"The Healing of America: A Global Quest for Better, Cheaper, and Fairer Health Care"という本を読んだ。T. R. Reidという、慢性的な肩の痛みを抱えるジャーナリストが世界各国の医者にかかりながら、各国の医療制度について探求し、米国の医療保険制度の問題点をあぶり出すという内容です。2010年8月出版。オバマケア関連法案成立して間もないころですね。
とても面白かった。American Sicknessよりも格段に読みやすい。米国医療がいかにしてダメになっていったかということはAmerican Sicknessでこれでもかと言わんばかりに書かれていたわけですが、こちらのThe Healing of Americaでは、他の国はどうしてダメになっていないのかということが書かれています。さらに、かつてはダメな制度だったのに改革に成功した、台湾とスイスのケースも紹介しています。なのでAmerican Sicknessよりも救いがあります。
書かれていることは単純。米国の医療制度をまともなものにするには、国民が「全員が医療保険に加入できるべきだ」という考え方で一致できるかどうかがキモだということです。世界の医療保険制度はいろんな仕組みがありますが、米国以外の先進国はすべてこの考え方に基づいています。
ところが米国ではこういう主張をすると、必ず「社会主義化された医療制度だ! ムダだらけで、革新も生まれない。国民の医療への選択肢も狭められる。自由を尊ぶ米国の理念に反する」という反発が出ます。そういった主張に、現在の医療保険制度で恩恵を受けている医療保険会社や医療機関、製薬会社が乗っかってロビー活動を展開するので、議会は動きがとれなくなります。オバマ大統領に上院60議席、下院過半数の議席を与えたって、問題は解決できなかったわけですからなかなか根深い問題です。
そこでリードさんは、こうした「社会主義化された医療制度だ!」という批判は的外れだと繰り返し説明します。
まず、他の先進国の医療制度は別に社会主義化されているわけではないという点です。
リードさんは先進国の医療制度を以下のように分類します。
ビスマルク型(ドイツ、日本など)=医療保険提供者が民間、医療サービス提供者も民間
ベバリッジ型(英国、北欧など)=医療保険提供者が国、医療サービス提供者も国
国民健康保険型(カナダ、韓国など)=医療保険提供者は国、医療サービス提供者は民間
まぁ、ベバレッジ型は国が全面的に関与していますから、バリバリの自由経済主義者からみれば「社会主義的」といえるかもしれません。でも英国を社会主義国だと思う人は多くはないです。あとビスマルク型や国民健康保険型は民間が関与していますから、社会主義ってわけじゃないですよね。
ただし、こうした民間が関与する仕組みでも規制はきついです。例えばビスマルク型として取り上げられている日本は、医療保険は主に企業別の医療保険組合が提供していて、医療サービスも民間がやっているわけですが、医薬品の価格なんかは政府がコントロールしているわけです。それは「すべての国民が医療保険に加入できるべきだ」との考え方から正当化されます。こうした厳しい規制のおかげで日本の医療費は国際的にみて安いですし、しかも患者は自由に医療機関を選べる。
ベバレッジ型は医療保険も医療サービスも国が主体です。そのおかげで患者は病院に行っても請求書を受け取ることはありません。それだったら患者が好きなだけ病院に行くことになって医療費が高騰しそうなものですが、「国はすべての人を保険でカバーするけれど、すべての医療行為をカバーするわけじゃない」という立場をとっているため、たいしたことのない病気であったりすれば病院にかかる前に行くことになる"general practitioner"のオフィスの段階で「病院に行かなくていいですよ。様子をみましょう」ということになる。また、すべての医療費は国民の税金で負担することになりますから、有権者や政治家も医療費の無駄遣いには敏感です。「94歳の女性への人工関節手術を認めるべきか」「50歳以上の男性すべてに前立腺がんの検査を認めるべきか」といった問題が、医学的なエビデンスの基づいて議論されたりします。
国民健康保険型も医療保険を国が提供するわけですから、どんな治療に対しても費用を払うというわけではないです。医療サービスは民間ですから、民間同士の競争がありますし、国がいくらでも医療費を払ってくれるわけじゃないので、コスト意識が働きます。
もちろん、それぞれの制度には問題点があります。日本なんかは「医療従事者の報酬が低い」なんていう問題点も指摘されます。ベバレッジ型の英国や北欧は米国に比べて税金が高いです。国民健康保険型のカナダなんかは、緊急性がない治療の場合は、受診までに数カ月~1年以上も待たねばならないという問題があります。
ただ、それだって米国の医療制度よりは格段にいいわけです。一人あたり医療費は安いし、健康を維持できる年齢も高い。どこの国だって「米国みたいにはなりたくない」と思っています。それなのに、どうして米国が現在の米国の医療制度にこだわる必要があるのかというわけです。
リードさんはさらに、米国内の「他の国の医療制度は自由を尊ぶ米国の理念に反する」という意見も的外れだとします。それは米国の医療制度のなかには、すでにこれらの仕組みが根を張っているからです。
例えば、高齢者向け公的医療保険のメディケアは国が医療費を負担して民間が医療サービスを提供していますから国民健康保険型です。退役軍人向けには専門の病院もありますから、これは医療保険も医療サービスも国が提供するベバリッジ型です。そのほかの企業が提供する医療保険に加入している米国人にとっては、ビスマルク型の医療保険制度が存在しているわけです。
ただ、米国には「全員が医療保険に加入できるべきだ」という理念がないために、どの制度からもこぼれてしまっている人たちがいます。メディケアに入れるほど年寄りではないし、低所得者向けのメディケイドに入れるほど所得が低いわけでもないし、医療保険を提供してくれる会社に勤めているわけでもないし、退役軍人でもないという人たちですね。この人たちは行き所がないです。利益目的の保険会社に高い保険料や高い自己負担額を強いられ、病院からも高い医療費を請求されて、生活を維持できなくなってしまうような人たちです。さらに医療保険を提供してくれる会社に勤めていたけど、病気で仕事を続けられなくなって退職したら、医療保険がなくなったなんていう事態も起きるわけです。
また、こうした医療保険制度のパッチワーク状態が余計なコストを生みます。オバマケアはこのパッチワークに拍車をかけました。
リードさんはこう書いています。
Facing an entrenched army of well-financed and powerful interests determined to preserve the status quo, Obama declared from the start that he would not seek to replace the existing health care system with a simpler, cheaper model. "We have to build on what we've got already," Obama said. The result was an enormously expensive and complicated piece of legislation ---the "Obamacare" bill runs to 2,400 pages of legalese ---that retains most of the structure of the U.S. system ....
もちろんリードさんはオバマケアが結果的に無保険者を大幅に減らすであろうことや、保険会社が病歴のある人の加入を断ることを禁じる制度を作ったことは高く評価しているわけですが、根本的な問題解決にはほど遠いということなんでしょう。
あと、リードさんは医療保険制度の抜本的な改革に成功した台湾やスイスの取り組みも詳しく取り上げています。どちらも、まず最初にリベラル側が「全員が医療保険に加入できるべきだ」と声を上げ、それを国民が熱狂的に支持し、保守側が人気とりのためにそれを受け入れたという展開だったようです。あと、どちらも経済が好調だったという背景もあるそうです。
米国では2016年に民主党の大統領候補指名争いで健闘したバーニー・サンダース上院議員が"single-payer"のシステムを目指しています。これは医療保険を国が提供するという意味です。オバマケアの失敗を踏まえたうえで、より抜本的な改革を実現させるということなのでしょう。
じゃあ、2020年の大統領選で79歳になったサンダース氏が当選。そのときには2018年の中間選挙と大統領選と同時に行われる議会選挙で、上下両院ともに民主党が過半数を握っていて、サンダース氏が訴える抜本的な医療保険制度改革をトランプ政権にこりた共和党も受け入れる。そんなシナリオはどうでしょうか。
どうでしょうか。米国人のみなさん。
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