2015年6月16日火曜日

"God, Guns, Grits, and Gravy"

2016年の大統領選に立候補しているマイク・ハッカビー元アーカンソー州知事の”God, Guns, Grits, and Gravy”を読んでみた。ハッカビーさんはサザンバプティスト派の牧師で、アーカンソー州知事を10年半務め、2008年に共和党の予備選に出馬するも撤退。その後、フォックス・ニュース・チャンネルでトーク番組をもったりしている、知名度がある人です。いわゆるキリスト教系保守。歯に衣着せぬ物言いで人気な政治家らしく、面白い本でした。2015年1月発売。

本の内容を簡単にまとめてしまえば、「南部のことは南部にまかせてくれ。ニューヨークやカリフォルニア、ワシントンDCのような一部のプログレッシプな地域の奴らが、われわれの信仰や文化についてとやかく言うんじゃない」というもの。

この本の最初のエピソードは同性婚がらみの内容です。Chick-fil-AというチキンチェーンのCEOが2012年6月に「伝統的な結婚を支持する」という趣旨の発言をしたところ、シカゴのエマニュエル市長とかボストンのメニーノ市長とかが、Chick-fil-Aを市から追い出すと発言。そこでハッカビーさんは、Chick-fil-Aへの連帯を示そうと、自分のラジオ番組やフォックスの番組で「8月1日にChick-fil-Aの店舗でチキンを買おう」と呼びかけたところ、全米のChick-fil-Aの店舗で早朝から行列ができたそうです。ハッカビーさんのフェイスブックのページには1900万アクセスがあり、60万人が「参加する」という意思表明した。この日のChick-fil-Aの売上高はこれまでの最高額を200%以上も上回り、2012年の売上高は前年比12%増だったそうです。アップルとかスターバックスとかアマゾンのCEOが自分の個人的な信条を述べても責められないのに、なんでChick-fil-Aだけが責められなければならないのかというわけですね。

同性婚については別のパートでも触れられていて、聖書の教えを信じる立場からすれば同性婚はどうしても容認できないものだとのことです。ハッカビーさん自身は「同性婚を容認すれば社会が崩壊するという主張は言い過ぎだ」と認めているのですが、「男性と女性の体は肉体的に補完しあうように神によってデザインされている」ものであるとしています。キリスト教徒じゃない人には説得力のない説明かもしれませんが、「私は神を中心とする価値観をもっているので、ここにはこだわる」ということなんで、譲れないところなんでしょう。

また、セックスには夫婦の間の感情的なつながりを強めるという価値があり、同性同士でも同様のつながりを持つことはできるんだけれど、「私が神が意図しているのだと信じるような、男女のつながりに相当する自然な肉体的な感情の表現にはなりえない」とのこと。同性婚の支持派からは「別に同性婚を承認したって、誰も困らないじゃないか」との主張もありますが、ハッカビーさんは「何とも言えない」という立場です。異性愛者だった人が同性愛者になったり、同性愛者が異性愛者になったりするケースもあるし、性的な嗜好には様々な要素がからんでいるわけで、「将来、今の時代を振り返って、『われわれは何て無知だったのだろう』と思う日がくるかもしれない」としています。

あと銃規制の強化についても絶対反対の立場です。ハッカビーさんが初めて本物の銃を買ったのは9歳のころ。その数年後にはショットガンを手に入れたそうです。日本人の感覚からすればなんというバカな話かと思いますけど、南部の子供たちは親から銃の扱いについて厳しくしつけられているから問題ないということです。

具体的には、

「例え弾が込められていない銃でも、弾が込められているものとして扱え」
「撃つつもりがないのなら、銃を人や動物や物に向けてはいけない」
「引き金を引く前に、撃とうとしている物が何か、その背後に何があるのかを把握せよ」
「何を撃とうとしているのか確信がなければ、撃つな」
「常に銃がどこにあるのかを把握し、使い終わったら元の場所に戻せ」
「食べるつもりがないのなら、動物を撃つな」

というようなことです。

こんなこと日本の子供が教わることはないですが、南部の子供にとっては常識だとのこと。ハッカビーさんはこんな地域の価値観は、決してプログレッシブな価値観に劣るものではないんだという立場なわけです。「銃の乱射事件の多くは銃の持ち込みが禁止されている施設で起きている」とか「ドイツでのユダヤ人の強制連行の前には、ユダヤ人による銃の保有が禁止されていた」とかいうエピソードを持ち出して、自分たちの身を悪党から守るために銃を持つことが必要だと主張しています。そこから「都会の人間は銃を持ったこともないくせに、銃が危ないとかぐちゃぐちゃ言うんじゃない」といった趣旨の主張があったりして、南部の人たちにとっては立場を代弁してくれているという気分になるんだろうなという気がします。

ハッカビーさんは個人の自由を最大限に尊重して、政府による規制は最小限にすべきだという立場です。じゃぁ、どんなことだったら規制があってもいいのかというと、国民の間で規制が必要だというコンセンサスがある場合だということのようです。政府が価値観を押しつけるような規制じゃなくて、国民の側から持ち上がってくるような規制ですね。政治家が何かの問題について規制が必要だと考えるならば、いきなり規制を持ち出すんじゃなくて、問題を提起して、意識を高め、解決策を話し合ってから行動を起こす。シートベルトに関する規制とか、タバコに関する規制とかは、こういった経緯でできたそうです。ちなみに”Live free or DIE”をモットーとするニューハンプシャー州にはシートベルトに関する規制はない。ハッカビーさんは「もちろんそれでOK」としています。ハッカビーさん自身、知事時代にレストランでの喫煙を規制する法律を作ったそうですが、これは喫煙が自身や周囲に与える有害性が十分に認識されてからのことで、「人気のある規制」だったとのこと。

とまぁ、こんな感じでハッカビーさんいろんな世の中の事柄にモノ申していくという本です。最近のテレビのリアリティ番組はやりすぎじゃないかとか、でも「ダック・ダイナスティー」は素晴らしいとかいったどうでもいい話から、アル・ゴアは気候変動を憂いているわりには900万ドルもする豪華な家に住んでいるとか、カリフォルニア、ニューヨーク、イリノイはビジネスに適さない州のトップ3に選ばれているとか、貧困の実態についてテッド・ケネディーとかジェイ・ロックフェラーとかジョン・ケリーみたいな連中に説教される筋合いはないといったリベラル批判まで盛りだくさんです。あと、IRSは廃止すべきだとか、オバマ大統領は国民を盗聴するような真似はやめるべきだとか、ティーパーティーの人たちが言いそうなこともでてきますが、「共和党はお互いを批判しあうようなことはやめて、ひとつにまとまるべきだ」といった主張もあって、独立志向の強いティーパーティーとは一線を画している部分もあります。

ちなみに、ジョン・エドワードのことは”the serial adulterer, notorious liar, and all-around con man”と評しています。なんなんでしょうね。このエドワードって人は。

ハッカビーさんは単にご意見番的なだけの人なわけじゃなくて、副知事から知事の辞任にともなって知事に昇格し、その後、2度の選挙で勝っているわけですから、ちゃんとした政治家でもあるんだと思います。個人的にはこういう面白いおじさんは好きです。ただ、別にUnited States of Americaの大統領になる必要もない気もしますが、どうなんでしょう。

そういえば、石原慎太郎っぽい気もする。違う気もするけど。