2015年7月11日土曜日

"UNINTIMIDATED"

“UNINTIMIDATED: A GOVERNOR’S STORY AND A NATION’S CHALLENGE”を読みました。ウィスコンシン州のスコット・ウォーカー知事(共和党)が2011年に成立させた、公務員制度の大幅な改革などを盛り込んだ州法、Act 10の成立までの経緯と、その後の顛末をつづった本です。ウォーカーさんは13日に大統領選へ出馬を表明するとみられているので、ちょうど良いタイミングでの読了。これまであまりウォーカーさんのことは知らなかったのですが、なかなか魅力を感じさせる内容でした。

ウォーカーさんは1967年11月2日生まれの46歳。2010年11月の知事選で当選し、2011年1月に就任。いきなりAct 10の成立を目指します。Act 10では公務員の労働組合の団体交渉権を制限したり、医療保険や年金の負担率を現状よりも高くすることなどを定めています。自治体職員といえどもサラリーマンですから、民間の組合と同じように団体交渉権が認められて当然という気もしますから、Act 10の内容を発表すると、民主党や労働組合から轟轟たる批判が沸き上がりました。反対運動は次第にエスカレートしていき、数万人のデモ隊が州庁舎を取り囲んだり、中になだれ混んだり、はては議事堂を占拠してそのなかで生活を始めたりして、大変な混乱に陥りました。

これと並行して民主党議員はAct 10の成立を阻むためにそろってイリノイ州まで出て行って、予算がからむ法案としての定足数に到達できない状況を作って審議を拒否します。ウォーカーさんと共和党は民主党側に説得工作を展開し、妥協案を提示したりもしますが、民主党側は受け入れず。そこでウォーカーさんと共和党はAct 10を二つの法案に分割して、予算がからまない法案に仕立て直します。予算がからまない法案だと定足数が低くなるので、共和党単独でもAct 10を成立させることが可能。というわけで、Act 10は2011年3月に議会を通過し、ウォーカーさんが署名することになります。

でも民主党と労働組合はこの後も、「Act 10は無効だ」という訴訟を起こしたり、議員のリコール選挙をやったりした後、ウォーカー知事のリコール選挙にこぎつけます。ただ、こうした試みはいずれも失敗。この本は、こうした経緯のなかで、いかに民主党とか過激な労働組合が理屈にあわない滅茶苦茶な行動をとってきたかとか、いかにウォーカーさんや共和党が勇敢に立ち向かったかということが、何度も何度も語られます。

で、問題はどうしてウォーカーさんはそんなAct 10を実現したかったのかということですが、根っこのところにあるのは財政の健全化です。州政府の財政悪化を食い止めるためには、郡や学区に対する補助金を削減せねばならない。でもそんなことしたら、住民サービスの最前線に立っている郡や学区の運営がまわらなくなってしまう。だから行政を効率化させるための武器を郡や学区に与える必要がある。その武器というのがAct 10による公務員制度改革だという論法です。

で、なんで公務員制度を改革すれば行政が効率化できると考えたかというと、ウォーカーさん自身、2002年から2010年のミルウォーキー郡知事の時代に、いろいろと行政の効率化を目指そうとしたのですが、公務員組合の反対で満足のいく結果が得られなかったそうなんです。それで行政改革のためにはAct 10で公務員のリストラなんかを効率的に進められるようにするべきだというわけですね。

分かりやすい弊害として挙げられているのが、公立学校教職員の解雇の際に適用される”last in, first out”ルール。リストラをするときは一番キャリアが浅い職員から解雇するルールだそうで、財政難からリストラせねばならないときには、たとえ優秀であっても若い先生は真っ先に解雇されることになる。逆にやる気はないけど、年だけはとっている先生は地位が安泰なわけですね。こういうルールを変えようとしても、教職員組合との団体交渉で退けられてしまう。公立学校を効率化するには、団体交渉権をなくさなければならないという話になります。

あと、公営バスの運転手の年収が最高約16万ドルに達していて、交通局のトップよりも高かったなんていうケースも出てきます。労働組合が最も年功の高い運転手により多くの残業を認めるというルールがあるからだそうで、これもまぁフェアーな話じゃないよねという話ですね。さらに公務員は医療保険や年金の負担率が民間よりもかなり低くて、その分、自治体側の負担が大きいという問題もあった。

ちなみにAct 10反対派が州庁舎を占拠した際には、州都マディソンの教職員の40%が病欠をとって、多くの学校が休校に追い込まれたそうです。反対派のなかには医師がいて、州庁舎のなかで病気であることを証明する診断書を書いていたとのこと。こりゃいくらなんでも、ひどいっていう話ですが、そんなことがまかり通るような状態だったということです。

で、Act 10では公務員の労働組合の団体交渉権を制限して、リストラを能力ベースで行えるようにする。年功が高いからといって、残業を独占できるような制度も止めさせる。あと、医療保険や年金の負担率も引き上げる。ただ、それだと公務員の人たちは生活が苦しくなってしまうので、労働組合が組合費を強制的に徴収する制度も止めにする。そうすれば公務員は組合費を負担しなくても済むので、その分、医療保険や年金の負担増を受け入れられるという仕組みですね。そりゃ、労働組合は猛烈に反対するというわけです。

Act 10成立後、補助金を払わなくて済むようになった州政府の財政は黒字化し、資産税の減税なんかができるようになります。また、補助金を受け取る側の郡や学区でも効率化が進んで、かえって教職員の数を増やすことができるようになったりした。団体交渉権がなくなったことで、学区は自由に医療保険の契約先を選べるようになり、その結果、保険料が大幅に下がったことが大きな要因だったようです。2010年の時点で、ウィスコンシン州の労働者なかで「州が正しい方向に進んでいる」と回答したのは10%でしかなかったけど、2014年の時点では95%にまで増えたとのこと。いろんな要因があるんでしょうけど、95%というのはちょっとすごい数字です。

で、本の最後ではリーダーシップの重要性が語られます。過去2回の大統領選でオバマ大統領にやられてしまった保守層には「社会はリベラル化している。中間層を取り込むためには共和党はリベラル寄りにフトした方がいいんじゃないか」という悩みがありますが、ウォーカーさんは「中間層を取り込むためにリベラルにシフトするのは間違いだ」と断じています。ウォーカーさんは2012年のリコール選挙で勝利しましたが、同じ年の大統領選ではオバマ大統領がウィスコンシン州をとりました。有権者はウォーカーさんとオバマ大統領の両方を同時に支持したというわけです。

ウォーカーさんとオバマ大統領では政治理念は正反対なわけですが、「有権者は候補者が保守かリベラルかという問題よりも、指導力があるかどうかを見ている」とのこと。中間層を取り込むために必要なのは理念で妥協することではなく、大胆で前向きな改革を打ち出し、それをやり遂げる勇気をみせるかどうかだとしています。

共和党は「弱者に冷たい」というイメージをもたれてきましたが、ウォーカーさんは弱者に冷たいのではなくて、「政府に依存する人を減らしたい」だけだとしています。例えば、ウォーカーさんは健康で子供のいない大人のフードスタンプ受給には職業訓練を受けることを義務付けました。フードスタンプ受給の要件が厳しくなるわけですから、「弱者に冷たい」と批判されそうですが、その分、職業訓練のプログラムは充実させています。「働くためのスキルを磨かなくてもフードスタンプが受給できますよ。安心して下さいね」と呼びかけるよりは、「働くためのスキルを磨いて、フードスタンプに頼らなくても済むようになろう」と呼びかける方が前向きだというわけです。しかもこうした職業訓練プログラムで政府に依存する人が減っていけば、財政も安定する、減税もできる、国民が自由に使えるお金が増える。共和党はこうした自らの理念を曲げることなく、堂々と主張すれば、国民を引っ張っていくことができるというのがウォーカーさんの主張です。

ウォーカーさんについては「リコール選挙に勝った」「ティーパーティーの支持を受けている」「組合を攻撃した」「大学を中退している」というぐらいのイメージしかなかったのですが、こういう「改革志向」の人だったんですね。しかも実績があるわけですから、なかなか有権者にアピールしそうです。