2014年8月19日火曜日

The Good Fight

"The Good Fight: Hard Lessons from Searchlight to Washington"という本を読んだ。民主党のハリー・リード上院院内総務が2008年5月に書いた自伝です。民主党が2006年の中間選挙で上院を奪還した後、2008年の大統領選ではまだオバマ対ヒラリーの候補者争いが続いているという段階ですね。ウォーレンさんの自伝が面白かったので、あまりよく知らないリードさんの自伝も読んでみたという次第です。面白かった。

この本、いきなり"I AM NOT A PACIFIST."という一文で始まったり、リードさんが生まれ育ったネバダ州サーチライトについて「メインの産業は売春だった。誇張しているわけじゃない」なんていう言及があったりして、なかなかパンチが効いています。あと、ラスベガスがあるネバダ州のギャンブル産業を監督する公職についていた際、自身や家族がマフィアたちから度重なる脅迫を受けた経験から、いつも銃を手元に置いているなんていうエピソードも出てくる。リベラル層を支持基盤とする民主党の上院院内総務といえども、お上品なだけの理想主義者じゃないぞということなんだと思います。

ただ、こうした言及は「そんな俺でもブッシュ(子)大統領の対イラク政策は我慢がならない」という主張へのフリみたいなもんです。リードさんは2003年のイラク戦争開戦には賛成した。フセイン大統領が大量破壊兵器を持っているなら、それを取り除かなければならないということだったわけですが、その後、2007年の春の段階では米軍に3200人の死者、数万人の負傷者を出しながらも、大量破壊兵器はみつからないうえ、シーア派とスンニ派の対立も鮮明になり、イラクは内戦状態に陥ってしまった。ブッシュ政権は増派を検討しているけれど、それは1965年にジョンソン大統領が勝てる見込みのないベトナム戦争への増派を決めたようなもんだというわけです。議会は「増派は妨げないが、無期限に認めるわけではない」という予算案を通して、リードさんも大統領に直接会って妥協を迫りますが、大統領は「自分の個人的なレガシー作りのためにやっているのではない。これは正しいことだ」と反論して、議会の予算案に拒否権を行使。結局、大統領の意向を反映した予算案が成立することになります。リードさんはこれが許せないというわけですね。ちなみに、ブッシュ(父)のことについては結構褒めています。で、ブッシュ(父)の夫人については他の上院議員の発言を印象するかたちで、「ビッチだ」と書いたりしています。

この本が書かれた後に就任したオバマ大統領はイラクから撤退期限を宣言して、2010年8月に約束通り戦闘部隊の撤退を完了。11年12月には完全撤退を終えます。で、今になってISILが勢力を拡大して再び空爆を始めたりしている。そう思うとブッシュ政権の判断もあながち間違いじゃなかったんじゃないかという気もしますが、どうなんでしょう。オバマ大統領がイラクから撤退しなければ、イラクの状況はもっとマシになっていたかも。まぁ、歴史に「もしも」はないっていいますから、よく分かりませんがね。

政治ドラマも満載。2000年の大統領選にあわせた議会選挙で上院の勢力が50対50になった際、共和党のジム・ジェフォーズ(Jim Jeffords)上院議員を民主党側に寝返らせて民主党の多数を獲るくだりなんかでは議会の勢力争いの裏舞台も披露されています。当時、上院院内幹事だったリードさんの寝返り候補リストには、リベラルが強い州選出のLincoln Chafee上院議員とか、穏健派のArlen Specter上院議員、Olympia Snowe上院議員、一匹狼のマケイン上院議員なんかの名前もあったようですが、結局、リードさんはジェフォーズ議員から出された「乳製品農家への価格維持政策の継続」「自らのスタッフに影響がでないこと」「民主党側についた後の序列では、共和党議員時代のキャリアも考慮すること」をのんで、ジェフォーズ議員を自陣に迎え入れた。その後、ジェフォーズ議員は上院環境委員会の委員長になります。こういった工作を、民主党から共和党への裏切りを阻止しながら、やっているわけですね。

2004年の大統領選でブッシュ大統領に再選を許し、議会選挙でも上院で45議席しかとれなかった後、民主党の上院院内総務に立候補したくだりでは、当時、いちはやく自分を支持してくれた議員の名前を列挙しています。対抗馬はコネチカット州のクリス・ドッドでテッド・ケネディの支持を受けていたようですが、そんななかでもRobert Byrd, Jim Jeffords, Chuck Schumerなんかはいち早く、リード支持に回ったようです。あと、Ron Wydenは金融委員会に入れて欲しいと要望したとか、Jack Reedが歳出委員会への残留を希望したとか。当時のヒラリー・クリントン上院議員や、バラク・オバマ上院議員もリードを支持したということのようです。で、結局、クリス・ドッドは院内総務選挙に立候補せず、リードの就任が決まる。こういうところで名前を挙げていくっていうのも、なかなか嫌らしい感じがします。

2005年に共和党が判事の任命に関するフィリバスターの廃止をねらった「核オプション(nuclear option)」を検討したことに対する怒りっぷりも印象的です。上院はフィリバスターのおかげで多数派と少数派の妥協が図られる仕組みなのに、それを無効にするとは何事だというわけですね。で、超党派の議員団"Gang of Fourteen"を組織して、核オプションによるフィリバスター廃止を阻止します。共和党から7人、民主党から7人が参加して、民主党側は焦点となっている3人の判事の任命については容認する一方で、共和党側はフィリバスター廃止はやらないと約束するという手法です。少数とはいえ超党派の議員が妥協しあうことで、どちらの側も過半数をとれない状況を作り上げ、妥協を旨とする上院の伝統を守ったというわけですね。

で、リードさんは2013年11月に、民主党が上院の55議席を占めている状態から、核オプションを実行して「最高裁判所判事をのぞく大統領任命人事の承認」に関するフィリバスターを廃止する事実上の規則改正をやってしまいます。2005年の怒りっぷりは何だったんだという話ですが、リードさんは相当なケンカ上手ということなのでしょう。ケンカ上手といえば、2005年11月にイラク戦争についての調査の開始を抜き打ちのクローズド・セッションで決めてしまうという場面も出てきます。これもなかなかドラマチック。弁護士らしくというか何というか、ルールの抜け穴を突くのが得意みたいです。

あとこの本には子供のころのエピソードとかがふんだんに盛り込まれています。金鉱の街であるサーチライトに集まってきた労働者たちの死と隣り合わせの生活とか、シアーズのショッピングカタログが年に1度届くことが一大イベントだったとか、子供のころは無免許で運転するのが当たり前だったとか、友達が自宅の窓から核実験の光を眺めたことがあるとか、ユダヤ教徒の娘だった奥さんと駆け落ちしてモルモン教の教会で結婚式を挙げるとか、DCで警察官として働きながらジョージワシントン大学のロースールで勉強したら死ぬほど大変だったとか。弁護士時代のエピソードでは、妙にミステリー小説っぽい展開だったりもします。1969年ごろのワイオミング州ではヒッピーは犯罪者扱いされていたとか、ジャクソンの街では毎晩、公開絞首刑のまねごとが毎晩行われていたらしい。文脈から察するに観光客にワイルドウェストらしさをアピールするための出し物のようなものだったみたいですが、米国のディープさを感じさせます。ワイオミングといえば、チェイニー前副大統領の地元ですね。ディープ。

多分、語られていない部分の方がたくさんあると思うのですが、勉強になりました。議員の自伝は面白い。