がくる。別にパレスチナをイスラエルの支配下に置こうとしているわけじゃないんだそうです。

But, friends, we must state the whole truth here. The truth is that in the area of our homeland, in the heart of our Jewish Homeland, now lives a large population of Palestinians. We do not want to rule over them. We do not want to run their lives. We do not want to force our flag and our culture on them. In my vision of peace, there are two free peoples living side by side in this small land, with good neighborly relations and mutual respect, each with its flag, anthem and government, with neither one threatening its neighbor's security and existence.


もの凄く強い軍隊を持っていて、核兵器も持っているだろうとされているイスラエルが涙ながらに、「お前らが俺のことを嫌っているから、俺だってお前らを嫌いなんだ」と訴えてるような、深いトラウマを背負った不良少年のような、そんなイメージですかね。それもこれも誕生直後に受けた虐待のせいです。難しい子だなぁ。

ヨルダン川西岸もややこしいぞ

ヨルダン川西岸地区について調べるために、イスラエル建国から遡ってみた。

イスラエルの建国前はイギリスの二枚舌外交とか三枚舌外交とかそういうのがあったのだと思う。でも、なんだかんだいって、1947年に国連決議181が採択される。これはイギリスが統治していたパレスチナのうち、56%をユダヤ人の土地、42%をパレスチナ人の土地と定め、エルサレムは国連の統治下に置くという内容です。

で、これをユダヤ人は歓迎して、1948年5月、国連決議181に基づいてイスラエルの建国が宣言されます。

ACCORDINGLY WE, MEMBERS OF THE PEOPLE'S COUNCIL, REPRESENTATIVES OF THE JEWISH COMMUNITY OF ERETZ-ISRAEL AND OF THE ZIONIST MOVEMENT, ARE HERE ASSEMBLED ON THE DAY OF THE TERMINATION OF THE BRITISH MANDATE OVER ERETZ-ISRAEL AND, BY VIRTUE OF OUR NATURAL AND HISTORIC RIGHT AND ON THE STRENGTH OF THE RESOLUTION OF THE UNITED NATIONS GENERAL ASSEMBLY, HEREBY DECLARE THE ESTABLISHMENT OF A JEWISH STATE IN ERETZ-ISRAEL, TO BE KNOWN AS THE STATE OF ISRAEL.(参照)

ところが、これを他のアラブ諸国は認めなかった。まさに独立を宣言したその日に、レバノン、シリア、トランスヨルダン、イラク、エジプトの5カ国がイスラエルに対して宣戦を布告します。ところが生まれたばかりのイスラエルは、この5カ国をやっつけてしまう。恐ろしい子です。その結果、イスラエルはパレスチナの80%を領有することになった。あと、ヨルダン川西岸地区(東エルサレムを含む)はトランスヨルダンのもの、ガザ地区はイスラエルのもの。このとき引かれたグリーンラインが、今でも地図とかで見かけるイスラエルとパレスチナ自治区の境界線になります。

アラブ側は1964年にパレスチナ解放機構(PLO)を設立。イスラエルへのゲリラ闘争を始めます。これに対してイスラエルは1967年6月、エジプト、ヨルダン、シリア、イラクに攻撃を加えて、たったの6日間でヨルダン川西岸、ガザ、シナイ半島、ゴラン高原を占領してしまう。強い軍隊っていうものはあるもんです。

ところがこれには当然、国際社会が大反発しまして、1967年11月に国連安保理決議242が採択される。イスラエルに対して、直近の紛争で占領した地域から撤退せよという内容です。しかし、このうちシナイ半島は1978年にエジプトに返還されましたものの、その他のヨルダン川西岸、ガザ、ゴラン高原ではイスラエルによる占領が続いた。ここから先は、2つ前のエントリ「ガザとハマスとイスラエル」の内容で、1993年のオスロ合意でイスラエルはヨルダン川西岸とガザをパレスチナの領地として認めたけれど、ガザ地区の占領は2005年まで続いた。

で、暢気な私は「ヨルダン川西岸からはイスラエル軍は撤退していないの? オスロ合意ではパレスチナの土地だと認めたんでしょ?」なんて思ったわけですが、これはもう当然、撤退していないわけです。今年9月にパレスチナ自治区のアッバス大統領が国連で行った演説によると、ヨルダン川西岸を占領しているイスラエルは、ユダヤ人の入植をどんどん進め、移動の自由を制限し、自治政府による市民へのサービス提供を妨害し、農地の耕作や灌漑も邪魔しているらしい。ヨルダン川西岸の60%の地域は、イスラエルによる絶対的な支配にさらされている。

At the same time, the occupying Power continues to tighten the siege and impose severe restrictions on movement, preventing the Palestinian National Authority (PNA) from implementing vital infrastructure projects and providing services to its citizens, who are also being prevented from cultivating their land and deprived of water for irrigation. It is also obstructing the establishment of agricultural, industrial, tourism and housing projects by the private sector in vast areas of the Occupied Palestinian Authority, which are classified as areas subject to the absolute control of the occupation, which encompasses approximately 60% of the West Bank. The occupying Power continues to deliberately demolish what the PNA is building, projects funded by donor brethren and friends, and destroying PNA projects involving the building of roads, simple homes for its citizens and agricultural facilities. In fact, over the past 12 months, the Israeli occupying forces demolished 510 Palestinian structures in these areas and displaced 770 Palestinians from their homes. These illegal measures have caused great damage to our economy and impeded our development programs and private sector activity, compounding the socio-economic difficulties being endured by our people under occupation, a fact confirmed by international institutions.

なんか非道の限りを尽くしているという感じですね。「西岸地区は平和なんですかね」なんて言って申し訳なかった。すまん。

2012年11月16日金曜日

ガザとハマスとイスラエル

イスラエルがパレスチナ自治区のガザ地区に攻撃を加えています。なんだかよくわからないので調べておいた。大きな流れは外務省のサイトから。

ガザ地区は1993年9月に調印されたオスロ合意で、ヨルダン川西岸地区とともにパレスチナ自治政府の管轄化におかれた地域です。この合意は、イスラエルとパレスチナがお互いを承認したうえで、5年以内にヨルダン川西岸地区とガザ地区に暫定的なパレスチナ自治政府と評議会(elected Council)を設立することが目的です。1994年5月にはカイロ協定が結ばれて、暫定自治期間は1999年5月までであることを確定。1996年1月に両地区でパレスチナ自治政府長官選挙が行われた。しかしこの年の6月にイスラエルでリクードのネタニヤフ政権が発足すると、イスラエル軍の撤退は遅れがちになって、結局、暫定自治期間が終わってしまう。

1999年5月にイスラエルで労働党のバラク政権が発足して和平プロセスが前進するかに思えたが、リクードのシャロン党首がイスラム教の聖地でもあるエルサレムの神殿の丘を訪問したことをきっかけに、イスラエルとパレスチナの間に大規模な衝突が起こった。このときシャロンを警備するために数百人の武装警官が配備されており、それに対して一部のパレスチナ人が石を投げたことがきっかけだったらしい。(参照、NYT) 2001年にそのシャロンが首相になると、イスラエルとパレスチナの紛争は激化。2002年にはイスラエルがパレスチナ過激派の侵入を阻止するために西岸地区を取り囲むように壁を作ることを決めた。

2004年に死亡したアラファト・パレスチナ自治政府長官の後を継いだマフムード・アッバースは、2005年1月にパレスチナ自治政府の大統領に就任し、和平実現に向けて動き出す。この年の2月には、エジプトのムバラク大統領、ヨルダンのアブドラ国王、パレスチナ自治政府のアッバース大統領、イスラエルのシャロン首相による首脳会談で軍事活動の停止が合意され、9月にはイスラエル軍がガザから撤退した。

しかし2006年1月のパレスチナ立法評議会選挙では、イスラエルへの武力闘争継続を掲げるハマスが多数を占め、ハニーヤ首相が就任。ガザ地区でイスラエル兵士が拉致される事件が起きた。イスラエルのオメルト政権はこれを機にガザ地区に侵攻。さらにパレスチナ内部でもファタハとハマスの抗争が激しくなり、2007年3月にアッバース大統領主導でハマスのハニーヤ首相による非ハマス系の閣僚を登用した挙国一致内閣が発足するが、6月にはハマスがガザ地区を武力で制圧。アッバース大統領はハニーヤ首相を罷免して、ファイヤード首相が任命された。


で、そんなハマス主導のガザ地区とイスラエルの間ではずっと争いが続いていた。2008年12月から翌年1月には、ハマスによるロケット弾攻撃への報復としてイスラエルが空爆、地上侵攻を実施。1400人のパレスチナ人が死んだ。イスラエルでは2009年、リクードのネタニヤフ氏が首相として連立政権を運営しています。

今回、イスラエルによるピンポイント爆撃で死亡したハマス軍事部門最高幹部のジャバリ氏は、対イスラエル攻撃をとりしきっていた人で、2006年のイスラエル兵士拉致事件も主導したらしい。今年だけでもガザからイスラエル南部には750ものロケット弾が打ち込まれていたそうで、選挙を前にしたネタニヤフ首相は強硬姿勢をみせる必要があったという分析がなされています。(参照、NYT)

イスラエルにもパレスチナにも和平を実現したい人は決して少なくないみたいですが、「徹底的に戦いたい」と思っているらしい人たちもいるもんだから、いつまでたっても紛争は終わらないという感じでしょうか。2005年9月のイスラエル軍のガザ撤退で、丸く収まればよかったのに、ハマスみたいな人たちが出てくるんですよね。ハマスにはハマスの理屈があるのかもしれませんけど。あと、みんな武器を持ってるんだよな。

ところで西岸地区は平和なんですかね。何かあったら調べておきます。


写真はイスラエル軍の攻撃を受けるガザ地区。

2012年11月15日木曜日

オバマ会見

オバマが14日に会見してます。大統領就任後としては初めてです。(参照)

Fiscal Clifff(財政の崖)については、これまで通り、すでに上院を通過しているMiddle Class Tax Cut Actを共和党多数の下院が通過させれば、とりえあずは年間所得25万ドル以下の世帯への減税は実現できるとしています。

で、25万ドル以上の世帯に対してどうするかについて、記者から「クリントン時代の税率(最高税率で39.6%)にする以外の選択肢は考えていないのか?」という趣旨の質問があったのですが、それに対しては、「新しいアイデアにたいしてはオープンだ」と答えています。

With respect to the tax rates, I just want to emphasize I am open to new ideas. If Republican counterparts or some Democrats have a great idea for us to raise revenue, maintain progressivity, make sure the middle class isn’t getting hit, reduces our deficit, encourages growth, I’m not going to just slam the door in their face. I want to hear ideas from everybody.


共和党のマケイン上院議員とグラハム上院議員が、スーザン・ライス国連大使がリビアの領事館襲撃テロ後の会見で「襲撃はテロではなく、暴動が偶発的に領事館への襲撃につながった」という趣旨の説明していたことを理由に、国務長官への就任に反対すると表明していることについては、人事はまだ決まっていないとしたうえで、「ライス国連大使は当事手元にあった情報に基づいて会見しただけで、それを理由に彼女の評判を貶めるのはとんでもないことだ」と答えています。「襲撃の経緯の分析について文句があるなら、彼女のところじゃなくて、俺んところに来い」「彼女がeasy targetだと思ってんだろう、ゴルァ」的なことも言っています。かっこいいですね。で、ライス国連大使が最適な人材だと判断すれば、国務長官に任命するんだそうです。

As I’ve said before, she made an appearance at the request of the White House in which she gave her best understanding of the intelligence that had been provided to her. If Senator McCain and Senator Graham and others want to go after somebody, they should go after me. And I’m happy to have that discussion with them. But for them to go after the U.N. Ambassador, who had nothing to do with Benghazi, and was simply making a presentation based on intelligence that she had received, and to besmirch her reputation is outrageous.

(中略)

But when they go after the U.N. Ambassador, apparently because they think she’s an easy target, then they’ve got a problem with me. And should I choose, if I think that she would be the best person to serve America in the capacity of the State Department, then I will nominate her. That's not a determination that I’ve made yet.


イランの核開発問題については、外交的な解決が一番だとしています。この数カ月のうちに、イランと国際社会の対話をもって、問題解決を目指したいとのこと。

With respect to Iran, I very much want to see a diplomatic resolution to the problem. I was very clear before the campaign, I was clear during the campaign, and I’m now clear after the campaign -- we’re not going to let Iran get a nuclear weapon. But I think there is still a window of time for us to resolve this diplomatically. We’ve imposed the toughest sanctions in history. It is having an impact on Iran’s economy.

There should be a way in which they can enjoy peaceful nuclear power while still meeting their international obligations and providing clear assurances to the international community that they’re not pursuing a nuclear weapon.

And so, yes, I will try to make a push in the coming months to see if we can open up a dialogue between Iran and not just us, but the international community, to see if we can get this things resolved. I can’t promise that Iran will walk through the door that they need to walk through, but that would be very much the preferable option.


気候変動問題についての質問も出ています。温室効果ガスの排出量増加が気候変動に影響を与えていることについては確信をもっているそうですが、雇用や経済成長を無視するような気候変動対策には賛成できないそうです。

And I am a firm believer that climate change is real, that it is impacted by human behavior and carbon emissions. And as a consequence, I think we've got an obligation to future generations to do something about it.

(中略)

I don't know what either Democrats or Republicans are prepared to do at this point, because this is one of those issues that's not just a partisan issue; I also think there are regional differences. There’s no doubt that for us to take on climate change in a serious way would involve making some tough political choices. And understandably, I think the American people right now have been so focused, and will continue to be focused on our economy and jobs and growth, that if the message is somehow we're going to ignore jobs and growth simply to address climate change, I don't think anybody is going to go for that. I won't go for that.


シリアの反体制派が統一組織である「シリア国民連合」を結成して、フランスがシリアの代表として承認したことについては、オバマはシリア国民連合をシリアの人々の望みを代表するものだとは認めるけれど、亡命政府としてはまだ認めないつもりだそうです。イスラム過激派がシリアの反体制派に加わっているという話もあるので、そう簡単には判断できないようです。

We consider them a legitimate representative of the aspirations of the Syrian people. We’re not yet prepared to recognize them as some sort of government in exile, but we do think that it is a broad-based representative group. One of the questions that we’re going to continue to press is making sure that that opposition is committed to a democratic Syria, an inclusive Syria, a moderate Syria.

We have seen extremist elements insinuate themselves into the opposition, and one of the things that we have to be on guard about -- particularly when we start talking about arming opposition figures -- is that we’re not indirectly putting arms in the hands of folks who would do Americans harm, or do Israelis harm, or otherwise engage in actions that are detrimental to our national security.

2012年10月24日水曜日

イランといえばイスラエル

イランといえば、9月下旬の国連総会でイスラエルのネタニヤフ首相が爆弾の絵を持ちながら、何やら吠えていたので、今更ながら調べておいた。全文はこちら

ネタニヤフ首相が演説したのは9月27日の国連総会。

曰く、

・イスラエルは平和を愛する国であり、ユダヤ教とキリスト教とイスラム教が共存できる世界を望んでいる。

・しかし中世的な価値観を持ったイスラム原理主義者はこうした考えに反対していて、イスラムの価値観で世界を征服しようとしている。

・イスラムの価値観を持った軍や武装組織は、イランのイスラム革命防衛隊からアルカイダまでいろいろある。

・これらの組織は人類をイスラムの教義が絶対視され、無慈悲な争いが続いた時代にまで引き戻そうとしている。

・彼らの試みは失敗するだろうが、問題はそれまでにどれだけの人命が失われるかだ。

・70年ほど前、狂気に支配されたイデオロギーが世界を征服しようとした。その企みは失敗したが、数百万人の命が失われた。企みに反対した人たちは長く待ちすぎたのだ。

・同じ失敗を繰り返してはいけない。

・核武装したイランについて理解するには、核武装したアルカイダを想像してみればいい。

・イランは核武装しない状態でも様々なことをやってきた。

・2009年には国内の民主化運動を暴力的に押さえ込み、今はイランの取り巻きたちが子供も含めた何万人ものシリア人を殺している。

・イラクやアフガニスタンでは米兵殺害にも関わっている。イランの代理人は、ベイルートやサウジアラビアでもアメリカ人を殺している。レバノンやガザでもテロ活動を続けており、何千発ものロケットやミサイルがイランの代理人ともいえるテロリストの手でイスラエルに打ち込まれている。

・2011年にはテロリストのネットワークは5大陸の24カ国にまで広がり、外交官を殺すためにホワイトハウスから数ブロックしか離れていないレストランで爆弾テロを計画していた。

・もちろんイランは虐殺を否定している。そして毎日のようにイスラエルの破壊を求めている。

・こうしたイランの行動を前提として、核武装したイランについて想像せねばならない。

・国際社会は核武装したソ連を押さえ込むことができたのだから、イランも同じようにできるはずだというかもしれないが、それは危険な仮定だ。

・マルクス主義者には自爆テロをするような者はいなかったが、イランにはそういう人間はいくらでもいる。

・ソ連はイデオロギーと自らの生存の選択を迫られて、自らの生存を選んだ。でも、多くの中東専門家が指摘するように、イランにとって「相互破壊」は抑止力にはならず、核戦争につながる誘因になる。

・ラフサンジャニ元大統領はこう言っている。「一発の核爆弾をイスラエルに対して使えば全てが破壊される。しかし、そのイスラム世界が傷つけられるだけのことだ」「こうした結末について真剣に考えることは非合理的なことではない」。("The use of even one nuclear bomb inside Israel will destroy everything, however it would only harm the Islamic world." "It is not irrational to contemplate such an eventuality.")

・私はこの15年間、イランの核武装を阻止するべきだと言い続けてきた。

・手遅れになりつつある。イランの核武装に向けた計画が中断されることはない。

・20年近くにわたって国際社会は外交によってイランの核武装を食い止めようとしてきたが、失敗してきた。

・オバマ大統領のリーダーシップのもと、イランに対して史上類をみない厳しさの経済制裁が課されており、効果が出ている。しかし、経済制裁がイランの核武装計画を止めることができていないという事実にも目を向けねばならない。

・IAEAによると、イランは2011年だけで地下核開発施設の遠心分離器の数を2倍にした。

・この最終段階において、イランの核武装を食い止める唯一の方法は、イランの核武装計画に明確なレッドラインをひくことだ。

・レッドラインは戦争を誘発するのではなく、戦争を阻止するのだ。

・集団防衛について明記したNATO憲章はヨーロッパの平和の維持に貢献してきた。

・キューバ危機の際、ケネディ大統領が引いたレッドラインが戦争を回避した。

・今年、イランがホルムズ海峡を閉鎖すると言ったとき、アメリカがレッドラインを引いた結果、イランは引き下がった。

・レッドラインはイランの核武装計画の核心的な部分、ウラン濃縮に関連づけて引かれるべきだ。

・イランは来年春、遅くとも来年夏には、中程度のイラン濃縮を終え、最終段階に入るとみられる。

・最終段階に入ってしまえば、核爆弾に必要なウランを手に入れるまでに数カ月、悪くすれば数週間で済んでしまう。

・だから、イランが中程度のイラン濃縮を終える段階、ここにレッドラインが引かれるべきだ。(where should the red line be drawn? The red line should be drawn right here………….. Before Iran completes the second stage of nuclear enrichment necessary to make a bomb.)



熱弁です。国際社会としてレッドラインを明確に示せば、イランは核開発計画を放棄するんじゃないかという趣旨のようですが、具体的にはどうしろというんでしょうかね。

次のアメリカの大統領とイスラエルが共同で「核濃縮の最終段階に入ったらただじゃおかないぞ!」と宣言すればいいのかもしれませんが、次期大統領がオバマかロムニーかによって情勢が変わってくるのかもしれません。

2012年10月20日土曜日

米国の対イラン制裁とハイパーインフレ

イランに対する経済制裁の結果、イランですごいインフレが起こっているらしい。ということで、米国のイラン制裁について調べておいた。

米国のイラン制裁は何度も何度も行われているけれど、最近では今年2月5日のExecutive Order 13599が話題になった。EO13599はこちら。これに関するホワイトハウスの声明はこちら。財務省の声明はこちら

で、これらの文書によると、この大統領令で、イラン政府、イラン中央銀行、イランの金融機関が米国内で保有している資産を凍結(blocked)。さらに、この凍結対象となっている組織(イラン政府、イラン中央銀行、イランの金融機関)と取引がある組織の資産も凍結された。財務省の声明では「これまではイランとの取引を”拒否”するように求められていただけだったけど、今回は”凍結”されることになる」と解説されています。

このあたりのニュースは当時の日本でも注目されて、イランからの原油輸入取引に関わっている日本の銀行の資産も凍結されちゃうんじゃないかと心配されたりもした。でも結局、日本と米国が協議をした結果、「日本はこのところずーっと、イランからの原油輸入を減らしてきているので、日本の金融機関が資産凍結の対象になったりはしないよ」ということで落ち着いた。よかった、よかった。

でも、良くないのはイランの方。この制裁によってイランの通貨、リアルには売り圧力がかかる。イランと海外の貿易が減るのだから、取引通貨としてのリアルは必要とされなくなるという見方が強まりますから(多分)。このリアル安の結果、イラン国内の輸入品の価格が上がることになって、イラン国民は困る。本来であれば、イラン政府が為替市場で外貨売りリアル買いの介入を行って、リアルの価値を維持したいところなんだけれど、制裁の影響はイラン政府にも及んでいるわけで、イラン政府には介入するだけの外貨準備がない。つまり原油をバンバン売って、外貨を獲得して、それを為替市場で売るということができないわけです。その結果、リアルは暴落モードに入って、国内の物価はハイパーインフレーション状態に突入している可能性もある。(参照)

暴落モードのきっかけは、イラン政府が食料や医薬品などの生活必需品を輸入する企業への支援策として、輸入用の外貨を割り当てる制度を作ったところ、「いよいよ外貨準備が尽きているんじゃないか」というパニックを呼び込んでしまったというものという説もある。(参照)

なるほどなぁ、経済制裁っていうのはこんな風な影響が出るものなんだなぁと。となると、なんですかね。イランでも暴動が起こったりするんでしょうか。イランが核開発疑惑を払拭できれば事は収まるのかもしれませんが、どうなんですかねぇ。


ただ、ちょっと面白い話もある。イランは紙幣の印刷を海外企業に頼っていて、その企業がイランへの紙幣供給を止めているので、インフレは加速しないかもしれないという話です。ほんまかいなという理屈ですが、ジョンズ・ホプキンス大学の偉い先生のコメントがニューヨークタイムズに載っています。(参照)

ハイパーインフレってどうやったら止まるんでしょうね。ジンバブエのケースでは米ドルそのものを決済通貨として使うようになった結果、ハイパーインフレが止まったってことらしいですけど、制裁を受けているイランでそのような政策が取れるはずもないです。