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2018年10月22日月曜日

The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914

“The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914”という本を読んだ。Christopher Clarkさんというケンブリッジ大学の教授が2013年に出した本です。超複雑かつ長い。どうも3月ごろに読み出したようなのですが、読了まで7カ月かかりました。

とあるブログで名著として紹介されていました。実は日本語訳も出ています。

第一次世界大戦のきっかけはセルビア人の青年がオーストリアの皇太子を暗殺したからだというのは中学校で習う話です。ただ、どうしてこの暗殺が前例のない大規模な戦争につながったのかについては、よく分かっていない人が多いと思います。これはこのあたりの事情を詳しく解説した本です。

でも、答えは簡単ではありません。

最後のConclusionの章はこんな書き出しです。

“I shall never be able to understand how it happened,” the novelist Rebecca West remarked to her husband as they stood on the balcony of Sarajevo Town Hall in 1936. It was not, she reflected, that there were too few facts available, but that there were too many.

要は分からんという結論ですね。

ちなみに前回読んだThe Shortest History of Europeでの説明はこんな感じです。

・ドイツを統一したビスマルクは欧州の安定を望んでいた
・当時の欧州は5つの勢力に分かれていた
・ドイツ帝国は今のドイツよりずっと大きかった
・イタリアも統一されたばかり
・ロシアやオーストリア・ハンガリーは経済的には西側よりも後れていた
・オスマン・トルコは衰退しつつあり、バルカン半島への影響力が弱まっていた
・バルカン半島の人々には独立の機運があった。
・オーストリアとロシアはトルコの衰退を喜んでいたけど、不安定化は嫌だった
・ロシアはトルコに代わってボスポラス海峡をコントロールしたかった
・オーストリアは北側をドイツに抑えられていて、南側までロシアに抑えられるのは嫌だった
・衰退するトルコ内で新国家が生まれると、ロシアやオーストリアも同じ機運が起きかねない
・ビスマルクは帝国同士、ロシアとオーストリアと仲良くしたかった
・フランスは普仏戦争で負けたドイツとは絶対に仲良くなれない
・英国は大陸とは関わりたくない
・オーストリアとロシアはバルカン半島をめぐって対立していた
・ドイツはバルカンでオーストリアの肩を持ちすぎると、ロシアがフランスに接近しかねない
・ドイツは戦争になったら、ロシアとフランスの両正面で戦うことになる
・でもビスマルクは上手く立ち回っていた
・でもウィルヘルム2世はオーストリアと仲良くした。ロシアはフランスと同盟を組んだ
・ロシアとフランスの同盟にはイギリスも加わった
・ドイツとオーストリアはイタリアを仲間に引き入れたが、大して力にならない
・ウィルヘルムは自信満々。戦争になったら、フランスを瞬殺してロシアと戦うつもりだった
・ドイツは貿易ルート維持のため海軍を強化していた。イギリスも対抗していた
・戦争がすぐに終わるのであれば、国家は強化されるという考え方もあった
・そんなときオーストリアの皇太子がセルビア人のナショナリストに暗殺された
・セルビアはもともとオーストリアの支援を受けてトルコから独立した
・でもセルビアはオーストリアの支配にも不満でロシアを頼るようになった
・皇太子を暗殺されたオーストリアはセルビアに強くでればロシアが出てくると分かっていた
・ドイツはオーストリアをたきつけて、絶対に一緒に戦ってやると約束した
・ドイツはロシアの軍事力が強くなる前に戦いたいと思っていた
・ロシアは先に動けば、侵略者とみなされることを嫌った
・ロシアはオーストリアを抑止する程度に軍を配備した
・ドイツはそのロシアの動きを侵略行為だとみなし、ベルギー経由でフランスに侵攻した

みたいな説明ですね。

分かりやすいです。ドイツが悪い。

でも、クラークさんは、”The Germans were not the only imperialists and not the only ones to
succumb to paranoia.”としています。”The crisis that brought war in 1914 was the fruit of a shared political culture. But it was also multipolar and genuinely interactive - that is what makes it the most complex event fo modern times and that is why the debate over the origins of The First World War continues, one century after Gavrilo Princip fired those two fatal shots on Franz Joseph Street.”なんだそうです。

そんなクラークさんは、分かりやすさに配慮して、あえて細かな説明を省いて筋書きを作ったりなんかはしません。容赦なく全部説明しにかかります。「Aはこの時の判断の理由について回想録でこう書いている。でも、BはAの行動について、正反対の証言を当時のインタビューで残している。当時の状況から考えて、Bの証言の方が正しいと思われる」みたいな記述が延々と続く。さらには「Cはこのインタビューではこう証言しているが、別のインタビューでは異なった証言をしている」みたいな話も出てくる。「Dは自らの日記を焼いてしまっている」なんていうのも。しかも登場人物は滅茶苦茶に多いうえ、私にとってはほぼ全員が知らない名前であり、しかもどのように発音するかも怪しい。例えば”Peter Karadjordjevic”みたいな。読み進めるのに非常に骨が折れます。

でもね。面白いのは面白いんです。時間があればもう一度読んでみたいと思う。第一次世界大戦に関する知識がほぼゼロの状態から読み始めましたから、もう一度読んでみたら、もう少し理解が深まるだろうし、これ以上に詳しく説明している本もないんじゃないかと思えば、挑戦しがいもある。次は5カ月ぐらいで読めるかもしれない。

まぁ、結論としては「要素が多すぎて理解できない」というわけだから、結局は分からないんだろうけど。

2017年3月2日木曜日

“Death by China: Confronting The Dragon--- A Global Call to Action”

“Death by China: Confronting The Dragon--- A Global Call to Action”を読んだ。トランプ大統領が新設したNational Trade CouncilのDirectorに任命されたPeter Navarroカリフォルニア大学アーバイン校教授が書いた本です。南カリフォルニア大学の非常勤教授だったGreg Autryとの共著です。2011年5月に出版されました。

トランプ大統領は2016年12月21日にナバロ氏をNTCのトップに任命すると発表したときの声明で、こんな風に述べています。

“I read one of Peter’s books on America’s trade problems years ago and was impressed by the clarity of his arguments and thoroughness of his research,"

"He has presciently documented the harms inflicted by globalism on American workers, and laid out a path forward to restore our middle class. He will fulfill an essential role in my administration as a trade advisor."

出版のタイミングからみて、トランプ大統領はこの本を読んで感銘を受けたのだと思います。

この本があることは数年前から知っていたのですが、タイトルが過激なものですから「ちょっとトンデモ系の本なのかな」と思って敬遠していました。でも、ちょっとトンデモな人が大統領になって、しかも著者が重用されているということなので、急いで読んでみた次第です。

いかに中国が悪い国かということを啓蒙するために書いた本のようです。”Death by China”というタイトルは誇張して付けたわけではないようで、実際に中国製品の欠陥でたくさんの人が死んでいるとか、中国国内の人権弾圧でたくさんの人が死んでいるとか、中国の環境汚染はたくさんの人を殺しているとか、そういった話がたくさん出てきます。天安門広場の事件もその一例です。さらに中国の軍事力拡大や宇宙開発の促進が米国にとっての安全保障上の脅威になっているという分析もされています。

で、そういった例のなかに、中国が為替操作や企業に対する補助金で輸出価格を不正に引き下げて、米国の製造業に大きな打撃を与えてきたという批判も含まれています。ナバロ氏は中国の経済政策には外国の製造業を破壊する狙いがあるとして、”Eight Weapons of Job Destruction”と名付けた8つの問題点を挙げています。

・違法な輸出補助金
・為替操作
・知的財産の盗用
・緩い環境規制
・緩い労働規制
・違法な関税、輸入割当などの障壁
・ダンピング
・外国企業の進出を拒む規制

こういった話は別にナバロ氏だけが指摘しているわけじゃなくて、オバマ政権下での対中国外交でも繰り返し問題にされてきました。中国の経済政策について詳しいわけじゃないですが、米国企業からそういった不満が出ていることは間違いないです。

ただ、オバマ政権下では「そういった問題はあるけれども、時間をかけて解決を探っていきましょう。気候変動問題とかでは協力できる余地はあるよね」という立場でしたが、ナバロ氏は「こうした問題は非常に大事なことだから、時間をかけて解決するなんていう生ぬるいことではないけない。即刻解決するべきだ」という立場をとっています。もう中国のことなんて、1ミリも信用していないという感じです。

ナバロ氏はこうした問題点がある中国に対して、米国が自由貿易の精神で関わることは大きな間違いだとしています。

“While free trade is great in theory, it rarely exists in the real world. Such conditions are no more found on Earth than the airless, frictionless realm assumed by high-school physics text. In the case of China v. the United States, this seductive free trade theory is very much like a marriage: It doesn’t work if one country cheats on the other.”

ということです。ナバロ氏の結婚生活も気になるところですが、「自由貿易なんてものは存在しないんだ」という主張は分かります。”The Undoing Project”でも経済学の前提自体が間違っているという話があっただけに、経済学の理論ばかりを重視するのもどうかなと思います。

また、ナバロ氏は製造業というのは国家にとって極めて重要だとして、4つの理由を挙げています。

・製造業はサービス業よりも雇用創出効果が大きい。建設とか金融とか小売りとか運輸とかにも影響が広がっていくから。
・製造業の賃金は平均よりも高い。特に女性やマイノリティへのチャンスとなる。
・製造業が強いと、技術革新も進む。長期的に強い経済を維持できるようになる。
・ボーイング、キャタピラー、GMなどの巨大な製造業企業に依存する中小企業がたくさんある。

こういった主張もよくあります。何もナバロ氏だけが極端な話をしているわけではありません。

あと、これまでに読んだ本のなかでも、米国の製造業で働く人たちが高い誇りを抱いているっていう話もよく出てきました。「製造業が衰退すれば、サービス業で働けばいいじゃないか」っていうのは理屈としてはそうかもしれませんが、製造業で働くのが性に合っている人もいます。「製造業は大事」というのはその通りだと思います。

つまり、製造業はものすごく大事なのに、米国の製造業が中国の不正によって衰退させられているから、これは何としてでも解決せねばならないということですね。うん。分かります。

ナバロ氏はこんなことも言っています。

“When America runs a chronic trade deficit with China, this shaves critical points off our economic growth rate. This slower growth rate, in turn, thereby reduces the number of jobs America creates.”

“If America wants to reduce its overall trade deficit to increase its growth rate and create more jobs, the best place to start is with currency reform with China!”

貿易赤字が成長率を引き下げる要因であることは分かります。これは統計上の定義の話です。ただ、成長率が低ければ雇用増のペースが鈍るとか、中国の為替操作をやめさせれば貿易赤字が減るといった理屈が正しいのかどうかは分かりません。それこそ経済学の理論ではそういうことになるのかもしれませんが、実際の世界ではそんなことにはならないなんていう反論もあるんじゃないでしょうか。

まぁ、とはいえ、トランプ大統領に重用されている人物がこう考えているということは間違いないです。

あと、中国政府が多くの米国債を保有するために、以下のような手法をとっているとも指摘しています。

・中国企業は米国への輸出で多くのドルを受け取っている
・中国政府は中国企業に、ドル建ての中国政府債の購入を強要して、ドルを蓄える
・中国政府がドル建ての米国債を購入する

で、中国が米国債をたくさん保有していることは、いざとなったら「米国債を売って、ドル相場を急落させたり、米国の金利を急上昇させてやるぞ」と脅迫できることを意味します。これも割とよく言われることです。また、中国政府が米国債を購入しなければ、米国にとって国債発行の負担が増すわけですから、そもそも米国の財政は中国に依存しているということにもなります。

ナバロ氏は中国が世界中の企業にとっての生産拠点になったきっかけを、1978年に中国共産党が”opened China’s Worker’s Paradise to the West”したことだとしています。中国が何をしたのかは詳しく書いていないですが、カーター政権下で米中共同宣言が出された年ですね。何かあったんだと思いますが、これをきっかけに、おもちゃとかスニーカーとか自転車とか、そういった業種が中国の安い労働力を目当てに製造拠点を移し始めたそうです。

で、2001年に中国がWTOに加盟すると、さらに製造業の移転が進みます。ナバロ氏はこのときは1978年以降とは違い、米国企業は安い労働力だけでなく、中国の補助金とか環境規制の緩さもメリットとして考えていたと主張します。労働力が安い国なら、バングラディシュやカンボジアやベトナムなんていう国もあったことを理由としてあげています。つまりナバロ氏にすれば、米国企業も最初から中国の不正をあてにしていたという意味で、中国と同罪だということです。

そして中国への製造業の移転は現在も続いています。WTO加盟時は生産拠点としての魅力でしたが、今は中国の市場としての魅力も加わっています。中国政府は、外国企業に”minority ownership”しか認めず、”technology transfer”を強要し、研究開発拠点を中国に移すことを強いています。


ナバロ氏はこういう中国の不正な経済活動に対してどんな対応をとればいいのかという提言もしています。

まず、出てくるのが、

“Congress and the President must tell China in no uncertain terms that the United States will no longer tolerate its anything-but-free trade assault on our manufacturing base”

そのうえで、”American Free and Fair Trade Act”を制定するよう求めています。この法律が定めるところは、

“Any nation wishing to trade freely in manufactured goods with the United States must abandon all illegal export subsidies, maintain a fairly valued currency, offer strict protections for intellectual property, uphold environmental and health and safety standards that meet international norms, provide for an unrestricted global market in energy and raw materials, and offer free and open access to its domestic markets, including media and Internet services”

ということだそうです。

ナバロ氏は中国を名指ししているわけじゃなから、直接的な対決は避けられるとしていますが、これまでのナバロ氏の主張からして、「中国とは自由貿易できません」と宣言するのと同じことだと思います。

あと、ナバロ氏は欧州、ブラジル、日本、インド、その他の中国の不正な経済政策の被害にあっている国々と共に、WTOに対して中国にルールを遵守させるよう訴えるともしています。

さらに為替操作については、中国がそう簡単に止めるわけもないと認めていて、水面下での米中交渉を進めるべきだとしています。で、この際に、中国に伝える内容は、

“The United States will have no other choice than to brand China a currency manipulator at the next biennial Treasury Review and impose appropriate countervailing duties unless China strengthens its currency to fair value on its own”

ということです。つまり中国に対して自ら人民元安を是正しないなら、対抗措置として関税をかけるぞと脅すということですね。

でも、中国が脅しに応じない可能性だってあるわけです。その場合は、

“Of course, if China fails to act in a timely manner, the Department of the Treasury must follow through on branding China a currency manipulator and impose appropriate defensive duties to bring the Chinese yuan to fair value”

だそうです。もう貿易戦争やむなしって感じですね。

こうしたナバロ氏の立場に対しては、「米国の製造業が安価な労働力を求めて海外に流出することは避けられないことだし、中国との貿易赤字を解消したって、どうせベトナムとかインドとかバングラみたいな国の製造業が儲かるだけでしょ」なんていう批判があります。まぁ、そうなんだろうな、とも思います。

しかしナバロ氏は反論します。

“We believe the American companies and workers can compete with any in the world on a level playing field, particularly manufacturing where automation and ingenuity often trump manual labor”

そして例え、中国に不正を改めさせることがベトナムとかインドとかバングラに潤いをもたらすだけだったとしても、それはそれで素晴らしいことじゃないかとも言っています。とにかく不正なことをしている中国が世界経済の真ん中に居座っていることは、極めて不健全で、危険なことだというわけです。

この本では中国のサイバー攻撃とか人権問題とか通商政策以外の点についても解決策を提言しています。それぞれ過激だったり、面白かったりしますが、割愛。

まとめますと、ナバロ氏は中国のことを全く信頼していません。後書きでは1989年の天安門事件以降の中国を、ナチ政権下のドイツやスターリン政権下のソ連と同じ扱いにしています。さらに中国による宇宙開発の章なんかでは、”There’s a Death Star Pointing at Chicago”なんていうタイトルもあったりして、中国は銀河帝国と同じぐらい悪いわけです。だから貿易戦争も辞さないというのも当然といえば当然の話です。ちょっと言い過ぎなんじゃないかという気もします。

ただ、「米国に製造業を取り戻す」というのはまともな主張だと思います。グローバリゼーションの進展していった時期と、先進国経済が元気がなくなっていった時期は重なっているわけで、何かしらの関係があるんじゃないかと主張する気持ちは分かります。そんななかでも米国経済は頑張ってきたわけですけど、ここにきてトランプ大統領という強烈なキャラクターが登場したことで、「中国みたいな国があることを考えれば、グローバリズムが常に正しいわけではない」という考え方が表に出てきたということになるんだと思います。

ただ、中国にとっては現在の状況は居心地のいいものであるわけで、中国は現状の変更は望んでいない。日米欧が結束して、中国をWTOから追い出すとか、逆にWTOから出て行って新しい通商圏を作ってしまうとか、そんな「貿易大戦争」っていうシナリオもあるのかもしれませんが、そうなっちゃうと、どうなっちゃうんだという感じもします。

トランプ大統領が「ソ連を崩壊させたレーガン」のイメージを追って、「中国共産党による経済支配を終わらせたトランプ」みたいな路線を目指したりして。実際にそうするかどうかは別にして、トランプ大統領の脳裏にそんなシナリオがないわけじゃないんだと思います。

2015年8月22日土曜日

太平洋戦争と新聞

「太平洋戦争と新聞」を読んだ。元毎日新聞記者の前坂俊之さんが1989年と1991年に書いた2冊の本をまとめて大幅に修正を加えた本で、満州事変から日中戦争、太平洋戦争、敗戦にいたるまでのメディアの報道ぶりを追っています。主に朝日新聞(東京朝日、大阪朝日)と毎日新聞(東京日日、大阪毎日)の論調に重点が置かれていますが、時事新報、福岡日日、信濃毎日などの論調も取り上げられています。面白かったです。

当時は1909年に公布された新聞紙法という法律がありました。そのなかで、政府は新聞の内容が「安寧秩序を紊(みだ)し、又は風俗を害するものと認めた時はその発売頒布を禁止し、必要な場合はこれを差し押さえることができる」という規定があった。この新聞紙法に基づいた発売禁止件数は1931年の満州事変前後から急速に増えます。1926年は251件だったのが、1931年には832件、1932年は2081件、1933年は1531件といった具合です。

政府や軍は事実をまともに公開せずに新聞をミスリードするという手法もとります。例えば、1931年6月に起きた中村震太郎大尉が中国側に射殺された事件も、そもそもは中村大尉が中国人になりすまして外国人の立ち入りが許されていない北部満州で偵察活動をしていところを殺害されたのですが、奉天特務機関はスパイ活動の部分は伏せて中村大尉殺害の事実だけを発表するといった具合です。すると、東京朝日新聞は「耳を割き、鼻をそぐ、暴戻! 手足を切断す 支那兵が鬼畜の振舞い」なんていう風に報じるわけです。こんな風にして、国内世論は「暴支膺懲」のムードが出てくるんですね。

1931年9月18日の満州事変だって、実際は関東軍が中国側から攻撃を仕掛けられたと装って部隊を動かしたわけですが、当時はその謀略の事実は伏せらた。でも当時の新聞社は満州事変の発端の真相には疑問を抱かず、戦闘の現状や見通しの方に注目。新聞社内は「奉天で日支軍衝突!」「原因は支那正規兵の満鉄線爆破」といった至急電を受けて騒然となり、航空機を総動員した速報競争が始まります。連日号外が発行されたほか、特派員の満州事変報告演説会は東日本で70回開かれ、約60万人が詰めかけた。また満州事変のニュース映画の公開回数は4002回、聴衆1000万人といった盛り上がりだったそうです。

1932年2月には「爆弾三勇士」のストーリーが報じられます。上海での日本軍との中国側との衝突で、3人の日本軍兵士が爆弾を抱えて敵側に身を投じて鉄条網を破り、日本軍の進路を切り開いたという話で、各新聞は大々的に美談として報じました。「これぞ真の肉弾! 壮烈無比の爆死 志願して爆弾を身につけ鉄条網を破壊した勇士」「世界比ありやこの気魄 点火爆弾を抱き鉄条網を爆破す 廟行鎮攻撃の三勇士」といった感じですね。新聞社は遺族への弔慰金を募ったり、「三勇士の歌」を公募してイベント化したりして、三人を軍神として祭り上げ、戦時ムードを盛り上げていく。朝日の三勇士の歌には12万4561通、毎日には8万4177通の応募があったそうです。毎日のケースでは、与謝野寛(鉄幹)の作品が入選。日露戦争時に「君死にたまうことなかれ」と歌った与謝野晶子の夫が爆弾三勇士の歌を作ったというわけですね。このエピソードをテーマにした映画が作られたり、文楽にも「肉弾三勇士」が登場したり、「三勇士まげ」という女性の髪型、爆弾チョコレート、肉弾キャラメル、三勇士せんべい、なんていうものまでできた。

ちなみに爆弾三勇士のエピソードの真相は、「上官に命じられた3人が点火した爆弾を置いて帰ってくるつもりが、途中で転んだ。3人は引き返そうとしてが、上官が怒鳴るものだから、改めて爆弾を抱えて鉄条網に向かて爆死した」といったものだという説もあるそうです。なんか、いしいひさいちの漫画っぽいですが、前坂さんは「これが事実なら軍神に祭り上げられた三勇士こそ災難である」としています。

ただ、新聞紙法による発売禁止が増えたということは、それだけ新聞の方も政府や軍の意向に沿わない報道をしようとしていたということでもあります。実際、満州事変前は朝日新聞は軍部の独走を厳しく批判していた。1931年8月の社説では軍部の独走ぶりを「少なくとも国民の納得するような戦争の脅威が、どこからも迫っているわけでもないのに軍部は、いまにも戦争がはじまるかのような宣伝に努めている。今日の軍部はとかく世の平和を欲せざるごとく、自らことあれかしと望んでいるかのように疑われる」としています。満州事変前日の9月17日の社説では「(若槻首相が軍部をコントロールできなければ)徒に退嬰の結果による衰頽か、または猪突主義による顚落か、日本の運命は二者その一つを出でないであろうと確信する」と予言しています。

この反戦の論調が満州事変を境として転換していった理由として、前坂さんは「国家の重大事にあたって新聞として軍部を支持し、国論の統一をはかるのは当然だとするナショナリズム」と「軍部、在郷軍人会、右翼などによる不買運動」を挙げています。満州事変直後に右翼団体、国龍会が大阪朝日の調査部長と接触し、その後の朝日の重役会で満州事変に対する編集方針が転換されたという疑いもあるようです。黒龍会は朝日の村山社長を襲撃したこともある団体ですから、新聞社にとっては脅威。さらに内田の背後には参謀本部があったといいます。

また毎日新聞は朝日新聞以上に満州事変に肯定的で、満州事変は「毎日新聞講演、関東軍主催」なんていう言いぐさもあったそうです。東京日日の社説は「満州に交戦状態 日本は正当防衛」「満州事変の本質 誤れる支那の抗議」「強硬あるのみ 対支折衝の基調」といった具合。「堂々たる我主張 国論一致の表現」「正義の国、日本 非理なる理事会」「我国の覚悟 今日の憂慮は誤りだ」といった具合です。

国際連盟のリットン調査団が1932年10月の報告書で、満州事変を日本による侵略と位置づけた際も各紙の論調は強硬でした。「錯覚、曲弁、認識不足 発表された調査団報告書」(東京朝日)、「認識不足も矛盾のみ」(大阪朝日)、「夢を説く報告書 誇大妄想も甚だし」(東京日日、大阪毎日)、「よしのズイから天井覗き」(読売)、「非礼誣匿たる調査報告」(報知)、「報告書は過去の記録のみ」(時事新報)という感じですから、当時の雰囲気が分かります。

1932年5月の五・一五事件では、東京朝日が犬飼首相を暗殺した青年将校は「純情」の末に事件を起こしたとしたり、犯人の肩を持つような論調を掲げた。読売も事件の背後には失業者があふれている経済の実態があるとして、政治家の責任を取り上げている。前坂さんはこうした踏み込み不足の論調が軍部や右翼を増長させたとしています。一方、大阪朝日や河北新報、東洋経済新報の石橋湛山、福岡日日の菊竹六鼓、信濃毎日の桐生悠々らは軍に否定的な論調で筆を振るいました。福岡日日は右翼などからの不買運動にさらされますが、永江真郷副社長は「正しい主張のために、わが社にもしものことがあったにしてもそれはむしろ光栄だ」と六鼓を励まし、会社がつぶれるかもしれないと不安がる販売担当には「バカなことを言ってはいかん。日本がつぶれるかどうかの問題だ」と一喝したといいます。桐生悠々は信濃毎日が不買運動に屈した後は、個人誌「他山の石」を創刊して、1941年9月にガンで亡くなるまで軍部を批判し続けた。カッコいいですね。

ところがこうした新聞社に対する右翼勢力からの圧力はさらに強くなります。1934年3月には時事新報の武藤山治社長が凶漢に襲われ、死亡します。武藤社長は鐘紡時代の手腕を買われて時事新報の経営をまかされ、政財界の癒着を批判した「番町会を暴く」のキャンペーンを張って、売り上げを伸ばしだしていたころでした。犯人の動機は私怨とされましたが、番町会批判キャンペーンとの関連があるとの疑惑は残りました。またこの年にはヤクザの一員が東京朝日を襲撃する事件も発生。1935年2月には、読売新聞の正力松太郎社長が右翼に襲われて重傷を負います。新聞報道が命がけの時代に入ったわけです。

こうしたなかで1935年には天皇機関説が問題になります。美濃部達吉・東京帝大教授が唱える天皇機関説は、大日本帝国憲法の「天皇ハ国ノ元首ニシテ統治権ヲ総覧シ此ノ憲法ノ条規ニ依リ之ヲ行フ」という文言を、統治権は法人である国家に属しており、天皇はその最高機関として他の機関と参与・輔弼を得ながら統治権を行使すると解釈するもの。天皇はあくまで国家の一部であって、天皇が自らの意思で何でも出来るわけじゃないんだよということですね。ところが右翼勢力は「日本の国家体制は、万世一系の天皇が天孫降臨の際の天照大神の神勅に基づいて統治することをはっきりとさせるべきだ」という「国体明徴」の立場をとって、美濃部を攻撃します。

美濃部の立場は当時の日本の学会では現実に即した主流の立場でしたが、右翼勢力は時代を逆戻りさせるような議論をふっかけてきたというかたちでした。ところが徳富蘇峰は東京日日のコラムで「記者は如何なる意味においてするも、天皇機関説の味方ではない。いやしくも日本の国史の一頁でも読みたらんには、斯かる意見に与することは絶対に不可能だ」「日本の国民として九十九人迄はおそらく記者と同感であろう」と断じます。東京日日はその後の社説でも「国体明徴に対して何人も異論のないことはいうまでもない。わが国民の心理が一、二の学説によって国体に対する信念に何等動揺を感じていないことは国民の堅い信念であり、その点については一人の疑惑をさしはさむものもない」と書きます。1936年2月には右翼組織の一員が美濃部を拳銃で襲撃。文部省は大学や高校から天皇機関説の抗議や著書を排除し、1937年5月には「国体の本義」を発効して全国の小、中、高、大学に配布しました。「天皇陛下万歳」な雰囲気が教育面からも作られていくわけですね。

さらに1936年には二・二六事件も起きます。皇道派の青年将校20人が率いる反乱軍1400人が首相官邸、内大臣私邸、蔵相私邸などを次々と襲い、斎藤実内大臣、高橋是清蔵相、渡辺錠太郎教育総監を殺害し、鈴木貫太郎侍従長に重傷を負わせたという事件です。新聞社では東京朝日も襲われました。内務省は各新聞社の幹部を出頭させて、「当局公表以外は絶対に掲載を禁止する。多少でも侵すものは厳罰を以て報いる」と警告し、ニュースはすべてラジオを通じて発表されるようになります。前坂さんは、「速報性や報道でもラジオに抜かれ、事実は報道禁止で書けず、テロの前に批判も恐ろしくて抑えざるを得ない、という三重苦に陥った」とします。五・一五事件の際には、大阪朝日や福岡日日が軍部に批判的な論調を取りましたが、二・二六事件ではそうした気迫ある論説も後退します。「それまで半死の状態だった言論の自由は完全にトドメを刺された」というわけです。

一方、時事新報は二・二六事件後、3月末までに17本の社説で軍部批判、時局批判を展開したそうです。近藤操社説部長の手によるもので、攻撃の矛先は同業の新聞社にも向けられました。「近年わが国に行わるる政治論は、時局の悪影響を受けて甚だしく歪曲され、軍部官僚に対しては不必要の程度まで阿諛迎合の言を連ね、政党に対しては不当に非難攻撃を浴びせる悪癖がある。(中略)五・一五事件、二・二六事件に於て、何者かに脅かされたる世間の所謂、識者、大言論機関なるものの所論が、一向に当てにならざることは概ね比類である」といった具合です。結局、時事新報は1936年12月25日に廃刊になって、毎日新聞に吸収されます。

面白いといっては何ですが、二・二六事件から時事新報廃刊までの10カ月の間、戒厳司令部からの注意は一回だけ。右翼や軍人団体からの言論脅迫もピタリと止んだそうです。近藤は「当時、言論は事実かなり自由なのに、なぜもっと強く軍部を批判しないかと、筆者は不思議に堪えなかった。要するに社説担当者も新聞経営者も、身辺や事業の安全だけを考えて、軍部の暴走を阻止すべき言論機関の使命を軽視した結果といわれても致し方ない」と回想しています。朝日の緒方竹虎は「自分も大いに書きたかったが、何分大世帯で差し障りが多く、思うにまかせなかった」と言い訳したといいます。

1936年1月には日本電報通信社(電通)と新聞連合社(連合)の合併により、国策通信会社である同盟通信社も発足。巨大通信社の豊富な配信が始まったことを機に、新聞社では合理化が進められ、通信社依存の体質が広がります。ただ、同盟には莫大な交付金とともに、何を目的として報道すべきかという指示書が出されていたため、政府による言論統制が効果的に進むという側面もありました。また政府は7月には内閣情報委員会が発足させ、報道統制を強化しています。

こうした事情を背景にして、1937年7月7日に盧溝橋事件で日中戦争が始まると、新聞は猛然と「暴支膺懲」のキャンペーンを展開して、反中ムードを煽ります。その後、7月29日には陸軍が内務省警保局に新聞・通信各社の代表を集めて、新聞紙法27条の発動について了承を要請。反戦的な記事、日本が好戦的であるという印象を与えるような記事、日本に不利な外国報道の転載、国内の治安を乱すような記事の掲載を禁じるというものでした。

日中開戦後の新聞の競争のポイントは、郷土部隊の活躍を早く伝え、戦死者の氏名と写真を一人でも多く載せることに絞られます。その結果、読売、毎日、朝日の大新聞は大幅に部数を伸ばし、地方紙は危機的な状況に追い込まれます。また、その後、物資に統制がかけられた結果、新聞用紙の不足が発生。1938年4月の国家総動員法の公布、8月の新聞用紙制限令で、新聞同士の自由な競争すらも封じられた。1939年発行の「新聞総覧」で、読売新聞の編集局長は「言論の自由はもとより尊重されねばならぬが、徒に取り締りに反抗し、禁を犯してまでも筆を進めることを自由の極致だと稽(かんが)るのは一つの大きな誤りではなかろうか」と記しています。ダメだこりゃ。

そして1941年12月8日、真珠湾攻撃で日米開戦。東京日日はこの開戦日を当日付紙面でスクープしました。海軍省担当の後藤基治記者が米内光政海相を情報源として書いたそうです。が、日米開戦後は、特高課員が新聞社に常駐するようになり、大本営発表以外の報道は許されなくなります。「我軍に不利なる事項は一般に掲載を禁ず。ただし、戦場の実相を認識せしめ、敵愾心高揚に資すべきものは許可す」との命令も出されました。もう後はイメージ通りの展開で、国民には真実が伝えられないまま敗戦を迎えます。

まぁ、だらだらと書いてきましたが、印象に残るのは1931年の満州事変から、1936年の二・二六事件の間のわずか5年間で、新聞の骨抜き化が一気に進んだということですね。新聞が満州事変が謀略であるという真相をすぐに見抜けなかったのは仕方無いとしても、1932年10月にリットン調査団の報告書が出た段階ではもっと冷静に軍を批判する論調になってもよかったのではないか。すでに1932年2月の段階で爆弾三勇士状態だったわけですから、今更引き返すのは難しかったのかもしれませんが、そこは言い訳にならんですよね。

あと、新聞社のバカな論調が国民に受け入れられた背景には、1929年に米国で起きた金融恐慌の余波を受けた日本経済の不調っぷりもあったんだと思います。新聞がバカな記事を書いたら、景気のいい話題を欲しがっていた国民がバカみたいに買っちゃうもんだから、そりゃ新聞はバカな記事を書き続けるというわけです。そのうちバカが狂気をはらみだして、テロ事件が相次ぐもんですから、バカな新聞はバカであることを止められなくなる。さらにバカが国家の中枢を握るようになっちゃうと、もうバカがバカを量産していくようなもんで、もう日本中がバカになっちゃうわけですよね。満州事変から5年で二・二六事件、さらに5年で真珠湾攻撃、そこから敗戦まで4年。病気の進行は早いです。

現在の日本でも「戦争法案」とかややこしいわけです。国民がしっかりしていないと、新聞のバカな記事を止められなくなるかもしれません。あと、バカなのは誰なのかという問題もあります。日本なのか、米国なのか、中国なのか、ロシアなのか、韓国なのか、北朝鮮なのか、イスラム系テロリストなのか。戦前の日本のように国際協調主義に背中を向けているのは誰なのかっていう風にも言えるかもしれません。まぁ、難しい問題ですけどね。

2015年1月16日金曜日

U.S.-Chinise Relations: Perilous Past, Pragmatic Present (Second Edition)

“U.S.-Chinise Relations: Perilous Past, Pragmatic Present (Second Edition)”という本を読み終わりました。米国のアジア外交の研究者である、ジョージ・ワシントン大学のロバート・サター教授の本です。1968年~2001年までは議会調査局とかCIAとか国務省とか上院外交委員会で働いていたそうで、知人によると、事実関係を冷静に積み上げていく研究手法で知られている人だそうです。ニクソンの本を読んだときに、1972年のニクソン訪中の話が出てきたんで、米中関係の歴史を学んでおこうかというつもりで読みました。勉強になりました。長いですが。

米中関係の歴史は長いわけですが、19世紀の終わり以降の欧州の列強や日本が中国大陸に進出していたころには、米国は中国で目立った活動をしていませんでした。一部の外交官とかビジネスマンとか宣教師とかは中国にいたけど、欧州や日本のように領土を奪ってしまおうなどと画策するわけではなかった。日本の関東軍が満州事変を起こしたのは1931年ですが、そのころの米国の指導者たちは1929年からの大恐慌への対応に手をとられている時期だった。そのため、「中国の領土的統一を支持する」なんてコメントするに留めて、積極的に中国の見方をするわけでもなく、列強と一緒に中国大陸で領土を分捕ろうとするわけでもなかった。内向きだったんですね。

で、1941年の真珠湾攻撃で日米が開戦すると、米国の中国大陸での存在感も増していく。米国は中国での共産党と国民党の対立については国民党を支持する。共産党はソ連とつながっているわけだし、そもそも共産党軍ってそんなに強くないんじゃないのという見立てもあった。これに対して共産党内では「国民党を支持する米国はやっぱり悪い国だな」という印象が強まる。その後、米国の見立てが外れるかたちで、国共内戦は共産党の勝利で終結。共産党は1949年の中華人民共和国建国後もソ連と連携を続け、中国と米国は対立の道に進んでいく。冷戦の始まりです。

米国は冷戦期の最初のころ、中国を封じ込めようとした。1954年には台湾との間で相互防衛条約を締結して、台湾危機が起きる。ただし中国はスターリン死後のソ連が米中の対立に巻き込まれることに慎重になっていったこともあり、米国に対して強硬な態度をとれるような状態でもなかった。このため台湾危機は収束に向かいます。また中国とソ連の間では路線対立が激しくなって、ソ連が1960年に中国への援助を停止したり、中国が1962年のキューバ危機でソ連が米国との対決を避けたことを批判するといった応酬もあった。当時はソ連と中国の間では国境問題もあったそうです。そんななかで1972年のニクソン訪中が実現します。

ニクソン政権がどのような判断で中国との国交回復に向かったかもよく分からない。というのも多くの資料が非公開となっているうえ、関係者の証言が事実と食い違っていたりするんだそうです。ただし米国はベトナム戦争の失敗とソ連のアジアなどでの影響力拡大を懸念して、中国との関係強化を図ろうとしていたことははっきりしているし、ニクソンが米中関係の改善を米国内での支持固めに利用して、1972年の再選を確実にしようとしたことも明らか。実際、ニクソンの判断は国内で支持された。

またニクソン訪中のころ、中国側でどのような意志決定があったのかも不明だそうですが、文化大革命を生き延びた葉剣英が毛沢東に対して、米国との関係強化でソ連の脅威に対応するよう助言していたことは分かっている。1970年代はソ連が中ソ国境に核ミサイルを配置したり、中国沿岸での海軍活動を強化したり、ベトナムでの軍事的プレゼンスを強めていたりした時期。ニクソン政権やフォード政権がソ連とのデタントに向かっていることに中国は不満を抱いていたという状況だった。

で、その後、米中間で国交正常化に向けた協議が続けられた。カーター政権下の1978年に発表された米中共同声明は、米中の国交を樹立するとともに、米国は中華人民共和国が正式な中国政府で、台湾は中国の一部であることを認め、台湾との国交や防衛条約を終わらせるというものだった。一方で、米国は台湾への武器供与を続けるともしている。ただ、カーターとブレジンスキー補佐官は中国との交渉を秘密裏に進めており、共同宣言の内容には議会からは、「台湾との国交を断絶する必要はないじゃないか」といった強い批判が出た。で、議会は1979年に台湾関係法(Taiwan Relation Act)を通し、カーターもこれに署名する。台湾関係法はもともとカーター政権主導の法案だったが、議会が武器供与や経済関係や人権や議会による監視や武力行使への反対といった内容を付け加えた。

ソ連が1979年にアフガンに侵攻して米ソ間のデタントが崩壊すると、中国はソ連が米国と仲良くなって、余裕をもって中国にプレシャーをかけるという事態を心配しなくてもよくなった。で、1981~82年ごろには、ソ連と関係を改善して、米国に厳しい態度を取るという方向性が模索された。一方、レーガンは1980年の大統領選挙戦でカーターの台湾政策を批判し、当選後も基本的には台湾関係法に軸足を置いた対中国外交をとるんだと主張した。しかし実際には、ヘイグ国務長官は米中関係を重視し、台湾への武器供与に反対したりした。1982年8月の第三次米中共同声明では、米国は台湾への武器供与を段階的に減らし、中国は台湾との平和的な統一を目指すとされた。共同声明は玉虫色の内容で、レーガン政権はその後も台湾へのサポートを続けたんだけど、ヘイグ国務長官時代は対中融和路線が強かったということです。

ただ、共同声明発表直前に就任したシュルツ国務長官は、ポール・ウォルフォビッツ、リチャード・アーミテージらを起用して対中強硬外交に転じ、日本や他の東アジア諸国との関係強化を重視していく。

シュルツらが方針を転換した理由には、

○中国が米ソデタント崩壊後に米国に厳しい態度をとるようになったのをみて、中国は米国と協力する気がないのだと見切りをつけた
○中国は国内経済の改革に忙しくて、東アジアで無茶をすることはないとの判断もあった
○レーガン政権は軍事力を強化したので、中国なしでソ連と対決することへの自信が出ていた
○中曽根内閣下の日本との同盟関係強化が進んでいた

なんていうものがあったそうです。こうした米国の強硬な態度をみて、中国は米国に厳しい態度をとる方向性を改めて米国との関係強化に乗り出し、台湾のことでやかましく言うのを控えるようになる。中国は経済成長のためには欧米との関係強化が重要だという事情もあった。レーガンが1984年に訪中した際には温かく迎えられた。

で、1989年に天安門事件が起きる。この結果、米国の中国に対する印象は大幅に悪化した。さらに1991年にはソ連が崩壊。米国がソ連への対抗のために中国と連携する必要は薄れる。一方で台湾では民主化が進んでいて、米国内で台湾の人気が高まる。米中関係にとって良い材料がなくなった時期です。それでも父ブッシュは中国との現実的な関係維持を図りますが、議会から弱腰批判を受けて、1992年の再選に失敗していまいます。

一方の中国は国内の安定化に力を注ぎつつ、米国など西側が共産党体制や台湾、チベット、香港などの問題に介入することを批判した。ただ、鄧小平が1992年に南巡講和を行って、1993年からの経済成長が始まると、米国もそれに注目するようになる。中国も経済成長のためには米国との決定的な対立は避ける方針をとる。

1993年に就任したクリントンは中国の人権問題と米中貿易をリンクさせる姿勢をとって支持されたが、議会や産業界からは反発が強まった。その結果、クリントンは1994年に人権問題と米中貿易のリンクを終わらせる。一方で米国内の台湾支持派は台湾の李登輝総統が私人として米国を訪問するよう認めるよう要求。米政府はビザ発行を認めない方針を示したが、その後、クリントンが訪問を容認し、1995年に李登輝の訪問が実現した。これに反発する中国が台湾海峡で大規模な軍事演習を行い、クリントンは空母を同海域に派遣し、第三次台湾海峡危機に至った。でも、クリントンとしても決定的な対立は避けたいので、1997年と1998年に米中首脳会談がもたれ、1999年に中国がWTOに加盟することが承認される。クリントンは、中国に対するPermanent Normal Trade Relations(PNTR)を認める法律が2000年に成立することも確約。大統領が議会に諮ることなく、最恵国待遇が毎年更新されることになった。このあたりの米国の対応は腰が定まっていない感じです。

一方の中国側では1999年に米国がユーゴスラビアの首都、ベオグラードで中国大使館を誤爆したことへの反発が出たが、やはり米国との対立は避ける方針が採られた。米国は世界で唯一の超大国で、米国との関係維持は中国の経済発展にとって不可欠。観光や日本、南シナ海、台湾などに影響力がある米国との良好な関係を維持せねばならないとの判断だった。

2001年に就任した子ブッシュは対中関係よりも日本などとの関係を重視したうえ、ロシアやインドとも関係を強化しようとした。中国に対しては人権や台湾の問題を積極的に取り上げたし、中国が大量破壊兵器を拡散させたとして経済制裁も打ち出した。シュルツ国務長官のもとで働いたアーミテージが国務次官補になったことは偶然ではない。このため2001年4月に南シナ海上空で米軍機と中国軍の戦闘機が衝突する事件(海南島事件)が起きた際は米中関係が悪化すると予想された。でも、双方は冷静に対応し、この時期の米中関係は良好だった。もちろん2001年9月の米中枢同時多発テロで中国の重要性が薄れたことも要因です。また中国が政権移行期前の国内問題が難しい時期にあったことも影響している。しかしサターさんは、子ブッシュ政権が中国に対する厳しい姿勢を打ち出していたことが最も重要な要因だとします。

良好な関係を築いた米中は北朝鮮の核問題で連携し、子ブッシュは台湾の陳水扁総統に独立に向けたステップを採らないように戒めた。一方では、中国の経済発展に伴って米国内には、中国との貿易赤字、知的財産権の取扱い、為替レートの水準、中国による米国債購入、中国によるユノカル買収なんかの問題が意識されるようになった。2006年の中間選挙で民主党が勝利し、議会が子ブッシュ政権に対中政策の変更を迫るとの観測もあった。でも、子ブッシュ政権は中国を為替操作国と認定することを拒否。中国の人権問題に対する懸念も、中国でのビジネスチャンスへの期待で相殺された。

2006年ごろの中国の要人発言や文書にみられる外交方針は、

○国際社会で超大国を目指す
○中国の経済発展の基盤となる安定的な外交環境を追及する
○中国の発展を阻害するような国際的な公約は避ける
○中国の国内外での成功は中国に応分の責任を求める国際社会との緊密な関係にかかっていることを認識する

といったようなものだったそうです。

2009年に発足したオバマ政権はブッシュ政権の対中政策から大きな変化をみせていない。大統領選の最中でも、最近の大統領選挙ではめずらしく対中政策を争点にしなかった。オバマの外交方針は、経済危機とか気候変動、核拡散、テロとかいったグローバルな問題に対応するため、中国も含めた国際社会全体と協調するというものです。

ただ、中国はオバマの期待に応えていない。国際的な責任を果たすことは中国の経済発展を損なうとの懸念があるためだそうです。それどころか中国は2009年から2010年にかけて、攻撃的な行動をとるようになる。南シナ海に哨戒船を出したり、EEZ内の航行の自由を制限できるんだと主張したり、黄海での米韓軍事演習に反対したり、台湾への武器供与やオバマとダライラマとの面会にこれまで以上に反発したり、米国債への投資をやめて決済通貨でもドルを減らすと言ったり、尖閣諸島が日米安保条約の対象となっているとの見解に激しく反発したりした。こうした態度はアジア各国の中国への警戒感を強め、米国への期待を高めることになる。

一方でオバマ政権は中国の軍事力増強に対して軍事的な対応をとる用意があることを表明し、北朝鮮の問題は米国に対する直接的な脅威だとして中国に対応を求めた。2011年1月に胡錦濤国家主席が訪米した際には、中国からの米国批判は影を潜めていた。中国は北朝鮮に挑発をやめさせ、イランへの制裁緩和を求めず、人民元の切り上げに応じ、2010年12月のカンクンでのCOP16では気候変動問題で協力的になった。

またオバマ政権は2011年にアジア重視戦略を打ち出して、アジア太平洋地域で中国と影響力を競い合う姿勢を示すとともに、中国との関係強化も重要であるとの立場を示す。しかしこれに対しては、一度は攻撃的な態度を改めたかにみえた中国で、再び米国に対してより強硬な立場をとるべきだとのムードが盛り上がる。2012年から2013年にかけて、南シナ海で中国漁船がフィリピン当局に拿捕されたことを機に、南シナ海での活動を強化し、九断線に基づく領海の主張をしたり、尖閣諸島にかんする論戦を展開したりした。中国はこうした強硬路線は成功したとみなしている。

まぁ、ここまでで半分ぐらいです。大体の流れはあたっているはずです。間違いがないという自信はありませんが。

サターさんはこの後、米中関係の行く末について考察を進めますが、結論としては「楽観視できるものではないので、気をつけてウォッチしていかなきゃいけないよね」っていうことでした。

こうやって米中関係の歴史を振り返ってみると、米中関係っていうのは台湾問題がキモであることがよく分かります。サターさんは「米中国交正常化の歴史は、米国が対中関係から利益を得ることと引き替えに、米国と台湾の関係を弱める方向で譲歩していくことだった」としています。2008年に台湾で馬英休総統が就任して親中国路線をとっているので、現在のところは台湾をめぐる米中の対立は大きくなっていないですが、台湾で政権交代があったりして独立路線に切り替わったりすると、米中対立に火がつく可能性がある。

あと、サターさんはレーガン政権下のシュルツ国務長官時代や子ブッシュ政権下での対中強硬路線が中国からの融和を引き出したという点を強く主張しています。サターさん自身が「他にもいろんな見方があるけれど、私はこう思う」というかたちで書いているので、異論があることは間違いないのですが、中国に対して毅然とした態度を取らねばならないぞという立場の人たちはこうした歴史上の経緯を論拠にしているんだなと思った次第です。

サターさんは米国は中国を国際関係のロープで縛り付けて、勝手な行動を取らせないようにする「ガリバー戦略」は上手く機能しているとする一方で、相互不信に基づいたものであるという弱みはあると指摘します。中国が今後も友好的な態度を維持するかどうかは不明。中国は成熟した大人の国になったとみる向きもあるが、中国の指導者はしばしば揺らぎやすく、予想外の動きをみせるとのこと。

中国の経済力が米国を上回る時代になれば、中国を国際関係のロープで縛り付けるどころか、中国が米国などを国際関係のロープで縛り付けるという状態にもなったりするんでしょうか。台湾とか共産党一党支配とかに文句を言わなければ、めったなことは起こらないのかもしれませんが、中国の南シナ海とか東シナ海とかでの領有権の主張をみたりすると、あんまりいい予感はしないですよね。

2014年10月12日日曜日

The Greatest Comeback

“The Greatest Comeback: How Richard Nixon Rose from Defeat to Create the New Majority”という本を読んだ。

ウォーターゲート事件によるニクソン大統領辞任から40年の節目に出ているニクソン本のひとつで、側近だったパット・ブキャナンさんが1960年の大統領選でケネディに負けたニクソンがどんな道筋をたどって1968年の大統領選に勝利したかを書いた本です。面白いことは面白いんですが、米国の政治、社会状況に対するニクソン陣営の分析や裏話を集めたような内容なんで、そもそも表舞台で何が起こっていたかという事実関係がしっかりと頭に入っていないと理解が追いつかない部分が出てしまいます。ニクソン本や60年代に関する本なんていうのは無数に出ているでしょうから、まずは基礎知識を身につけてからの方が良かったかもしれません。

というわけでなかなか内容を紹介するのは難しいのです。ただ、ブキャナンさんが言わんとすることは、ニクソンは、ジョンソン大統領らがマイノリティや学生の一部が暴動や大学の占拠事件を起こすような事態になった際に毅然とした態度をとらなかったことで失った「普通の米国人」の支持と、当時の米国内に残っていた人種差別を容認するような古いタイプの人たちの支持を上手にすくい上げて、選挙戦で勝利したんだということだと思います。「普通の米国人」というのは低所得、中所得の白人たちで、公民権運動の流れのなかで忘れられた存在になっていたとのことです。

で、ニクソンがどうやってこの両方の層をまとめたかという話なんですが、まずニクソンはマイノリティや学生の暴動に対しては”law and order”の重要性を訴えます。暴動などを起こす側には差別撤廃などの理由があるわけですが、「どんな理由があろうとも法と秩序は守らねばならない」という立場を明確にするわけですね。そうすることで、「俺たちだって苦労しているんだよ」という普通の米国人の不満をすくいあげることに成功します。

一方、米国には古いタイプの人たちもいた。公民権法に反対票を投じて、1964年の大統領選で大敗したバリー・ゴールドウォーターを支持するような人たちですね。ニクソンはこの人たちとも連帯する。1964年の大統領選でニクソンは、共和党候補として正式に選出されたゴールドウォーターをきちんと応援していた。ゴールドウォーターはこのことを大変感謝し、恩義に感じていたそうです。共和党内のリベラル派であるネルソン・ロックフェラーとかジョージ・ロムニーのような人たちはゴールドウォーターから距離をとったりしたわけですが、そういう態度で共和党を分裂させるような真似は止めるべきだということですね。

ただ、もちろん、人種差別を肯定するような立場をとるわけではありません。ブキャナンによると、ニクソンはリベラルな家庭で育ったそうで、副大統領時代には1957年の公民権法の成立に力を尽くしてキング牧師から感謝の手紙をもらったりもしたそうです。ただ、公民権法に反対するような人たちを共和党から追い出すようなマネはしない。選挙で民主党に勝つためには、こうした人たちからの支持が重要であることを知っていたからです。人種差別撤廃には賛成しながらも、反対する人を批判しないというのはなかなか難しいポジション取りですけど、大統領選に勝つにはそのぐらい難しい配慮が必要だということですね。

1968年の大統領選では、民主党のヒューバート・ハンフリー副大統領と共和党のニクソンが出馬。さらに独立党のジョージ・ウォレスも立候補します。このウォレスという人は元は民主党なんですが、アラバマ州知事として人種差別を支持してきた人で、ニクソンにとってはリベラルのハンフリーと、古いタイプのウォレスから挟み撃ちを受けたようなかたちになります。ただ、ゴールドウォーターとしっかり連帯してきたこともあって、ディープサウスの5州(アーカンソー、ルイジアナ、ミシシッピー、アラバマ、ジョージア)はウォレスにもっていかれましたが、バージニア、ノースカロライナ、サウスカロライナ、フロリダ、テネシーは確保できた。このあたりが勝因だったとのことです。

あとベトナム戦争に対する分析も面白いです。南北ベトナムの間での戦争はアイゼンハワー時代からあったわけですが、ケネディの時代までの米国の介入は軍事顧問団の派遣にとどまっていた。ところがジョンソンは1965年から北爆を始めて、さらには地上軍の投入に突き進んでいきます。ところが思うような成果が上がらず、米国内では厭戦ムードが高まっていた。で、ジョンソンは停戦の道を探り始めて、1966年のマニラ会議で「もしも北ベトナムが兵を引くなら、米国もベトナムから兵を引く」ことに合意します。これに対してニクソンは強く反発してみせます。もしもベトナムから兵を引けばベトナムが共産圏に落ちることを容認することになるし、さらに「撤兵してもいいよ」なんて弱気を見せようなことをすれば、北ベトナム側を「粘れば勝てるぞ」と勢いづかせることになるという判断があったようです。

ニクソンは大統領就任後の1972年にハノイ空爆、ハイフォン港への機雷封鎖などを行なって北ベトナムに壊滅的な打撃を与え、パリ和平会議のテーブルにつかせ、米兵捕虜の解放などと引き替えに、ベトナムからの撤退を約束します。南北ベトナムの戦闘はその後も続き、最終的には北ベトナムが勝利してベトナムは共産圏となる。ニクソンは大統領を辞めた後、ブキャナンさんに対して「ジョンソン大統領がハノイ空爆や機雷封鎖を1965年か66年にやっておくべきだった」と話したそうです。ニクソンは米国がベトナム戦争で負けたときの大統領なわけですが、負けた原因はジョンソンにあるというわけですね。なるほど、こんな理屈もあるのかという感じです。

現在の共和党指導部がティーパーティーみたいな極端な人たちの言動で支持を落としながらも、ティーパーティーを切り捨てるわけでもないのはニクソンがゴールドウォーターと連帯して党をまとめたことが頭にあるのかなという気もします。共和党の候補者としては予備選でティーパーティー系と対立するようなことが避けたいのはもちろんですけど、ティーパーティー系の機嫌を損ねて大統領選で候補者を立てられたりなんかしたら、共和党的には目もあてられない状況になりますからね。

あと、オバマ政権がイラクやアフガンから撤退してきたにも関わらず、ここにきてISIS相手に空爆を始めているところなんかも、あまりいいやり方ではないんだろうなという気もする。今のところは米国が地上軍を投入することはないということですが、うまくいくはずもないような気が。

ニクソンは思想的にはウィルソンを尊敬するような理想主義者なんだけれど、行動は現実主義に基づいていたということです。共産中国との国交を回復に手をつけ、長年の友人であった台湾の蒋介石との関係を切ったのも、ロシアを孤立させることがための判断だったとのこと。あと、「現実主義に基づいた妥協は人々にはアピールしない。現実的な妥協をとらなければならないんだけど、語るときは原則について語らなければならない」という言葉もあるんだそうです。

つまり心のなかに理想主義をもって、人々にはその原則を語るんだけど、行動は現実主義に則って妥協にも応じなければならないということですね。理想主義の原則を語り、理想主義で行動するのもだめだし、現実主義にのっとって行動する際に現実主義を語ってもいけない。ちなみにニクソンは1972年の大統領選では歴史的な大勝利を収めています。

深い。深いな、ニクソン。

でもウォーターゲート事件で失脚するんだけどね。この人のドラマはまだまだ続いていたんだと思います。

2014年2月22日土曜日

The Right Path

“The Right Path: From Ike to Reagan, How Republicans Once Mastered Politics---and Can Again”という本を読みました。読了は確か1月中旬ごろ。MSNBCで“Morning Joe”という番組の司会をしている共和党の元下院議員、ジョー・スカボローが書いた本で、第二次世界大戦後の米国政治の軌跡を振り返りながら、「共和党は右に寄りすぎても勝てないし、左に寄りすぎても勝てない」なんていうことを論じている本です。扱っている時代が長いので全てを記憶に刻めるわけではないですが、勉強になりました。

例えばですね、ケネディ暗殺の翌年、1964年の大統領選で共和党はバリー・ゴールドウオーターを候補者に選びます。7月にジョンソン大統領の下で公民権法が成立した直後の選挙だったんですが、このゴールドウオーターっていう人は公民権法に反対票を投じたっていうぐらいバリバリの右派。「連邦政府が州の政策に介入すべきじゃない」というフェデラリズムの立場からの反対だったみたいですけど、大統領選では得票率で61.1%対38.5%という大敗に終わります。

共和党は前回1960年の大統領選では民主党のケネディに対して、当時の副大統領で、中道路線をとっていたニクソンを擁立し、得票率で49.7%対49.6%という超僅差で敗れていました。ニクソンは黒人票の32%を取っていたそうです。ところが公民権法に反対したゴールドウオーターは黒人票の6%しか取れなかった。このイメージは現在に至るまで続いているということで、共和党にとってバリバリ右派のゴールドウオーターを候補に擁立したことは歴史的な失敗だったというわけです。

で、共和党は1968年の大統領選挙で再びニクソンを候補に擁立します。このときの選挙はニクソン、民主党のハンフリー、独立党のウォレスによる三つ巴の選挙で、ニクソンは43.2%の得票率で当選。4年後の大統領選では、民主党のマクガバンに対して60.7%の得票率で再選。投票人の数では520対17という歴史的な大勝です。

1964年の段階では民主党を圧倒的に支持していた有権者が、1968年以降には共和党支持に移った理由として、スカボローは1965年のワッツ暴動に象徴されるような人種差別反対運動の過激化が進んでいたことを挙げます。もちろん独立党のウォレスのような人種差別を認めてしまうような候補者に支持は集まらないわけですが、ちょっとリベラルの側もやりすぎなんじゃないかという雰囲気が広まっていたとのこと。人種問題以外にも、ベトナム反戦運動の過激化、ドラッグ文化の浸透、教会に対する批判なんていう風潮が広まっていて、多くの一般的な米国人が取り残された気分になっていた。そういう時代において、中道的な立場をとるニクソンが支持を得たというわけです。

ただ、このニクソンはウオーターゲート事件で、1974年に辞任に追い込まれる。しかも副大統領から昇格するフォードとの間で、「フォードが大統領になったら、辞職したニクソンを訴追しない」なんていう密約を結んでいたとの疑惑が持ち上がって、共和党の人気は下落します。さらにフォードは副大統領にリベラル寄りのロックフェラーを選んだ。このことも保守層の反発を招いたということで、フォードは1976年の大統領選では民主党のカーターに敗れてしまいます。ちなみにカーターの得票率は50.1%。フォードは48.0%。

ところが、このカーターも政権をうまく運営できない。失業率は10%を超え、物価は18%も上昇。FRBの政策金利も20%近くまで引き上げられた。さらに1978年にはソ連がアフガニスタンに侵攻して米国内で危機感が高まり、1979年のイラン革命後には在テヘラン米大使館での人質事件が発生。カーター大統領は事態を解決できないままに1980年の大統領選に突入し、共和党のレーガンに敗北する。この時のレーガンの得票率は50.7%でしたが、次の1984年の選挙では得票率58.7%、選挙人で525人を獲得する大勝利です。

このほか、アイゼンハワーとかブッシュ親子とか1994年の中間選挙で共和党が下院で40年ぶりに過半数を取った保守革命なんかについても、いろいろと分析されています。こうした大まかな流れのなかで、いかにアイゼンハワーやニクソンやレーガンが中道的な立場をとって、現実主義に基づいた判断を重ね、結果を残してきたか、なんていう解説が加えられています。

で、気になるのは、それじゃぁ、共和党は2016年の大統領選で誰を候補に立てればいいのかっていうところなんですが、これがなかなか難しい。小さな政府を志向する保守候補で、現実主義に徹して政策を遂行できる中道路線をとる人が理想なわけですが、ただの中道だと、ティーパーティーみたいな保守層右派と「もっとリベラルにシフトすべきだ」っていう保守層左派の双方から批判される恐れもある。そうじゃなくて「保守層右派と保守層左派の両方が支持できる人」じゃないといけないわけですね。穏やかな口調で米国の保守主義の伝統を訴えて、保守層をひとつにまとめられる人材が必要だということになります。

スカボローはコリン・パウエル元国務長官みたいな人がいいというわけですが、パウエル自身はもう76歳ですから現実的じゃない。クルズやルビオはキャンキャンとやるイメージですし、クリスティも「陽気なデブにみえるけど、実は嫌な奴」っていうイメージがついてきた。ランド・ポールは穏やかイメージへの転換を図っている気がしますが、間に合うかどうか。ジェブ・ブッシュは「兄貴よりは賢い」っていうイメージなので、もしかしたら有力かもしれない。

ただ、オバマ政権には決定的な失敗があるわけでもない。ベンガジとかシリアへの対応はまずかったかもしれないけれど、米国の国益が決定的におびやかされる事態が起こっているわけじゃないですし、経済もなんだかんだでじわじわと快方に向かっている。ニクソン政権誕生の背景となった1960年代のジョンソン政権後半の社会的な混乱とか、レーガン政権誕生の背景となった1970年代後半のカーター政権時の経済・外交上の混乱みたいな事態とは違う。米国が抱えるリスクは大きくなっているのかもしれませんが、人口動態的にみても、次の大統領選は共和党にとって厳しくなるんだろうと。

まぁ、そんなことを考えさせられる本でした。面白かったです。

2014年1月11日土曜日

Foreign Policy Begins at Home

The Despensable Nationを読んで、何か別の人の本でもと思って読んだ。米国の外交を立て直すにはまず内政問題への取り組みが大切だというちょっと変化球的な内容ですが、リチャード・ハースといえば、Foreign Affairsを出していることでおなじみの外交問題評議会のトップですので、そんな無茶苦茶なことを書いているわけでもないんだと思います。2013年4月出版。オバマ政権2期目に入ってからの本です。読み終わったのは11月の下旬ごろ。

米国といえば超大国として国際社会への関与を続けて来たわけです。特に冷戦終結後は唯一の超大国となり、イラクのクウェート侵攻後の湾岸戦争(1991年)とか911後のアフガン戦争、2003年に始まったイラク戦争なんかではまさに「世界の警察官」としてふるまってきた。ところが最近の米国内には戦争疲れが広がって、2008年のリーマン・ショック後は財源的にも余裕がない。そんななかでオバマ大統領は「米国は世界の警察官ではない」と宣言しちゃう。

そういう現状のなかでハースは「米国は自らの影響力の限界を認識して、国際社会で何を成し遂げようとするかを考え直す必要がある。やることが望ましいこととやらねばならないこと、実現可能なことと実現不可能なことの区別をつけなければならない」としています。

ハースは911後のアフガン戦争は米国の安全を守るためには避けられない戦争だったとしています。まぁ、マンハッタンに旅客機で突っ込まれたんだから、やり返さないわけにはいかないということでしょう。ただ、2009年のアフガン増派は回避すべきだったとしています。米国はアフガン増派で911を実行したアルカイダだけでなく、タリバンも攻撃対象としますが、これは「タリバンの支配地域は自動的にアルカイダのものになる」という誤った想定に基づいたもので、増派しなくても無人機攻撃や特殊部隊の投入で対応できる可能性を無視していた。また米国が何をしようとも、アフガン南部でタリバンが勢力を拡大することは避けられないという現実問題も見落としていた。このアフガン増派の結果、米国はアフガン国内の戦闘の主体となってしまい、米国の安全保障とは関係のない戦いに巻き込まれたという分析です。また、歴史的に中央政府の力が弱いアフガンで強大な政府軍を作るという困難な目標をたてたことも間違いだったとしています。

あと、ハースはカーターやレーガンの時代は外交の目的を人権の拡大においたけれど、ブッシュ(子)は民主主義の拡大においた。ただ、民主主義の拡大っていうのは極めて難しい。安全保障の維持とか経済成長のためにはサウジアラビアとか中国とかも協力せねばならないわけです。「いろんな問題で協力を求めながら、同時に相手の体制を否定するというのは難しいことだ」というわけです。中東で民主主義を拡大することは米国にとって望ましいことではあるけれど、米国外交の唯一の目標ではない。もちろん民主主義の問題に口をつぐめというわけじゃないんだけれど、民主主義の拡大を目標にすえる際には「地域の現状や政策的に取り得るオプションや米国へのコストなんかを吟味することが必要」という主張です。「現実問題として考えれば、西側式の民主主義は世界的な価値ではないということを米国は認識すべきだ」とも言っています。

あと、米国はコソボ問題なんかでは「政権による虐殺を防ぐという人道的見地から軍事介入する」なんていうことをしたりするわけですが、こうした人道的見地からの軍事介入も「無制限のリソースが必要になる」と批判的です。こうした軍事介入も、きちんとコストとベネフィットを見極めたうえでやらねばならない。人道的軍事介入が認められる条件としては、「脅威が大きくて疑いのないもので、被害を受けている人たちからの要請があり、反体制派が妥当な目標のもとで機能していて、国際社会の支持と支援があって、資金的なコストを限定できる確実な見通しがあって、他の手段は不適切だと判断される場合」としています。

ハースは現在の米国がとるべき政策として、”Restoration”という言葉を使っています。米国をめぐる国際環境はかつてほど厳しいものではないという認識のもとで、まずは米国のリソースを国内問題に配分する。外交では中東への過剰な介入は控えて、アジア太平洋地域や西側地域にリソースを割く。あと軍事介入偏重を改め、経済や外交交渉といったツールをより重視するということだそうです。「米国は友好国への支持を示して、友好国を攻撃しようとする国を牽制しなければならないが、逆に友好国が挑発的になったり向こう見ずな行動に出たりしないように、無条件に友好国を支持するわけではないことも示すべきだ」なんてことも言っています。

とまぁ、外交パートはこんな感じ。まぁ、今のオバマ政権の外交方針はこんな感じなんでしょうね。昨年夏にオバマがシリアへの軍事行動を検討した際、「化学兵器使用の拡大を防ぐための人道的見地」を強調して「アサド政権の打倒」は否定したところとか、英国が軍事行動への参加を見送った後で、(結果的にせよ)外交交渉を通じた化学兵器全廃が進展したところなんかは、「ハースが後ろでささやいていたんじゃないの」って思えるほどです。日中関係への関わり方もそう。尖閣諸島が日本の施政下にあることは明確にするけれども、安倍首相が靖国参拝なんかをやれば「失望」を表明して、日本が行き過ぎることも防ごうとする。

そんなハースは、イランがもめた場合はミサイル攻撃などで対応できるが、北朝鮮がもめた場合は地上戦の「必要がある」としています。あと、この後、米国の内政を立て直すためには何が必要かという話も沢山出てくるのですが、まぁ、ハースは外交の人でしょうから割愛。

面白かったです。

2013年6月13日木曜日

棚上げすればいいんじゃないか論

ちょっと昔の話なんですが、Jonathan TeppermanというForeign Affairsの編集者の文章を読んだ。"Asian Tensions and the Problem of History"というタイトルで、なんで日中韓の三国は歴史問題でケンカばかりしているのかねぇという内容です。(参照)

Teppermanさんは、安倍首相が「731」ナンバーの戦闘機の操縦席で撮った写真が中韓の反発を招いた話で日中韓のややこしい関係を紹介。日中は尖閣問題で対立するし、日韓には竹島問題がある。「朴大統領はオバマ大統領との会談のかなりの部分を安倍首相をこきおろすことに費やした」なんていう表現もある。で、もちろん対立の根源は第二次世界大戦に遡るわけですが、Teppermanさんは、

Why can’t these countries just let the past lie, especially when doing so would be so clearly in their interests? Yes, there are plenty of ugly traumas to overcome. But Japan has been a pacifist, liberal democracy for nearly 70 years now, and it’s hard to imagine it threatening anyone.

と疑問を呈します。そうそう。私もそう思う。

Teppermanさんは「ベストの解決法は、西ドイツのブラント首相が1970年にやったように、日本が全面的に第二次世界大戦時の行為について謝罪すること」と指摘します。「大日本帝国とナチは違う」ことにも理解は示すわけですけど、ドイツは謝罪によって膨大な利益があったわけだから、日本だって同様にするべきだというわけです。日本の政治家たちが「これまでに何度も謝罪しているし、賠償金だって払っている」と主張していることについては、「その通りだ」と認めます。でも、日本の政治家たちが保守的で謝罪疲れした支持者を満足させるために、その謝罪を台無しにするような発言を繰り返していることも事実だと。うん。確かにそうだ。

一方、中韓に対しては、「現在の目的のために歴史を利用しようとしている点で罪深い」(Japan’s neighbors, meanwhile, are just as guilty of exploiting the past for present ends.)と論評。中国が尖閣の領有権を主張し始めたのは周辺海域で資源が見つかったことと無関係ではないことや、国内の不満をそらそうとして愛国心をあおっていることにも注目します。

つまり、確かに日本は謝罪はしているんだけど、中韓は資源獲得とか国内の不満をそらそうなんていう気持ちがあるから謝罪を受け入れようとしない。それなら日本はもう一度謝罪した方がいいんだけど、せっかくの最初の謝罪を台無しにするような発言で事態を混乱させていると。つまり日中韓が何故過去のことを水に流せないのかという疑問に対する答えについては、"The answer is that no one will go first."というわけです。まぁ、当たり前の話なんですが、的を得た簡潔な説明である気がします。

じゃぁ、どうすればいいのかというと、Teppermanさんは" simply shelve the thorniest issues and work around them"と主張します。中国と台湾だって難しい問題は棚上げしているし、日中だって国交正常化から中国が台頭する最近までは尖閣問題を事実上棚上げしていたじゃないかと。確かに簡単な話ではないんだけど、棚上げすれば、

it would cool the region’s boiling waters while letting all sides save face. And it might just be the only way to avoid an actual shooting war that no side, despite the overheated talk, wants or could afford.

ということです。


まぁ、当事者以外の立場からみればそうなんでしょう。ということは日中韓の3カ国以外の立場の人はみんなそう思っているわけですな。じゃ、そうするのが正解だな。


写真はTeppermanさん。頭良さそうな顔ですね。

2013年6月11日火曜日

「新型の大国関係」とG2論

中国の習近平国家主席が米国のオバマ大統領と会談しました。そのなかで、"new model of major country relationship"(新型の大国関係)という言葉が出てくるので、どういう考え方なのか調べてみた。

このフレーズは習近平国家主席が持ち出した言葉のようで、6月7日の会談前のちょっとした会見(参照)で、

We need to think creatively and act energetically so that working together we can build a new model of major country relationship.

なんていう風に言っています。

で、この発言には前段があって、そこの部分を読むと、

And at present, the China-U.S. relationship has reached a new historical starting point. Our two countries have vast convergence of shared interests, from promoting our respective economic growth at home to ensuring the stability of the global economy; from addressing international and regional hotspot issues to dealing with all kinds of global challenges. On all these issues, our two countries need to increase exchanges and cooperation.

And under the new environment, we need to take a close look at our bilateral relationship: What kind of China-U.S. relationship do we both want? What kind of cooperation can our two nations carry out for mutual benefit? And how can our two nations join together to promote peace and development in the world? These are things that not just the people in our two countries are watching closely, but the whole world is also watching very closely.

Both sides should proceed from the fundamental interests of our peoples and bear in mind human development and progress.

と言っている。

まぁ、今から作り上げていこうというものですけど、

・双方が納得のいく関係
・お互いの国益のために協調する関係
・世界の平和と発展に資する関係
・両国の基本的な国益を出発点として、人間的な発展や進歩も考慮する関係

ってことですかね。


で、この新型の大国関係については、会談後の共同会見(参照)でも触れられている。

習近平国家主席によると、

President Obama and I both believe that in the age of economic globalization and facing the objective need of countries sticking together in the face of difficulties, China and the United States must find a new path -- one that is different from the inevitable confrontation and conflict between the major countries of the past. And that is to say the two sides must work together to build a new model of major country relationship based on mutual respect and win-win cooperation for the benefit of the Chinese and American peoples, and people elsewhere in the world.

ということらしいです。昔は2つの大国があれば衝突は必至だったけれど、そういうことにならないように協力しあいましょうということですね。この後の発言では、経済での連係や人的交流、軍事面での関係強化なんかの必要性について話しています。

まぁ、米中は経済的なつながりは強まっているんだけど、対立点もいっぱいあるわけです。人権問題とかサイバーセキュリティとか南シナ・東シナ海での航行の自由の確保とか、チベット問題、台湾問題なんかについては意見の相違は大きい。ただ、そういった問題点について対立の道を進むのではなく、お互いの利益を尊重しつつ、解決の道を探っていくということでしょう。

一方、オバマ大統領は、

I think President Xi identified the essence of our discussions in which we shared our respective visions for our countries' futures and agreed that we're more likely to achieve our objectives of prosperity and security of our people if we are working together cooperatively, rather than engaged in conflict.

としている。「衝突を避け、協力しあえば、人々の繁栄と安全という目的を達成できる」ということです。

またドニロン大統領補佐官は8日のプレスブリーフィングで、

the observation and the view by many people, particularly in the international relations field and some people in the United States and some people in China, that a rising power and an existing power are in some manner destined for conflict; that in fact this just an inexorable dynamic between an arising power and an existing power. We reject that, and the Chinese government rejects that. And the building out of the so-called new relationships, new model of relation between great powers is the effort to ensure that doesn’t happen; is an effort to ensure that we don’t succumb to the idea that somehow relations between countries are some immutable law of physics -- that, in fact, this is about leadership, it’s about conscious decisions and it’s about doing what’s best for your respective people.

と述べています。こちらも「衝突を避ける」ということを強調しています。オバマ大統領やドニロン補佐官が「お互いの国益を守る」というあたりに触れていないのは、人権とかサイバーセキュリティ、航行の自由なんかの対立点について口をつぐむわけじゃないという意思表示かもしれない。それでも新型の大国関係を目指すことで合意したとは認めているわけですから、対立点はあるけれど、協力できるところから協力していきましょうなんていうことかもしれません。


ちなみにオバマ政権の初期にあったG2論とは違うのかっていう話もあるわけですけど、Wikipediaによると、G2論というのは「世界1位、2位の経済大国である米中が話し合えば、世界金融危機とか気候変動問題とか北朝鮮やイランの核問題とか、いろんな問題を解決できて、新たな冷戦を回避できるんじゃないの?」っていう話のようです。経済学者のフレッド・バーグステンが提唱して、カーター大統領の補佐官だったブレジンスキーや世界銀行総裁だったゼーリックなんかが支持した。(参照)

バーグステンのForeign Affairsへの寄稿(参照)によると、中国はWTOに加盟したものの交渉の阻害要因となり、APEC全体での自由貿易圏構想に反対したり、資源の囲い込みを謀ったり、為替レートを操作したりして、世界2位の大国としての責任感に欠けている。だから、

To deal with the situation, Washington should make a subtle but basic change to its economic policy strategy toward Beijing. Instead of focusing on narrow bilateral problems, it should seek to develop a true partnership with Beijing so as to provide joint leadership of the global economic system. Only such a "G-2" approach will do justice, and be seen to do justice, to China's new role as a global economic superpower and hence as a legitimate architect and steward of the international economic order.

ということです。「お行儀の悪い中国を国際ルールに従わせるため、米国が中国と2つの大国として協調する」というコンセプトですかね。

あと、米国はこれまで中国を国際ルールに従わせるために「従わないとペナルティがあるぞ」という方針で臨んできたけど、米国にも他の国にも中国との関係から恩恵を受けている人は沢山いるので、そんな強行姿勢をとっても中国は本気にしない。だから、

Abandoning the present position and adopting a less confrontational approach might be the only way to persuade China to start cooperating.

なんていうことも言っています。

あと、

At a minimum, creating a G-2 would limit the risk of bilateral disputes escalating and disrupting the U.S.-Chinese relationship and the broader global economy. At a maximum, it could start a process that might, over time, generate sufficient trust and mutual understanding to produce active cooperation on crucial issues.

とも。


G2論も新型の大国関係も米中が協調するという点には変わりはないですが、G2論の最終的な目標は「最終的に中国を国際ルールに従わせる」という点にあるのに対して、新型の大国関係の目標は「衝突を避ける」という点であって、中国が国際ルールに従うかどうかは棚上げされているというイメージですかね。

本当かよ。

2013年5月13日月曜日

議会調査局

ちょっと前に米国の議会調査局(Congressional Research Service)が出した日本に関するレポートで、安倍政権のナショナリズムっぷりが懸念されているというニュースがあった。

この日本に関するレポートというのは5月1日に出たもので、このサイトで原文を読むことができます。確かにサマリーの部分を読んだだけでも、

Comments and actions on controversial historical issues by Prime Minister Abe and his cabinet have raised concern that Tokyo could upset regional relations in ways that hurt U.S. interests. Abe is known as a strong nationalist. Abe’s approach to issues like the so-called “comfort women” sex slaves from the World War II era, history textbooks, visits to the Yasukuni Shrine that honors Japan’s war dead, and statements on a territorial dispute with South Korea will be closely monitored by Japan’s neighbors as well as the United States.

なんていう文章が出てくる。

ただ、この日本に関するレポートっていうのは頻繁に出ているもので、今年の2月にも同種のレポートが出ている。(参照) このレポートのサマリーにも同じ文章が出てくるので、別に今なって騒ぐ話でもないような気がします。

というわけで、この報告書を読んだところで日本でも報じられていることばかりだとは思うのですが、この議会調査局のレポートが非常に便利なことに気付きました。だって、日米関係のレポートが日米関係の諸問題について網羅的に記しているわけですから、他のテーマについてもレポートを読めば、どんな問題が懸念されているのかが網羅的に分かるってことじゃないですか。便利。ちなみにウィキペディアによると、CRSは議会予算局(CBO)や会計検査院(GAO)なんかと同じように、議会をサポートするための中立的な組織として知られているようです。

で、試しにこのページから、最近の報告書をあさってみると、4月26日に米韓関係についてのレポートが出ている。で、サマリーを読んでみると、「米韓関係はオバマ大統領と李明博前大統領の時代に最良の状態にあり、朴槿恵大統領に代わってからも良好な関係が続くと思われるが、朴大統領が北朝鮮との対決姿勢と柔軟姿勢のバランスをどのようにとるかは注視せねばならないよ。朝鮮半島の非核化や人権問題という米国の最優先事項をどのぐらい重視するかが問題だ」みたいなことが書いてある。なるほど。

Dealing with North Korea is the dominant strategic element of the U.S.-South Korean relationship. The two countries’ coordination over North Korea was exceptionally close under the Lee and Obama Administrations. Bilateral cooperation is expected to work well under President Park, but it remains to be seen whether her calls for a new combination of toughness and flexibility toward Pyongyang will challenge Washington and Seoul’s ability to coordinate their policies. Perhaps most notably, Park has proposed a number of confidence-building measures with Pyongyang in order to create a “new era” on the Korean Peninsula. Two key questions will be the extent to which her government will link these initiatives to progress on denuclearization, which is the United States’ top concern, and how much emphasis she will give to North Korea’s human rights record. Likewise, an issue for the Obama Administration and Members of Congress is to what extent they will support—or, not oppose—initiatives by Park to expand inter-Korean relations.

4月24日には対イラン制裁に関するレポートが出ている。「イランに対する経済制裁は効いているんだけど、イランに核開発を諦めされるまでのダメージを与えているわけじゃない。イランが経済制裁の抜け穴を突くようになり、経済制裁がイラン国民に及ぼす非人道的な効果を宣伝するようになれば、経済制裁の効果は薄れていくかもしれない」なんて分析されています。なるほど、なるほど。


まぁ、詳しい人たちから見れば「当たり前の話じゃん」ってなもんかもしれませんが、私にとっては便利なことこのうえないです。

2013年3月22日金曜日

オバマ大統領のかっこいい演説@エルサレム

中東歴訪中のオバマ大統領がかっこいい演説をしています。

オバマ大統領は1期目にイスラエルを訪問しなかったこともあって、「イスラエルに冷たいんじゃないの」と言われています。21日にエルサレムで若者を前にして行った演説は全面的にイスラエルの肩を持つという感じもない。ただ、「平和が大事なんだ」と熱く訴えてる感じは流石のかっこよさです。(参照) (動画)


演説の最初の方は、「イスラエルとアメリカはずっと仲良しだよね」とか「ハマスはひどいよね」とか「ヒズボラはテロ組織だよね」なんていういつもの話。イランの核開発についても「外交による平和的な解決が一番だけど、テーブルの上にはあらゆる選択肢がある」なんていう、どっかで聞いたことのあるような話。

で、かっこいいのはパレスチナ問題に関する部分。イスラエルの人たちが平和を愛しているのに、パレスチナ人がイスラエルに対するテロを繰り返していることを認め、アメリカはいつでもイスラエルの味方であることを強調しつつ、

Politically, given the strong bipartisan support for Israel in America, the easiest thing for me to do would be to put this issue aside -- just express unconditional support for whatever Israel decides to do -- that would be the easiest political path. But I want you to know that I speak to you as a friend who is deeply concerned and committed to your future, and I ask you to consider three points.

と切り出します。政治的には、イスラエルと仲良しだということを強調するだけで問題を脇に追いやってしまうことが簡単だけど、イスラエルの未来を真剣に考えている友人として、イスラエルの人々に3つの点について考えて欲しいというわけです。

まず平和が重要であるということ。そのためには、パレスチナを国家として認めることが大事だと。

First, peace is necessary. (Applause.) I believe that. I believe that peace is the only path to true security. (Applause.) You have the opportunity to be the generation that permanently secures the Zionist dream, or you can face a growing challenge to its future. Given the demographics west of the Jordan River, the only way for Israel to endure and thrive as a Jewish and democratic state is through the realization of an independent and viable Palestine. (Applause.) That is true.

で、そのためには相手の立場になって考えることが重要だと。パレスチナの人が自分たちの国で生きられないのは公正じゃない。今の世代だけでなく、その両親や祖父母の世代でも、毎日、人々の行動を制限しようとする外国の軍隊が存在する土地で生きなければならないのは公正じゃない。イスラエルの入植者によるパレスチナ人への暴行が処罰されなかったり、パレスチナ人が自らの土地を耕作できなかったり、ヨルダン川西岸で移動の自由が制限されたり、自分たちの家から追い出されたりするのは公正じゃない。占領や排除は答えではなくて、イスラエルの人たちが自分たちの国を作ったように、パレスチナの人たちにも自分たちの国で自由に生きる権利がある、と訴えます。以前のエントリで勉強したのでよく分かります。オバマ大統領はイスラエルによるヨルダン川西岸への入植活動が不当であることを、イスラエルの若者たちに直接訴えているわけです。

Put yourself in their shoes. Look at the world through their eyes. It is not fair that a Palestinian child cannot grow up in a state of their own. (Applause.) Living their entire lives with the presence of a foreign army that controls the movements not just of those young people but their parents, their grandparents, every single day. It’s not just when settler violence against Palestinians goes unpunished. (Applause.) It’s not right to prevent Palestinians from farming their lands; or restricting a student’s ability to move around the West Bank; or displace Palestinian families from their homes. (Applause.) Neither occupation nor expulsion is the answer. (Applause.) Just as Israelis built a state in their homeland, Palestinians have a right to be a free people in their own land. (Applause.)


そして話は「平和は実現可能だ」と続きます。

Peace is possible. It is possible. (Applause.)

で、ここから聴衆の若者をあおります。政治家は人々の支持がないとリスクをとれないから、変化を導くのは君たちなんだと。恐怖に捕らわれるよりも希望を抱け。この聖なる地でユダヤ教徒とキリスト教徒とイスラム教徒が平和に暮らす未来を信じろ。不可能だなんて思うな。イスラエルは強い国で、アメリカだって味方だ。イスラエルは現実を冷静に見つめる知恵があるけど、理想を見つめる勇気だってある、と。

And let me say this as a politician -- I can promise you this, political leaders will never take risks if the people do not push them to take some risks. You must create the change that you want to see. (Applause.) Ordinary people can accomplish extraordinary things.

I know this is possible. Look to the bridges being built in business and civil society by some of you here today. Look at the young people who've not yet learned a reason to mistrust, or those young people who've learned to overcome a legacy of mistrust that they inherited from their parents, because they simply recognize that we hold more hopes in common than fears that drive us apart. Your voices must be louder than those who would drown out hope. Your hopes must light the way forward.

Look to a future in which Jews and Muslims and Christians can all live in peace and greater prosperity in this Holy Land. (Applause.) Believe in that. And most of all, look to the future that you want for your own children -- a future in which a Jewish, democratic, vibrant state is protected and accepted for this time and for all time. (Applause.)

There will be many who say this change is not possible, but remember this -- Israel is the most powerful country in this region. Israel has the unshakeable support of the most powerful country in the world. (Applause.) Israel is not going anywhere. Israel has the wisdom to see the world as it is, but -- this is in your nature -- Israel also has the courage to see the world as it should be. (Applause.)


そして、

Sometimes, the greatest miracle is recognizing that the world can change. That's a lesson that the world has learned from the Jewish people.

最大の奇跡は世界は変えられると信じること。これは世界がユダヤの人々から学んだことだ。


かっこいい。

ただ、演説の動画をみてみると、聴衆がそんなに熱狂的に反応しているわけでもないです。実際にテロの恐怖にさらされている人たちと、私のように外野からみている人間では受け止め方が違うのかもしれません。パレスチナ問題はそんなに甘いもんじゃないんでしょうか。あと、イスラエルによるヨルダン川西岸への入植に対する批判も含めて、特段新しいことを言っているわけでもないような気がします。

そう考えると、そんなにかっこよくない気も。

2013年3月1日金曜日

イランの核開発が思うように進んでない疑惑

Foreign Affairsのサイトを眺めていたら、「イランはまだ核開発にもたついている」(Iran Is Still Botching the Bomb)という記事を見つけた。(参照) それによると、イランが核爆弾を持つことになるのは早くても2015~16年ぐらいだという報道が1月下旬に出ていたらしい。知らんかった。

イランといえば、昨年9月にイスラエルのネタニヤフ首相が「イランは2013年夏ごろには核爆弾製造に向けた最終段階に入るので、しっかりとレッドラインを引いて対応せねばならない!」と熱弁をふるったわけですが、その分析は間違っていたというわけです。へぇ。

ということで、元記事をみてみたら、McClatchyという米カリフォルニア州サクラメントを拠点とするメディアグループのサイトで、そこの取材によると、

Intelligence briefings given to McClatchy over the last two months have confirmed that various officials across Israel’s military and political echelons now think it’s unrealistic that Iran could develop a nuclear weapons arsenal before 2015. Others pushed the date back even further, to the winter of 2016.

ということらしいです。Intelligence briefingsって何だよという気はしますが、まぁ、2015年より前に核兵器を持つことは非現実的で、一部には2016年冬になるだろうという人もいるらしい。

さらにはイスラエルでは、「西側やIAEAは、『イランは核開発は継続しているんだけど、後戻りできないような状態にならないようにゆっくり進めている』と考えている」という報道もあるということです。

Writing in Israel’s Hebrew-language daily newspaper Yediot Ahronot, military correspondent Alex Fishman said, "Officials responsible for assessing the state of the Iranian nuclear program, both in the West and in the International Atomic Energy Agency, believe that while the Iranians have continued to pursue their nuclear program, they have been doing so cautiously and slowly, making sure not to cross the point of no return."

イスラエルの外交筋が「経済制裁が効いているから、核開発をゆっくり進めているんだ」と分析しているという記述もあります。


で、この記事を元にして、Foreign Affairsでは、南カリフォルニア大学のJacques Hymans准教授が核開発の遅れの理由について、

・経済制裁でダメージを受けたイランが意図的に開発のスピードを遅らせたというのなら、イラン側がその見返りを要求しないとおかしい。

・ネタニヤフ首相が今年1月の選挙を意識して、意図的にイランの核開発のスピードを速めに見積もって危機感をあおり、自らへの支持を集めようとしたんだいう説もあるかもしれないが、イスラエルがイランの核開発のスピードを速く見積もるというのは今に始まった話ではない。

・一番可能性が高いのは、イスラエルや米国の諜報機関の分析が失敗していたということだ。イランのような国にはまともに計画通りに核兵器を開発できるような体制がとれないという現実を把握すべきだ。

なんていう風に分析しています。

で、そのうえで、

イランの核開発は挑発的で、戦争の危機は現実にあるわけだから、イスラエルはきちんと状況を分析して発信せねばならない。いつもいつも「オオカミが来るぞ!」と騒いでいたら、信頼を失ってしまいますよ。

といったことを書いています。

Hymans氏によると、1992年にはイスラエルのペレス外相が「イランは1999年までに核兵器を持つだろう」なんていう風に言ったこともあったらしい。あと、米国のイラク攻撃の理由となった「イラクは大量破壊兵器を持っている」という説は間違いだったことが明らかになっている。諜報機関の分析が間違っているっていうのは珍しいことではないのかもしれません。


ただ、ちょっと前には、IAEAが「イランがIR-2mと呼ばれる遠心分離機を設置した。核開発のスピードが格段に上がる可能性がある」という内容の報告書を発表しているわけで(参照)、元記事の信憑性がどうなのかなという気もします。米国がイラクを攻撃したという事例は、「イランの核開発がどの段階であろうとも、攻撃されるときは攻撃される」という話なのかもしれません。


画像はハインマンス准教授のサイトにアップされていたもの。画像のファイル名の最後が"harajuku%20girls.jpeg"となっているので、原宿で撮影したもののようです。おもしろい人なんでしょうか。

2013年2月28日木曜日

イランと6カ国の協議

イランの核開発をめぐって、イランと安保理常任理事国+ドイツ(P-5+1)というメンバーによる協議がカザフスタンで行われていました。NYTに記事が出ていました。(参照) ちなみにホワイトハウスでの会見でも、取り上げられています。(参照)


この記事によると、


・イランへの経済制裁を一部だけ緩めることと引き替えに、イランの濃縮ウランを凍結(constrain)するという案について協議されている。
・3月18、19日に技術専門家による会合をイスタンブールで開く。
・4月5、6日に政治レベルでの会合をアルマティで開く。
・P-5+1は、イランがFordoのウラン濃縮施設を閉鎖するという提案を取り下げた。
・P-5+1は、イランがウラン濃縮を中止し、再開することが難しくなるような措置(低濃縮ウランを遠心分離器に運び入れる装置の一部を解体するとか)をとることを提案した。
・P-5+1とイランは、イランが20%濃縮ウランを医療目的のために保有することで合意した。

イラン交渉団のトップであるジャリリ最高安全保障委員会事務局長は会見で今回の協議について「現実的で、よりイランの主張に沿ったものだ」とし、「ターニングポイントになりえる」と話したらしい。いつもの攻撃的な口調は陰を潜めていたということです。

3月の技術専門家による会合は、イランに対して提案を再度説明するためのものです。P-5+1の側にはイランが4月の会合で、受け入れがたい反対提案をもって戻ってくるのではないかという警戒感もあるようです。また、イランに対する経済制裁の緩和には原油取引や金融取引は含まれないとのこと。

イラン経済は経済制裁によって大きなダメージを受けているわけで、イラン政府は国民に対して「きちんと交渉を有利に進めているぞ」とアピールする必要がある。P-5+1側がFordoのウラン濃縮施設の閉鎖提案を取り下げたことには、そうしたイラン政府の顔を立てるという意味あいもあるようです。そのうえで、イランがウラン濃縮を続けることを諦めて、今もっている分も医療用とするのであれば、経済制裁をちょっとだけ緩和してやってもいい、なんていう作戦なんでしょう。

厳しい経済制裁を課して、それの緩和と引き替えに相手から譲歩を引き出すという強硬戦略の重要なポイントなんだと思います。ここで上手くイランの譲歩を引き出せれば作戦成功。逆にイランの核開発に歯止めをかけられないようだったら、「経済制裁なんてやっても結局、イランは核保有国になったじゃないいか」なんていう北朝鮮みたいな話になっていく。

難しいですね。画像はイランのジャリリ事務局長。ケロロ軍曹みたいな名前ですが、アフマディネジャド大統領の100倍ぐらい男前な気がします。

2013年2月21日木曜日

ケリー国務長官が初めての主要演説

米国のケリー国務長官が就任後初めてのちゃんとした演説をバージニア大学で行いました。第3代大統領であり、初代国務長官でもあったジェファーソン様のお膝元であります。(参照)

ネット中継を見たのですが、ケリー国務長官は思っていたよりもおじいちゃんっぽい感じがしました。調べてみたら69歳。クリントン前国務長官よりも4歳年上です。民主党の大統領候補になったのは2004年。奥さんがケチャップで有名なハインツ社のオーナーの未亡人だなんていうことが話題になったりもした人です。顔が長いのは思っていた通りでした。

演説は「外交っていうのはあまり意味がないように思われがちだけど、実はとても大事なものなんだよ」っていう話のように思えました。「イラン許すまじ!!」「北朝鮮ぶったおす!!」みたいな話じゃなかったですが、私のように外交についてあまり知識がない人間にとっては、「アメリカってこんなこと考えて外交やってんのかぁ」と勉強になる内容だったと思います。

まぁ、なんで外交が大事かっていうと、

It’s important not just in terms of the threats that we face, but the products that we buy, the goods that we sell, and the opportunity that we provide for economic growth and vitality. It’s not just about whether we’ll be compelled to send our troops to another battle, but whether we’ll be able to send our graduates into a thriving workforce. That’s why I’m here today.

ということなんだそうです。

第二次世界大戦当時、日本やドイツが米国の主要な貿易相手になると考えた人はいなかった。ニクソン大統領が米中国交を樹立したとき、中国が2番目の貿易相手になるとは誰も考えていなかった。クリントン大統領がベトナムとの国交を正常化させたときも同じ。新たに外交関係を築いて米国にとっての市場を拡大していくことが、米国内で住んでいる人たちの雇用や生活にも大きな影響を与えている。EUとの自由貿易協定やTPPなんかにもそういう意味がある。中国も同じことを考えてアフリカに投資している。米国もアフリカとの関係を強化せねばならない。

そして、新興国の経済活動を支援することで、テロ活動を抑制することもできる。

But let me emphasize: Jobs and trade are not the whole story, and nor should they be. The good work of the State Department, of USAID, is measured not only in the value of the dollar, but it’s also measured in our deepest values. We value security and stability in other parts of the world, knowing that failed states are among our greatest security threats, and new partners are our greatest assets.

The investments that we make support our efforts to counter terrorism and violent extremism wherever it flourishes. And we will continue to help countries provide their own security, use diplomacy where possible, and support those allies who take the fight to terrorists.

And remember – boy, I can’t emphasize this enough; I’m looking at a soldier here in front of me with a ribbon on his chest – deploying diplomats today is much cheaper than deploying troops tomorrow. We need to remember that. (Applause.) As Senator Lindsey Graham said, “It’s national security insurance that we’re buying.”

なんていう風に説明したりしています。


あと、今、歳出の一律削減の可能性があるけれど、そんなことになったら大変だと。これについては外交予算は全体の1%しかないんだから、カットしなくてもいいじゃないかって力説していました。

When I talk about a small investment in foreign policy in the United States, I mean it. Not so long ago, someone polled the American people and asked, “How big is our international affairs budget?” Most pegged it at 25 percent of our national budget, and they thought it ought to be pared way back to ten percent of our national budget. Let me tell you, would that that were true. I’d take ten percent in a heartbeat, folks – (laughter) – because ten percent is exactly ten times greater than what we do invest in our efforts to protect America around the world.

In fact, our whole foreign policy budget is just over one percent of our national budget. Think about it a little bit. Over one percent, a little bit more, funds all of our civilian and foreign affairs efforts – every embassy, every program that saves a child from dirty drinking water, or from AIDS, or reaches out to build a village, and bring America’s values, every person. We’re not talking about pennies on the dollar; we’re talking about one penny plus a bit, on a single dollar.

なんか、誰にむけて演説しているんだかって感じですね。


オバマ大統領が2月12日にやった一般教書演説(参照)は、聞いていてびっくりするほど外交問題に触れなかった。で、ケリー国務長官の演説はびっくりするほど経済の話をしている。こんなもんなんでしょうか。とてもイランや北朝鮮に積極的に介入していこうって感じじゃないです。

そういえばこんな発言もありました。

When we join with other nations to reduce the nuclear threat, we build partnerships that mean we don’t have to fight those battles alone. This includes working with our partners around the world in making sure that Iran never obtains a weapon that would endanger our allies and our interests.

イランや北朝鮮が核開発をやっている間は他の国々と一緒に忍耐強く経済制裁を続けて、向こうが核廃棄や民主化に動き出すつもりになったら、外交的な投資として支援するとかいうつもりなんですかね。知らんけど。

2013年2月20日水曜日

太陽政策しかないんじゃないのっていう話

Foreign Affairsに載っていた、ジョージタウン大学のVictor Cha教授の文章も文教授が言うような太陽政策の効果を疑問視しています。(参照)

Cha教授によると、北朝鮮が民主化するかもなんていう期待は1994年に金正日体制ができたときにもあった。金正日は中国を何度か訪問して、中国による市場主義の導入と経済発展を目にしたし、その度にマスコミや学者は「民主化するぞ」なんて喜んだけど、その期待は裏切られ、北朝鮮はミサイル発射や核実験を繰り返してきた。しかも北朝鮮は2010年には韓国の哨戒艦を魚雷で沈め、延坪島を砲撃した。韓国政府や国民は北朝鮮との交渉に飽き飽きしているというわけです。

Cha教授はさらに、オバマ政権は北朝鮮に非核化を求め続け、中国は北朝鮮を本気で支援しなくなっていることを指摘します。また金正恩は軍部を完全には掌握しておらず、国民の間にも経済状況に対する不満があるため、何かしらの実績をもって自分の力を誇示する必要があり、そのため、原理的な主体思想に向かっているともしています。で、こうした状況の行き着く先は、

Toward a dead end for Kim, I think, and perhaps a nightmare loose-nukes scenario for the United States.

だそうです。

つまり、北朝鮮では軍部や国民の間に金正恩体制への不満が高まっているんだけど、度重なる挑発行為の結果、韓国からも米国からも中国からも支援を受けることが難しくなっている。だから金正恩は自らの力を誇示して国内を安定化させようとするんだけれど、それは若くて実績のない指導者には難しいことで、結局は金正恩体制が崩壊して、核技術が流出していく。文章は"if it does, Obama may find his pivot to Asia absorbed by a new crisis on the Korean peninsula."なんていう言葉で締めくくられています。こりゃ困ったことです。北朝鮮が韓国などからの太陽政策を政策を受け入れなかった結果、自らを追い詰めてしまって、朝鮮半島情勢が不安定化するというシナリオです。


で、こういう状態をなんとかできないかということで、Cate InstituteのTed Carpenterは、ワシントンポストで、「あまり北朝鮮を追い詰めるな」と言っています。Cate Instituteは小さな政府を追及するリバタリアンが集まるシンクタンクらしいです。

Carpenterは、経済制裁のような強硬策をとっても北朝鮮の核開発の野望は止められなかったと言います。北朝鮮は中国が本気にならない限り完全に孤立することはないし、中国は米国主導の東アジアとの緩衝地帯である北朝鮮を完全に見捨てることはない。北朝鮮はそのことを知っているので、いつまでも核開発を続けることができるというわけです。だから、米国は核保有国である北朝鮮とつきあっていくしかない。核保有国をほったらかしにするぐらいだったら、交渉によってコントロールの余地を残しておく方がいい。そのためには経済制裁を緩和してもいい。最終的な目標は、北朝鮮が核保有国として責任ある行動をとることに意義を見いださせることであるとのことです。

U.S. leaders should reverse course on economic sanctions, ending most unilateral measures — which bar virtually all economic contact except for U.S. humanitarian aid — and leading, together with Beijing, an effort to roll back multilateral sanctions. The ultimate goal should be to give North Korea a stake in behaving responsibly as a nuclear power.


まぁ、太陽政策が効くのかどうか分からないけど、強硬策は通用しないし、それどころか朝鮮半島の不安定化に結びつく可能性があるんだったら、太陽政策でいった方がマシだよねっていう議論は分からんでもないな。国際社会がこれ以上の経済制裁をとるっていっても、それほど新しい手段があるわけでもないだろうし、中国は北朝鮮を本気で支援するわけでないにしても、完全に見捨てるわけでもないわけだから、金正恩が国内へのアピールのために核開発を続ける可能性は高いんだと思う。だとしたら、変に体制が崩壊したりしないためにも北朝鮮との経済関係を築くのが得策かも。変に体制が崩壊して、北アフリカみたいになっても困るわけじゃないですか。あと、北朝鮮を追い詰めた結果、「金正恩が暴発」なんていう事態になったら目もあてられない。正直、北朝鮮が民主化してもしなくても、人権侵害があってもなくても、日本の平和が維持されるのが一番かなって。

まぁ、北朝鮮の挑発に屈するみたいでシャクだっていう気持ちもありますけど、名を捨てて実を取るって感じでしょうか。どうなんでしょう。

画像はTed Carpenterさん。

太陽政策は効くのかっていう話

前のエントリーで北朝鮮に対して経済制裁なんかやったってどうせ効かないんだから、もっと経済関係を深める方向でいくべきなんじゃないかという人もいることに触れましたが、もうちょっと調べておいた。

北朝鮮との経済関係を深めるといえば「太陽政策」っていう言葉が思いつく。1998~2008年にかけて韓国の金大中政権や盧武鉉政権でとられたりしたそうで、WSJのブログにその政策アドバイザーだった人のインタビュー記事的なものが載ってました。(参照) 延世大学教授の文正仁(Moon Chung-in)という人です。

金大中、盧武鉉時代の太陽政策に対しては「結局、北朝鮮による核開発を止められなかった」という評価があるのですが、文教授は「ブッシュ政権の誕生のせいで太陽政策の効果は弱まったし、李明博政権は太陽政策の成果を潰してしまった」と反論します。そのうえで、やっぱり北朝鮮と経済的な関係を強めることで、北朝鮮は自然と民主化への道を進むのだと説いています。実際、北朝鮮では以前に比べて「お金」が持つ意味が大きくなっているそうで、計画経済下では意味を持たないはずのお金が重要になっているのは、外国との交流の結果、北朝鮮が変化しつつあることの証拠だというわけです。

金正恩は、経済の疲弊で苦しんでいる国民を満足させないと、体制を維持できない。だから北朝鮮に対して、状況を克服するには外国との関係をもつことが重要だということを北朝鮮に分からせる。そうすれば、北朝鮮が経済協力の申し出を断ることはできないという読みです。

で、文教授は北朝鮮に対して、このように対話を持ちかけるべきだとします。

Our approach should be to say something like this to the North Korean leadership: ‘I don’t care about the North Korean dynasty. It’s your problem. You could be like Deng Xiaoping. We want that kind of leader. But you could wind up like Ceausescu. That’s your problem. For us, we want peace with you. We want economic cooperation. We will work hard to create a peaceful environment in which you can pursue that kind of project without worry and anxiety.’

つまり北朝鮮の国内体制については文句は言わない。北朝鮮が民主化せず、人権侵害を続けていたとしても、北朝鮮との平和的な関係を維持するためには目をつぶって経済関係の強化を持ちかける。「鄧小平になるかチャウシェスクになるかは、そちらにまかせるけど、こちらとは仲良くやりましょう」というわけですね。ほほぅ。


でも、こうした太陽政策に対しては、「そんなに上手くいくかいな」という声もある。American Enterprise InstituteのMichel AuslinはWSJで、"There is no indication that Pyongyang will seriously consider giving up its weapons programs for any amount of aid."と言っています。さらに米国は北朝鮮に対して、「米国や同盟国に大量破壊兵器なんか使いやがったら、ぶっつぶすぞ」と宣言したうえで、北朝鮮との非核化交渉を止め、北朝鮮が国内での人権侵害を止めることを条件に外交交渉を始めるように明言すべきだとしています。

making a clear declaration that any use of weapons of mass destruction by North Korea against America or its allies would be an act of war resulting in a devastating U.S. response to end the Kim regime's existence. Washington should end all further negotiations on denuclearization with Pyongyang, but it should also make public its willingness to engage in regular diplomatic discussions once the regime's human rights abuses stop.

文教授とは正反対ですね。米国にとって民主主義の拡大は非常に重要だということでしょう。


長いんで続きます。画像は文正仁教授。

2013年2月18日月曜日

米国の対北朝鮮経済制裁

じゃぁ、米国による北朝鮮への経済制裁ってどんなものなのか。対イランの場合、米国が2012年2月にやった経済制裁がイラン経済にダメージを与えているなんていう話もあった(参照)ので、ちょっと調べておいた。

米国の北朝鮮に対する経済制裁っていうのは歴史が長い。国務省のサイトには、

The United States imposed a near total economic embargo on North Korea in 1950 when North Korea attacked the South. Over the following years, some U.S. sanctions were eased, but others were imposed. U.S. economic interaction with North Korea remains minimal.

なんて書いてあって、随分とざっくりとした説明しかしていない。

ただ、財務省のサイトのこのページにあるSanctions BrochuresというPDFファイルをみると、

2008年6月26日のExecutive Order 13466(参照)
2010年8月30日のExecutive Order 13551(参照)
2011年4月18日のExecutive Order 13570(参照)

なんかが大切なんじゃないかという気がするので、このあたりのことについて調べることにする。


まず、最初のE.O.13466(2008)ですけど、国連安保理の1度目の経済制裁決議の約2年後に当時のブッシュ大統領が出したものです。内容は、

・2000年6月16日に凍結され、この大統領令直前まで凍結されていた、北朝鮮および北朝鮮人が保有する全ての資産と利息を凍結する。

・米国の個人や団体は北朝鮮籍の船を保有してはならない。

ぐらいのもんです。資産の凍結は2000年6月16日からやってたみたいですね。


で、次のE.O.13551(2010)ですが、これは国連安保理の2度目の経済制裁決議の約1年後、オバマ大統領が出したものです。2度にわたる核実験や2010年3月の韓国哨戒艦沈没事件、国連安保理による2度の経済制裁決議を踏まえ、先のE.O.13466(2008)を強化するものです。内容は、

・Annexで示された個人や団体、北朝鮮との武器取引に関する助言や金融取引を行っているとみなされる個人や団体、北朝鮮によるマネーロンダリングや通貨偽造、現金密輸、麻薬取引などに関わっているとみなされる個人や団体の資産や利息を凍結

というものです。


さらに次のE.O.13570(2011)は、前回のE.O.13551(2010)の約8カ月後にオバマ大統領が出したもので、

・あらゆる物品、サービス、技術を北朝鮮から米国に輸入することを禁止

するものです。

で、どんな個人や団体が資産凍結などの対象になっているかは、Specially Designated Nationals and Blocked Persons List(SDN List)に出ているそうです。(参照) sanction program別のリストで"DPRK"を検索してみると、46件ほどヒットします。


こうした対北朝鮮経済制裁を対イラン経済制裁と比べてみたいんですが、

対イラン経済制裁の強化を決めたE.O.13599では、資産凍結の対象は、

・the Government of Iran

・any Iranian financial institution, including the Central Bank of Iran

・any person determined by the Secretary of the Treasury, in consultation with the Secretary of State, to be owned or controlled by, or to have acted or purported to act for or on behalf of, directly or indirectly, any person whose property and interests in property are blocked pursuant to this order.

こんな感じ。あらゆる金融機関とかイラン中央銀行とかが明記されているところが対北朝鮮経済制裁と違うような気もしますが、そのあたりはSDNリストでカバーされているみたいな気もするので、あまり差がないような気もする。超自信なさ気な表現になっていますが。2012年2月の対イラン経済制裁が話題になったのは、日本のエネルギー企業や銀行がイランと取引関係があったからで、別に経済制裁の度合いが(対北朝鮮に比べて)すごく強くなったからというわけではないのではないか。


そういえば、ファリード・ザカリアがCNNの「GPS」で、「イランやキューバをみれば経済制裁は効かないことが分かる。またミャンマーは(ASEAN加盟国として)アジア経済とのつながりをもつなかで、民主化への道を踏み出した。だから北朝鮮に対しても経済的なつながりを強める方向をとるべきだ」とかいって、シラキュース大学と北朝鮮の大学との間で続けられているdigital information library開発について触れていました。(CNNの以前の報道) そんなことやってたのか。

なるほど。

2013年1月10日木曜日

チャック・ヘーゲルって誰?

2期目のオバマ政権の国防長官はチャック・ヘーゲルに決まりました。たれ目で一重まぶたの普通のおじさんです。ネブラスカ州出身でベトナム戦争に従軍。下院議員のスタッフをしたり、ファイヤーストーン社のロビイストをしたり、携帯電話会社を起業して成功した後、1996年に上院議員に初当選し、外交畑を歩んできた人です。

共和党ですが、ブッシュ政権をおおっぴらに批判したりもしている。イラク戦争の決議には賛成したものの、 “Actions in Iraq must come in the context of an American-led, multilateral approach to disarmament, not as the first case for a new American doctrine involving the preemptive use of force.”なんて言ったりしている。(参照) あと、イラク増派に反対したり、対イラン制裁に反対したり、アンチ・イスラエルな言動をみせたりすることでも知られている。(参照)

このページによると、 “We are each a product of our experiences, and my time in combat very much shaped my opinions about war. I’m not a pacifist; I believe in using force, but only after following a very careful decision-making process.”なんていう言葉もあって、なんかカッコイイです。ただ、共和党からのウケはよくないらしい。

で、このページに、ヘーゲル自身が寄稿したForeign Affairs誌の記事というのが紹介されていたので読んでおいた。8年ほど前に書かれたものですが、参考になるんだと思います。(参照)

まず目に付くのは、軍事力だけじゃなくて、その軍事力で何を達成しようとしているのかという理念が大事なんだという主張ですね。米国が他国から信頼されるような国であることが重要だということです。

A wise foreign policy recognizes that U.S. leadership is determined as much by our commitment to principle as by our exercise of power. Foreign policy is the bridge between the United States and the world, and between the past, the present, and the future. The United States must grasp the forces of change, including the power of a restless and unpredictable new generation that is coming of age throughout the world. Trust and confidence in U.S. leadership and intentions are critical to shaping a vital global connection with this next generation.

そのためには現実を直視することが大事で、「神から与えられた使命だ」的な教条主義的な考え方では失敗しますよと。ひとりよがりになっちゃいけないということですね。

a Republican foreign policy for the twenty-first century will require more than traditional realpolitik and balance-of-power politics. The success of our policies will depend not only on the extent of our power, but also on an appreciation of its limits. History has taught us that foreign policy must not succumb to the distraction of divine mission. It must inspire our allies to share in the enterprise of making a better world.

ただ、軍事力の行使を否定するわけでもない。アメリカだもの。

Traditionally, a Republican foreign policy has been anchored by a commitment to a strong national defense. The world's problems will not be solved by the military alone, but force remains the first and last line of defense of U.S. freedom and security. When used judiciously, it is an essential instrument of U.S. power and foreign policy. Terrorists or states that attack the United States should expect a swift and violent response.

そのうえでヘーゲルは、外交で守るべき7つの原則というのを列挙していきます。

・法治国家、所有権の尊重、科学技術の開発、自由貿易、人的資本への投資といった理念を大事にして、世界経済のリーダーであり続けること。

・エネルギー安全保障の重要性を確認すること。たとえ原油の中東依存度が下がったとしても、中東の不安定化は原油価格の上昇と通じて米国経済に影響する。

・国連やNATOを重視する。国連には問題も多いけれど、昔よりはマシになっている。米国が主導権を握らねばならないときもあるが、権限やコストやリスクを分担することも必要だ。

・中東の民主化、経済改革を支援する。理念での勝負で負けるわけにはいかない。イスラエルとパレスチナの紛争も解決せねばならなし。中東の安定は米国とイランの対話や、イランのテロ支援や核開発といった問題へのアプローチとなる。リビアのカダフィ大佐が核開発を放棄したことは良い例だ。

・NAFTAなど西半球諸国との経済連携の重視。

・世界中の貧困や病気と戦っていく。途上国の安定につながる。

・public diplomacyの強化。

さらに重要な連係相手として、EU、ロシア、インド、中国を挙げています。ロシアについてはエネルギー調達での連係を強化することが必要だとし、インドは人口を背景とした潜在力があるが、パキスタンとのカシミール問題の解決を進めねばならないと指摘。あと中国との関係は、北朝鮮の核開発問題への影響力、ミサイル技術やdual-use technology(軍事、民生の両方に使える技術)の拡散、中台問題の解決において、特に重要だとしています。


外交政策に詳しいわけじゃないですが、まぁ、普通の穏健な内容って感じなんでしょうか。ただ、どうしてもイランが核開発を止めないっていうことになって、イスラエルが怒り始めたりしたとき、どんな対応をとろうとするのか分りませんけど。

2012年11月26日月曜日

Pivot to Asia

オバマ政権はアジアシフトを志向しているとかいうんだけど、なんでそんなことをしているのかよく知らない。TPPなんかは成長著しいアジア市場向けの輸出を増やして景気を回復させようっていうことらしいけど、それだけが理由なのか不安なので調べておいた。

クリントン国務長官がForeign Policyの2011年11月号のに寄稿した論文"America's Pacific Century"によると、米国はこれまでイラクとかアフガンにリソースをつぎ込んできたけど、イラクの戦争は落ち着いて、米軍はアフガニスタンから撤退することになった。そこでこれからはリソースを効率的に使っていかなければならないんだそうです。その意味で、アジア太平洋地域に、外交面でも経済面でも関与していくことが大事だという判断らしい。

As the war in Iraq winds down and America begins to withdraw its forces from Afghanistan, the United States stands at a pivot point. Over the last 10 years, we have allocated immense resources to those two theaters. In the next 10 years, we need to be smart and systematic about where we invest time and energy, so that we put ourselves in the best position to sustain our leadership, secure our interests, and advance our values. One of the most important tasks of American statecraft over the next decade will therefore be to lock in a substantially increased investment -- diplomatic, economic, strategic, and otherwise -- in the Asia-Pacific region.

なんでアジアが大事かというと、アジア市場への参入によって米国の輸出が増やすことができるからです。だからアジア太平洋地域の安全を確保することが重要になる。南シナ海の航行の自由の確保や、北朝鮮の核開発を阻止、アジア太平洋地域における軍事活動の透明性を高めることが大切なわけです。

Harnessing Asia's growth and dynamism is central to American economic and strategic interests and a key priority for President Obama. Open markets in Asia provide the United States with unprecedented opportunities for investment, trade, and access to cutting-edge technology. Our economic recovery at home will depend on exports and the ability of American firms to tap into the vast and growing consumer base of Asia. Strategically, maintaining peace and security across the Asia-Pacific is increasingly crucial to global progress, whether through defending freedom of navigation in the South China Sea, countering the proliferation efforts of North Korea, or ensuring transparency in the military activities of the region's key players.

なんかそのまんまですね。アメリカは財政的に厳しくて、Budget Control Actなんかでは国防費も含めて一律削減ってこともありえる。米国内では「海外に関与すべきじゃない」という声もあるわけですが、それでもヒラリーは「関与しないわけにはいかない」(we cannot afford not to)としています。その理由は、やっぱり、米国企業にとって新しい市場を開拓し、核拡散を防止し、商取引や航行のためにシーレーンの安全を確保することが米国の繁栄と安全の確保にとって重要だからです。

With Iraq and Afghanistan still in transition and serious economic challenges in our own country, there are those on the American political scene who are calling for us not to reposition, but to come home. They seek a downsizing of our foreign engagement in favor of our pressing domestic priorities. These impulses are understandable, but they are misguided. Those who say that we can no longer afford to engage with the world have it exactly backward -- we cannot afford not to. From opening new markets for American businesses to curbing nuclear proliferation to keeping the sea lanes free for commerce and navigation, our work abroad holds the key to our prosperity and security at home. For more than six decades, the United States has resisted the gravitational pull of these "come home" debates and the implicit zero-sum logic of these arguments. We must do so again.

だからこそ、安定化してきたイラクやアフガニスタンから、今後重要性が増してくるアジア太平洋にリソースを移していこうということです。南シナ海では中国が周辺国と領有権争いをしているし、東シナ海では日本との尖閣問題もあるわけですしね。


でも、こうしたアメリカのスタンスは間違っているんじゃないのという指摘もあります。Foreign Affairsの2012年11・12月号にボストン大学のローバト・ロス(Robert Ross)教授のThe Problem Wiht the Pivotという文書が載っていますが、これは、中国が南シナ海や東シナ海で軍事活動を活発化せているのは国内のナショナリズムを落ち着かせるためで、中国の軍事的な野心や脅威が高まっているわけではないのに、アメリカが軍事力のアジア太平洋シフトを加速させてしまった結果、かえって中国との緊張関係を強めてしまっているという内容です。

Beijing’s tough diplomacy stemmed not from confidence in its might -- China’s leaders have long understood that their country’s military remains significantly inferior to that of the United States -- but from a deep sense of insecurity born of several nerve-racking years of financial crisis and social unrest. Faced with these challenges, and no longer able to count on easy support based on the country’s economic growth, China’s leaders moved to sustain their popular legitimacy by appeasing an increasingly nationalist public with symbolic gestures of force.

Consider China’s behavior in such a light, and the risks of the pivot become obvious. The new U.S. policy unnecessarily compounds Beijing’s insecurities and will only feed China’s aggressiveness, undermine regional stability, and decrease the possibility of cooperation between Beijing and Washington. Instead of inflating estimates of Chinese power and abandoning its long-standing policy of diplomatic engagement, the United States should recognize China’s underlying weaknesses and its own enduring strengths. The right China policy would assuage, not exploit, Beijing’s anxieties, while protecting U.S. interests in the region.


中国と米国の動きとして挙げられている具体例はこんな感じです。

■中国の実力とナショナリズム抑制のための対外強硬姿勢
・中国はこの10年、米国の脅威となるような艦船を配備していない。中国がアメリカに対抗する手段は1990年半ば以降に配備されたディーゼル潜水艦ぐらいのものだ。

・中国の陸軍、空軍の装備のうち現代的といえるものは30%未満。潜水艦でも55%しか現代的といえない。中国軍は米軍には対抗しえない。

・中国はリーマンショック後の世界経済の低迷と無縁ではない。

・中国国内の暴動は2008年の12万件から、2010年には18万件に増えている。

・中国政府はこうした中国の実力や問題点を認識しているが、多くの中国人はこれまでの経済成長で西側に対抗できるという自信を深め、ナショナリズムが高まっている。

・2010年1月に米国が台湾に武器を売った際、中国はこの取引に関連する米国企業に経済制裁を実施した。

・2010年9月の尖閣諸島周辺で中国漁船が海保の船に衝突した際も、反日活動が強まった。

・こうした対外的な強硬姿勢はナショナリズムを抑えることを目的としている。


■中国の対外強硬姿勢に対する米国の対応
・米国は1997年に初めて潜水艦をヨーロッパからグアムに移したときからアジア太平洋シフトを進めている。

・2009、10年の中国の対外強硬姿勢で、アジアの国々は「米国は中国に対抗できるのか」と疑問に思い始めた。

・オバマ政権は過去の政権によるアジア太平洋シフトを加速させた。例えば、日本との合同演習の拡大、フィリピンへの武器売却、オーストラリアへの海軍配備、インドネシア、ニュージーランドとの協力関係の改善とか。

・これまでの政権は、米国が航行の自由を重視することを明確にするだけでアジア太平洋の紛争悪化を抑制できたけど、クリントン国務長官は2010年にハノイで、フィリピンやベトナムをサポートすることを宣言した。

・ブッシュ政権は在韓米軍の40%を引き上げるなど、韓国の米軍を縮小したけど、オバマ政権は韓国との軍事演習の拡充や新たな防衛協定の締結、在韓米軍の増強などの対応をとっている。

・米国はこれまで中国を刺激しないためにベトナムとの協力関係拡大には慎重だったが、オバマ政権はベトナムとの軍事演習や防衛協定締結の動きを進めている。


■米国の対応への中国の反応
・こうした米国の動きを中国政府は快く思っていない。

・その結果、中国は北朝鮮の非核化に消極的になり、北朝鮮への経済支援を強めるようになった。

・2011年、中国はベトナムによる海底調査を妨害した。

・中国は南シナ海での原油採掘を発表している。

・中国は2006年~10年の間、国連安保理での対イラン制裁決議に賛成しているが、2012年の決議では拒否権行使をちらつかせ、日米欧がイランへの経済制裁を強めるなか、イランとの間で新たなイラン産原油購入契約を結んだ。


こういう分析が的を得たものかどうかは分かりませんが、こんな風に考える人もいるということで。

写真はクリントン国務長官。最近、三輪明宏化している気がします。

2012年11月18日日曜日

アメリカはどうすんの?

オバマ政権の対応も調べてみた。

オバマ大統領は就任から半年経った2009年7月、カイロ大学で演説しています。(参照) ここでオバマ大統領は、イスラエルとパレスチナの双方の事情に理解を示しながらも、唯一の解決方法は、イスラエルとパレスチナが平和に暮らせる2つの国を作るべきだとしています。

For decades then, there has been a stalemate: two peoples with legitimate aspirations, each with a painful history that makes compromise elusive. It's easy to point fingers -- for Palestinians to point to the displacement brought about by Israel's founding, and for Israelis to point to the constant hostility and attacks throughout its history from within its borders as well as beyond. But if we see this conflict only from one side or the other, then we will be blind to the truth: The only resolution is for the aspirations of both sides to be met through two states, where Israelis and Palestinians each live in peace and security. (Applause.)

これを受けて行われたのが、前のエントリでまとめたネタニヤフの演説で、パレスチナの武装解除とかいろいろ条件を付けてはいるものの、two-state solutionを一応は支持しています。

In my vision of peace, there are two free peoples living side by side in this small land, with good neighborly relations and mutual respect, each with its flag, anthem and government, with neither one threatening its neighbor's security and existence.

ただし、パレスチナ側からみると、イスラエルがtwo-state solutionを支持しているとは思えない。アッバス大統領は9月の国連演説で、結局のところ、イスラエルはtwo-state solutionを拒絶しているのだと言っています。

There can only be one understanding of the Israeli Government's actions in our homeland and of the positions it has presented to us regarding the substance of a permanent status agreement to end the conflict and achieve peace. That one understanding leads to one conclusion: that the Israeli Government rejects the two-State solution.

パレスチナはtwo-state solutionとはオスロ合意に基づいて1967年の6日間戦争前の国境線を尊重するものであるとしています。そしてイスラエルが嘆きの壁とか聖墳墓教会とか岩のドームがある東エルサレムでの入植活動を続けていることを許すことができないということらしい。パレスチナは東エルサレムを首都として独立することを望んでいるとのことです。

The core components of a just solution to the Palestinian-Israeli conflict do not require effort to discover, but rather what is needed is the will to implement them. And marathon negotiations are not required to determine them, but rather what is needed is the sincere intention reach peace. And those components are by no means a mysterious puzzle or intractable riddle, but rather are the clearest and most logical in the world. This includes the realization of the independence of the State of Palestine, with East Jerusalem as its capital, over the entire territory occupied by Israel since 1967, and the realization of a just, agreed solution to the Palestine refugee issue in accordance with resolution 194 (III), as prescribed in the Arab Peace Initiative.

イスラエルは直近でも、東エルサレムでの入植活動を継続しています。(参照) イスラエルにすれば、東エルサレムを含むヨルダン川西岸は1947年の第1次中東戦争後はヨルダン領だったけれど、6日間戦争の結果、イスラエルがヨルダン川西岸を占領して、その後、1994年のイスラエル・ヨルダン平和条約でイスラエルとヨルダンの国境線がヨルダン川ということになったのだから、東エルサレムはイスラエルのものだということでしょう。一方、パレスチナにすれば、6日間戦争での占領地はオスロ合意で無効になっているのだから、東エルサレムはイスラエル領であるはずはないということでしょう。


で、アメリカなんですが、2011年5月にオバマ大統領が声明を発表して、1967年の国境線が交渉の土台となるべきだとしています。パレスチナ寄りっぽいですね。ただし、"with mutually agreed swaps, so that secure and recognized borders are established for both states"としているので、東エルサレムをどうするとかいうことは交渉すればいいんじゃないのということかもしれません。

So while the core issues of the conflict must be negotiated, the basis of those negotiations is clear: a viable Palestine, a secure Israel. The United States believes that negotiations should result in two states, with permanent Palestinian borders with Israel, Jordan, and Egypt, and permanent Israeli borders with Palestine. We believe the borders of Israel and Palestine should be based on the 1967 lines with mutually agreed swaps, so that secure and recognized borders are established for both states. The Palestinian people must have the right to govern themselves, and reach their full potential, in a sovereign and contiguous state. (参照)

そしてイスラエルには自衛の権利があるとして、イスラエルのヨルダン川西岸からの撤退はパレスチナが非武装化されることが前提だとしています。このあたりはイスラエル寄りです。

As for security, every state has the right to self-defense, and Israel must be able to defend itself -– by itself -– against any threat. Provisions must also be robust enough to prevent a resurgence of terrorism, to stop the infiltration of weapons, and to provide effective border security. The full and phased withdrawal of Israeli military forces should be coordinated with the assumption of Palestinian security responsibility in a sovereign, non-militarized state. And the duration of this transition period must be agreed, and the effectiveness of security arrangements must be demonstrated.

エルサレムの将来とパレスチナ難民の扱いについては協議のなかで解決すればいいということのようです。

These principles provide a foundation for negotiations. Palestinians should know the territorial outlines of their state; Israelis should know that their basic security concerns will be met. I’m aware that these steps alone will not resolve the conflict, because two wrenching and emotional issues will remain: the future of Jerusalem, and the fate of Palestinian refugees. But moving forward now on the basis of territory and security provides a foundation to resolve those two issues in a way that is just and fair, and that respects the rights and aspirations of both Israelis and Palestinians.

つまり、とりあえず1967年の国境線を前提とすることと、パレスチナの非武装化とヨルダン川西岸からの撤退について合意する。そのうえで、東エルサレムとパレスチナ難民については協議しましょうと呼びかけているわけですね。


最近のイスラエルによるガザ攻撃に関しては、ネタニヤフ首相に対して「自己防衛の権利」を認めるとともに、事態を悪化させないための方策についても協議しています。(参照) ただし、事態を悪化させない云々は、ハマスが攻撃を止めることを条件としてということのようで、これも2011年5月の声明の内容に沿ったものだといえる気がします。

MR. RHODES: Yes. Yesterday the President spoke with Prime Minister Netanyahu. He’s spoken with him each [nearly every] day since this situation unfolded. He reaffirmed again our close cooperation with the Israelis. They discussed the Iron Dome system, which the U.S. has funded substantially over the last several years, and which has been successful in stopping many of the rockets that have been fired out of Gaza. They also addressed the fact that they’d like to see a de-escalation provided that, again, Hamas ceases the rocket fire, which precipitated this conflict.(参照)