2014年2月22日土曜日

The Right Path

“The Right Path: From Ike to Reagan, How Republicans Once Mastered Politics---and Can Again”という本を読みました。読了は確か1月中旬ごろ。MSNBCで“Morning Joe”という番組の司会をしている共和党の元下院議員、ジョー・スカボローが書いた本で、第二次世界大戦後の米国政治の軌跡を振り返りながら、「共和党は右に寄りすぎても勝てないし、左に寄りすぎても勝てない」なんていうことを論じている本です。扱っている時代が長いので全てを記憶に刻めるわけではないですが、勉強になりました。

例えばですね、ケネディ暗殺の翌年、1964年の大統領選で共和党はバリー・ゴールドウオーターを候補者に選びます。7月にジョンソン大統領の下で公民権法が成立した直後の選挙だったんですが、このゴールドウオーターっていう人は公民権法に反対票を投じたっていうぐらいバリバリの右派。「連邦政府が州の政策に介入すべきじゃない」というフェデラリズムの立場からの反対だったみたいですけど、大統領選では得票率で61.1%対38.5%という大敗に終わります。

共和党は前回1960年の大統領選では民主党のケネディに対して、当時の副大統領で、中道路線をとっていたニクソンを擁立し、得票率で49.7%対49.6%という超僅差で敗れていました。ニクソンは黒人票の32%を取っていたそうです。ところが公民権法に反対したゴールドウオーターは黒人票の6%しか取れなかった。このイメージは現在に至るまで続いているということで、共和党にとってバリバリ右派のゴールドウオーターを候補に擁立したことは歴史的な失敗だったというわけです。

で、共和党は1968年の大統領選挙で再びニクソンを候補に擁立します。このときの選挙はニクソン、民主党のハンフリー、独立党のウォレスによる三つ巴の選挙で、ニクソンは43.2%の得票率で当選。4年後の大統領選では、民主党のマクガバンに対して60.7%の得票率で再選。投票人の数では520対17という歴史的な大勝です。

1964年の段階では民主党を圧倒的に支持していた有権者が、1968年以降には共和党支持に移った理由として、スカボローは1965年のワッツ暴動に象徴されるような人種差別反対運動の過激化が進んでいたことを挙げます。もちろん独立党のウォレスのような人種差別を認めてしまうような候補者に支持は集まらないわけですが、ちょっとリベラルの側もやりすぎなんじゃないかという雰囲気が広まっていたとのこと。人種問題以外にも、ベトナム反戦運動の過激化、ドラッグ文化の浸透、教会に対する批判なんていう風潮が広まっていて、多くの一般的な米国人が取り残された気分になっていた。そういう時代において、中道的な立場をとるニクソンが支持を得たというわけです。

ただ、このニクソンはウオーターゲート事件で、1974年に辞任に追い込まれる。しかも副大統領から昇格するフォードとの間で、「フォードが大統領になったら、辞職したニクソンを訴追しない」なんていう密約を結んでいたとの疑惑が持ち上がって、共和党の人気は下落します。さらにフォードは副大統領にリベラル寄りのロックフェラーを選んだ。このことも保守層の反発を招いたということで、フォードは1976年の大統領選では民主党のカーターに敗れてしまいます。ちなみにカーターの得票率は50.1%。フォードは48.0%。

ところが、このカーターも政権をうまく運営できない。失業率は10%を超え、物価は18%も上昇。FRBの政策金利も20%近くまで引き上げられた。さらに1978年にはソ連がアフガニスタンに侵攻して米国内で危機感が高まり、1979年のイラン革命後には在テヘラン米大使館での人質事件が発生。カーター大統領は事態を解決できないままに1980年の大統領選に突入し、共和党のレーガンに敗北する。この時のレーガンの得票率は50.7%でしたが、次の1984年の選挙では得票率58.7%、選挙人で525人を獲得する大勝利です。

このほか、アイゼンハワーとかブッシュ親子とか1994年の中間選挙で共和党が下院で40年ぶりに過半数を取った保守革命なんかについても、いろいろと分析されています。こうした大まかな流れのなかで、いかにアイゼンハワーやニクソンやレーガンが中道的な立場をとって、現実主義に基づいた判断を重ね、結果を残してきたか、なんていう解説が加えられています。

で、気になるのは、それじゃぁ、共和党は2016年の大統領選で誰を候補に立てればいいのかっていうところなんですが、これがなかなか難しい。小さな政府を志向する保守候補で、現実主義に徹して政策を遂行できる中道路線をとる人が理想なわけですが、ただの中道だと、ティーパーティーみたいな保守層右派と「もっとリベラルにシフトすべきだ」っていう保守層左派の双方から批判される恐れもある。そうじゃなくて「保守層右派と保守層左派の両方が支持できる人」じゃないといけないわけですね。穏やかな口調で米国の保守主義の伝統を訴えて、保守層をひとつにまとめられる人材が必要だということになります。

スカボローはコリン・パウエル元国務長官みたいな人がいいというわけですが、パウエル自身はもう76歳ですから現実的じゃない。クルズやルビオはキャンキャンとやるイメージですし、クリスティも「陽気なデブにみえるけど、実は嫌な奴」っていうイメージがついてきた。ランド・ポールは穏やかイメージへの転換を図っている気がしますが、間に合うかどうか。ジェブ・ブッシュは「兄貴よりは賢い」っていうイメージなので、もしかしたら有力かもしれない。

ただ、オバマ政権には決定的な失敗があるわけでもない。ベンガジとかシリアへの対応はまずかったかもしれないけれど、米国の国益が決定的におびやかされる事態が起こっているわけじゃないですし、経済もなんだかんだでじわじわと快方に向かっている。ニクソン政権誕生の背景となった1960年代のジョンソン政権後半の社会的な混乱とか、レーガン政権誕生の背景となった1970年代後半のカーター政権時の経済・外交上の混乱みたいな事態とは違う。米国が抱えるリスクは大きくなっているのかもしれませんが、人口動態的にみても、次の大統領選は共和党にとって厳しくなるんだろうと。

まぁ、そんなことを考えさせられる本でした。面白かったです。