2016年9月24日土曜日

"The Old Man and the Sea"

"The Old Man and the Sea"を読んだ。アーネスト・ヘミングウェイの「老人と海」です。とっさに読む本が思いつかなかったのですが、最近ネットフリックスで観ているドラマの登場人物が「俺はヘミングウェイになる」と言って小説を書き始めていたのを思い出して、読んでみた。ヘミングウェイなんて、これまで読もうと思ったこともなかったので、勉強になりました。

ヘミングウェイの小説のなかでも短いものを選んだので、わりとすぐに読み終わりました。英語もそんなに難しいものじゃないかったです。ただ、舟や釣りに関する細かな用語は意味がつかみにくかったです。このあたりは日本語で読んでも同じことかもしれません。

まぁ、戦い続けることこそが尊いんだという話でしょうか。主人公の老人が愚痴っぽいところがあったりするのも、普通の人っぽくてよかったです。

2016年9月3日土曜日

ヒラリーとジャネット

ヒラリー・クリントンとジャネット・イエレンは同時期にイェール大学に通っていた。有名な話なんでしょうか。

ウィキペデイアによると、

イエレンがイェールで博士号を取ったのは1971年。この年の春、ヒラリーはイェールのロースクールでビル・クリントンと知り合った。

イエレンは1946年08月13日生まれ。
ヒラリーは1947年10月26日生まれ。

"Hillbilly Elegy"でイェールのエリートコネクションについてのエピーソードが出てきたんですが、具体的な人名で考えるとやっぱりすごい。
女性の社会進出がそれほどでもなかった時代に、米国初の女性FRB議長になる人と、初の女性大統領になろうかという人が学んでたってことですからね。


ちなみにイエレンの夫は2001年にノーベル経済学賞を取ったジョージ・アカロフ。1962年にイェールで学士。博士号はMIT。

2016年8月31日水曜日

Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis

"Hillbilly Elegy: A Memoir of a Family and Culture in Crisis"という本を読んだ。J.D. Vanceさんという31歳の白人男性弁護士が、自らの半生を振り返った本です。

これだけだと、だからどうしたという話ですが、バンスさんはオハイオ州のミドルタウンというかつては鉄鋼業で栄えたものの、今はさびれつつある街で育ち、劣悪な家庭環境のなかから這い上がり、イエール大学のロースクール卒のエリート弁護士になったという経歴の持ち主です。そのアメリカン・ドリームの体現者が、かつては劣悪な環境を経験した者として、米国に存在する貧困の背景や、そうしたコミュニティーに育ったものたちが今の米国社会をどのようにみているのか、問題を解決するためには何が必要なのかという問題を論じています。

2016年6月28日に出版された本で、「多くの白人がドナルド・トランプ氏を支持する背景にはこういった事情がある」という文脈でたくさんのメディアで紹介されていました。インタビューに答えたバンスさんは、「私自身はトランプ氏を支持するわけではないが、支持している人たちの気持ちは理解できる」としています。

で、話はケンタッキー南東部の石炭の産地、ジャクソンから始まります。非常に緊密なコミュニティーで、見知らぬ人が雪道で車を動かせなくなっていると、住民たちがこぞって助けだそうとするような地域です。バンスさんの祖父母はこのジャクソンで育ちました。非常に心優しい人たちです。

ただし、こうしたアパラチア山脈のコミュニティーに住む人たちには、荒くれ者という一面もあります。祖母の兄の1人は建設業を営んでいたのですが、ビジネスの相手が"son of a bitch"と生意気な口をきいたときは、車のなかにいた相手を引きずり下ろしてチェーンソーで切りつけ、病院送りにしてしまうような人です。「家族に対する侮辱は絶対に許さない」という掟に従った行動だとのこと。別の兄は、自宅の裏庭でマリファナを育てています。祖母自身も、家族で育てている牛を盗もうとした男を見つけたときに、ライフルを持ち出して発砲し、脚をケガした相手の頭に向かってライフルをかまえ、とどめを刺そうとしたことがあるそうです。

祖母の家だけが荒くれ者だらけだったというわけではありません。ジャクソンがあるBrethitt Countyという地域は"Bloddy Breathitt"という異名があるほどで、とある強姦犯は裁判の数日前、背中に16発の銃弾を受けて殺されました。地元の警察はまともに捜査せず、新聞も「犯罪」があったようだと報じただけでした。真相は明らかではありませんが、被害者の家族が裁きを下したということのようです。祖母が少女時代にある男に侮辱された際にも、兄たちがその男を懲らしめたことがあったそうです。

で、子供のころにこうした話を親戚たちから聞いたバンスさんは、「家族のためなら法律でも犯す」といったカルチャーを誇りに感じていたそうです。親戚一同がこんなエピソードを面白おかしく話したりしていたら、「これが男というものだ」と思っていたということなのでしょう。


祖父母は1947年に17歳と14歳で結婚しました。そして第二次世界大戦での勝利に対する興奮がさめていくなかで、よりよい生活を求めて、オハイオ州ミドルタウンに引っ越します。ミドルタウンにはArmcoという鉄鋼会社が工場を構えていて、大量の労働者を雇うようになっていたからです。というと美しい話のようですが、実はできちゃった婚で、祖母の兄たちから懲らしめられることを恐れてミドルタウンに逃げていったという事情もあったようです。ちなみにこのときの子供は生後すぐに亡くなったとのこと。

ミドルタウンにはケンタッキー出身者が多く、"Middletucky"なんて呼ばれたりした。だから、ミドルタウンには、荒くれ者のカルチャーも持ち込まれて、元からオハイオにいた人たちとの間でトラブルも多かったそうです。祖母は、"You can take the boy out of Kentucky, but you can't take Kentucky out of the boy."なんて言っていた。アパラチアン魂百までってことでしょうか。

ただし生活が順調だったというわけではありません。祖父はジャクソンから離れたミドルタウンでの生活に馴染みきれないところがあったのか、バーから泥酔して帰宅したり、手にした給料を見栄をはるために浪費したりして、祖母を怒らせることも度々だった。祖母が泥水してソファーで眠っている祖父にガソリンをかけて、火をつけるということもあったらしい。バイオレントすぎるエピソードですが、家族の間ではそう伝えられているそうです。

で、そうした環境で育ったバンスさんの母親は、18歳で妊娠。19歳で離婚してシングルマザーになります。これが1980年ぐらいの話。母親の妹(バンスさんのおばさん)もその2年ほど前に16歳で高校を退学して、結婚しています。やはり結婚生活は厳しいものだったようです。こうした状況をなんとかせねばならないと決意したのか、祖父は1983年に禁酒し、別居状態だった祖母とも関係を修復するようになります。祖父は53歳、祖母は50歳ぐらいの計算ですね。祖父母は孫のケアや金銭的な援助を買って出るようになります。母親は1983年に再婚して、翌1984年にバンスさんが生まれます。

で、ここから先はバンスさん自身の話ですが、それはそれはなかなか過激なエピソードが満載です。

19歳でシングルマザーになってその4~5年後にバンスさんを生んだ母親は、その後も離婚と結婚を繰り返し、バンスさんが高校を卒業するまでに6人の男性と一緒に生活しています。バンスさんは、母親としては「子供たちに父親が必要だ」という思いで結婚相手を探していたのではないかと推測していますが、バンスさん自身の思いとしては「全く見知らぬ男が家の中に入ってきて、ようやく好きになったかなと思い始めたころに、離婚して家から出て行く」という状況が繰り返されることは子供時代の自分の心を深く傷つけていたとしています。また母親は看護師として働いてはいましたが、お酒におぼれ、バンスさんたちと大げんかをしては「ごめんなさい。もう二度とこんなことはしない」と謝罪するような生活を続けて来ました。バンスさんたちはそのたびに謝罪を受け入れるのですが、数日後には同じ状態に戻ってしまう。

バンスさんが12歳のときには、母親が反省の証としてバンスさんにフットボールカードを買ってくれると約束するのですが、車で高速道路を走っている最中にけんかになって、母親は「このまま車をクラッシュさせて、死んでやる」と言い出します。バンスさんは助手席から後部座席に移って、シートベルトを2つつければ生き延びられるんじゃないかと考えたりしましたが、母親はそうしたバンスさんの行為に怒りを増幅させて、車を止めてバンスさんに殴りかかります。止まった車から逃げ出したバンスさんは近くの民家にかけこんで、そこにいた女性に警察を呼ぶように依頼。母親は駆けつけた警察に逮捕されます。バンスさんはその後の裁判で、裁判官から日頃の母親の状況を聞かれ、「こうしたことは初めてのことです」と嘘をつききます。母親を刑務所には行かせたくないという思いからの嘘だったそうです。この後、バンスさんは、母親の家と祖父母の家の両方で暮らすようになります。自分の好きなときに、好きな方の家で暮らすことで、生活の安定と母親とのつながりを実現しようという狙いでした。

その後、バンスさんは実の父親と会うようになります。バンスさんは母親たちから父親が酒浸りになったから離婚したと聞かされて育ちましたが、実際にあった父親は敬虔なクリスチャンとして生活を立て直していました。ただ、既存の科学を否定するような極端なところもある信仰で、バンスさんも「2007年には世界が終わる」といった終末思想を信じるようになり、信仰と現実の狭間で悩んだりしたそうです。ただ、教会や父親のことも好きになったとのこと。信仰が人々の生活にあたえるポジティブな影響の大切さを感じるようになったといいます。

バンスさんが13歳のときには、心の支えの一人だった祖父が急死します。母親は動揺します。このころには看護師として働いていた病院にあった薬物に手を出したようで、奇行も目立つようになり、リハビリセンターの世話になるようになりました。バンスさんは実の父親と暮らそうとしたこともありましたが、母親に懇願されて家に戻ります。そこでは母親と当時の恋人とと一緒に暮らすのですが、「世界の終わりの最前線に座っている」ようなものだったそうです。2人の間のけっかは絶えません。しかも母親はこうした生活を続けるなかで、病院の上司の男性と結婚することを決めます。もうなんのこっちゃよく分かりません。

一方、いつもバンスさんを支えてくれた姉は祖父の急死の直後に結婚し、幸せな生活を送るようになります。しかしバンスさんは、荒れた母親と見知らぬ上司が暮らす家のなかに閉じ込められ、将来を見通すことができません。高校生になったころには、勤務先の病院から薬物検査のための尿の提出を求められた母親から、バンスさんの尿を提出することを頼まれます。自分の尿からは薬物が検出されるおそれがあるということのようでした。このときバンスさんは指示に従いましたが、「この朝、私のなかで何かが壊れた」と回想しています。高校2年生のとき、母親とバンスさんは上司の家を追い出されます。バンスさんは母親から離れて、祖母と一緒に暮らすことにします。

このころまでバンスさんの学校での成績は落第寸前でした。しかし祖母と暮らす生活を始めてからは、学校の宿題にも取り組むようになり、成績は上向くようになります。もともと祖父母は教育熱心なところがあったそうです。学校で良い先生とも出会い、SATで高得点をあげたりします。"I was happy --- I no longer feared the school bell at the end of the day, I knew where I'd be living the next month, and no one's romantic decisions affected my life. And out of that happiness came so many opportunities I've had for the past twelve years"という心境だったそうです。祖母の勧めでつきあう友達も変わり、大学進学も意識するようになり、オハイオ州立大学とマイアミ大学から合格通知を受け取ります。これまでの生活からの出口が見えたというわけですね。

でも、バンスさんは大学進学をとりやめます。「自分はまだ準備ができていない」と感じていたからです。成績は上向いていたけれど、十分だとはいえず、奨学金のための書類を理解するだけでも膨大な時間がかかるほどの世間知らずでもあります。結局、バンスさんが決断したのは海兵隊への入隊でした。1年前の米中枢同時テロも理由のひとつ。海兵隊のリクルーターはお金は稼げないだろうし、戦争に行かされるかもしれないと断りながらも、"They'll teach you about leadership, and they'll turn you into a disciplined young man."と説明したそうです。海兵隊で任務についた後で大学に入れば、学費の面でも大幅な援助が受けられることも魅力でした。

海兵隊でのエピソードもいろいろ紹介されていますが、ある海兵隊の教官はバンスさんに初めて3マイルを走らせた後、"If you're not puking, you're lazy! Stop being fucking lazy!"と怒鳴りつけて何度もダッシュをするように命じ、バンスさんが意識を失うんじゃないかと思ったころあいに、"That's how you should feel at the end of every run!"と怒鳴ったそうです。バンスさんは常に全力を尽くさなければならないことや、全力を尽くせば自分が思っている以上の成果を生み出せることを体で覚えるわけです。バンスさんは、白人の貧困層にもたらすべき変化について問われると、"The feeling that our choice don't matter"と答えるようにしているそうです。バンスさんはイラクにも派遣されました。海兵隊勤務中の2005年には最愛の祖母を喪っています。


この後は順風満帆な感じのエピソードです。2007年にオハイオ州立大学に入学したバンスさんは猛勉強して1年11カ月で2つの学位を優秀な成績で取得。その後、イエール大学のロースクールに進学します。そこで自分が育った環境と多くの同級生が育った環境の違いや認識のズレに驚いたりしながらも、楽しい生活を送ります。のちに結婚する彼女とも出会いました。一般の人たちが仕事を見つけようとしたら履歴書を埋めて会社に送るのに、彼らエリートたちは一流の企業や法律事務所で働いている家族や親戚、友人、先輩たちの紹介で面接を設定してもらい、高い給料の仕事についているといった社会の仕組みも学びます。就職の際には、イエール大教授のAmy Chuaからたくさんのアドバイスをもらったそうです。例の"The battle Hymn of the Tiger Mother"の著者ですね。もうこのころには、バンスさんは生まれ育ったミドルタウンを故郷だとは思えなくなります。


本の中でバンスさんはミドルタウンの経済状況や人々の感情についても描写しています。

バンスさんが大人になっていった時期はミドルタウンの経済を支えてきたArmcoの経営が悪化していった時期です。Armcoは1989年に川崎製鉄に吸収されて、Armco Kawasaki Steelと名称を変更。第二次世界大戦の敵国だった日本の企業に地元経済が救われたかたちで、米国の製造業の厳しい現実が明らかになっていきます。バンスさんの祖父は、かつては子供たちに「日本車を買ったら勘当する」と言っていたそうですが、川崎製鉄による救済後は「今となっては日本は友人だ。もしも戦う相手があるとすれば、それは中国の奴らだ」とバンスさんに話すようになったそうです。

最近、バンスさんがミドルタウンの高校の先生に話を聞いたところ、子供たちは自分たちがプロ野球選手になれないことに気づくと、「それならArmcoで働くよ。おじさんも働いているし」といったような返事をするそうです。実際には、Armcoはかつてのような安定的な職場ではないにも関わらず、子供たちはこうした厳しい現実に気づいていない。それでいて、勉強して生活をステップアップできるような仕事に就こうとも考えない。「成功できるのは幸運な人間か、生まれつき頭がいい人間だ」といったセンチメントが蔓延していて、まともに働こうという意識もないまま製造業が衰退していくミドルタウンに閉じ込められていく。

これは本の冒頭で紹介されているエピソードですが、バンスさんが数年前に学費を稼ぐためにミドルタウンの企業で重たいタイルを扱う仕事をしていたとき、経営者は人手不足で困っていたそうです。数年働けば時給は16ドルまで上がって、年収3万2000ドルにはなるような仕事で、景気が悪くなっていくミドルタウンでは悪い額じゃない。経営者が19歳の若者に仕事を与え、妊娠していた恋人にも事務職を割り当ててあげたことがあったそうですが、恋人の方は3日に1度は無断欠勤し、数カ月で辞めてしまった。若者の方も1週間に1度は欠勤し、遅刻も常習的で、1日に3度も4度も30分ほどのトイレ休憩をとるような態度だった。その結果、最終的には解雇を言い渡されるのですが、そのときこの若者は"How could you do this to me? Don't you know I've got a pregnant girlfriend?"と食ってかかったそうです。ダメな感じですよね。こういう、自分が怠け者であることにも気づかないようなムードが、米国の一部には存在するということです。

バンスさんは高校時代、祖父母から勧められてスーパーで働くようになり、そこで貧しい人から豊かな人までさまざまな人が暮らす社会の現実を目の当たりにします。貧しい人たちがフードスタンプで炭酸飲料を大量に買い込んで、ディスカウントストアで売って現金を手にする様子や、食品はフードスタンプで買って、現金で酒やタバコを買うといった様子も目撃します。バンスさんの給料からは税金が引かれていますが、フードスタンプでバンスさんには手が届かないようなステーキを買うような生活をしている「貧困層」もいます。一方で、こうした貧困層と自分たちの生活が似ていることにも気づきます。政府の補助を得て隣家に引っ越してきた家族は、バンスさんの一家と同じように、ケンタッキーからオハイオに移り住み、ケンタッキーなまりの英語を話し、夜中になれば家の中からケンカの声が聞こえてくるような家庭です。バンスさんの祖母は「あの女は怠け者の売女だ。強制的に仕事に就かせれば、あんな女にはならなかったろうに。政府があの女にカネを渡して、我が家の隣に引っ越させたと思うと腹がたって仕方がない」「私たちは懸命に働いても生活を切り詰めなければならないのに、ろくでなしどもが我々の税金で酒を買って、携帯電話を使っているのは許せない」と毒づいていたそうです。

一方で、バンスさんの内面にはこうした貧困層は自分の母親の姿であり、かつての自分でもあることを自覚しています。職が一切ないわけじゃないけれど、ひどい勤務態度で解雇される。子供がしっかりと勉強できるような家庭環境を与えず、「自分たちが働かないのは社会が不公平だからだ。オバマのせいで炭鉱は閉鎖され、工場の仕事は中国に行ってしまった」と言い訳する。朝ご飯にシナモンロールを食べ、昼ご飯にタコベルを食べ、晩ご飯にマクドナルドを食べるような生活を続け、ケンタッキーの一部での平均寿命は67歳でしかない地域もあるそうです。バンスさんには祖父母や姉という心の支えがあり、高校2年からは安定した生活が送れるようになった。でも、そうした環境が得られなかったら、どうなっていたか分かりません。

バンスさんはイエールに入った後も、自分が子供のころに負ったトラウマを背負っていることに気づきます。恋人との意見の違いに過剰に反応したり、運転中に割り込んできた車の運転手にケンカをふっかけようとしたり。自分の身を守るために、他人からの攻撃に身構えてしまうという生活習慣がついてしまっているわけです。こうした問題を克服していけているのも、恋人の存在があったからだとのことです。そして、バンスさんの母親も、子供のころは生活が乱れていた祖父母に育てられてきました。母親はバンスさんがイエール在学中、ヘロインに手を出し、今も薬物依存との戦いを続けているようです。


バンスさんは現在の政治状況について「ヒーローのいない時代だ」と指摘します。オバマ大統領は期待されたけど、多くの人からは懐疑的にみられている。ブッシュ前大統領の支持者は少なく、クリントン元大統領も倫理的な腐敗のシンボルだとみられている。レーガンは亡くなって久しい。米国は2つの戦争に多くの兵士を送り込んだけど、経済は安定した賃金を確保することもままならないとみられています。亡くなったとき72歳だったバンスさんの祖母が最も誇りにしていたのは、自分の家族が第二次世界大戦で戦ったことだったそうです。祖母にとっての神はイエス・キリストとアメリカ合衆国でした。しかしそのアメリカ合衆国は、多くの人からアメリカンドリームを体現する存在ではなくなってきているとみなされています。

多くの米国人はオバマ大統領に違和感を感じています。肌の色だけが原因ではなく、一流大学を優秀な成績で卒業し、聡明で、裕福で、憲法の教授のような完璧な英語を話す。親戚のなかに大卒者は一人もいない貧乏な家庭で、ケンタッキーなまりの英語を話し、酒や薬物におぼれる家族と暮らしているような生活を送っている人たちには何の共感もできない存在なのです。こうした人々は今の米国の社会は自分たちのための社会ではないと感じているし、自分たちの生活がうまくいっていないことも自覚しています。オバマ大統領はこうした人々の複雑な心情をかき乱します。

バンスさんはオバマ大統領について、こう書いています。

"He is a good father while many of us aren't. He wears suits to his job while we wear overalls, if we're lucky enough to have a job at all. His wife tells us that we shouldn't be feeding our children certain foods, and we hate her for it ---not because we think she's wrong but because we know she's right."

こうした人々は主要メディアも信用していません。保守系のFOXニュースでさえ、オバマ大統領はハワイ生まれだと言っているのに、世論調査では保守層の間では「オバマ大統領は外国生まれだ」との回答が32%に達し、19%は「定かではない」と答えています。一方で、インターネット上や保守系ラジオから流れる拠のない情報は信じ込みます。米中枢同時テロは米国政府の企み、オバマケアは米国民にマイクロチップを埋め込もうとしている、ニュータウンの乱射事件は銃規制に関心を向けるための政府の陰謀、オバマ大統領は戒厳令を発動して3期目を務めようとしている、といった情報です。どれだけの人がこうした情報を信じているかは定かでないですが、多くの人々がオバマ大統領が米国生まれでないと信じているなかでは、相当な数の人たちがこれらの情報を信じている可能性はあります。

一方で、保守系の政治家たちも、生活に苦しんでいる人々に一生懸命勉強して、真面目に働き、新しい生活を築くように訴えかけたりはしません。彼らの言説は"It's not your fault that you're a loser; it's the government fault."といったものです。

バンスさんは今の米国社会の仕組みや、貧しい人々が暮らす生活環境が厳しいものであることを否定するわけではありません。ただ、自身や姉のように生活を改善できる人もいることを踏まえて、"No person's childhood gives him or her a perpetual moral get-out-of-jail-free-card"だとしています。重要なのは身近にロールモデルがいることで、宗教上のコミュニティーがそうした役割を果たすことも指摘しています。またバンスさんのような家族にとっては、祖父母や親戚の役割が非常に大きともしています。そして、政府はコミュニテイーの問題を解決できるほど力があるわけではないとして、"Studies now show that working-class boys like me do much worse in school because they view schoolwork as a feminine endeavor. Can you change this with a new law or program? Probably not"とも疑問を投げかけます。

バンスさんは、自身の子供時代と同じような境遇にあるブライアンという15歳の少年について、このように考えたといいます。

"There are many cards left to deal: whether his community empowers him with a sense that he can control his own destiny or encourages him to take refuge in resentment at forces beyond his control; whether he can access a church that teaches him lessons of Christian love, family, and purpose; whether those people who do step uo to positively influence Brian find emotional and spiritual support from their neighbors"

まぁ、そうなんでしょうな。



このストーリーはあくまでバンスさん個人が経験した内容で、どこまで一般化できるかどうかは分かりません。バンスさんもこのことは冒頭で断っています。でも、実際にこうした生活を経験した本人が書いている話で、外部の人間はなかなか家庭内の事情までは踏み込んで知ることはできないだけに、傾聴に値する話なんだと思います。

家庭は大事だよね。

2016年8月28日日曜日

Bootlegeer's Daughter

"Bootlegger's Daughter"という本を読んだ。ミステリです。

この本を選んだきっかけは、英語で好きなジャンルである推理小説でも読んでみようかということだったのですが、英語圏の有名作家が誰なのかも知らないもので、どの本を選んでよいのか分からない。そこで「伝統的なミステリ」を対象とするアガサ賞受賞作から選んでみた次第です。

ウィキペディアによると、アガサ賞が対象とする伝統的なミステリとは、

あからさまな性描写や過激な流血、暴力シーンがないミステリ作品と緩やかに定義されていて、たいていは、警察官や私立探偵ではない一般の人が主人公となり、狭い地域を舞台として、お互い顔見知りの人々の中で起きる事件や謎を解決するミステリ

とのこと。映画化されるような「サスペンス+アクション」みたいなのではなく、プロット重視の「謎解き」みたいな感じなのではないでしょうか。

作者のMargaret Marronはアガサ賞の常連で、ほかにもいろんな賞をとっています。2013年には、Mystery Writers of Americaが授与する最高賞であるGrand Master Awardを取っています。そうそうたる面々が受賞している賞ですから、なかなか立派な作家なのでしょう。


で、読んでみた感想としては、面白かったです。派手なアクションもないうえ、不可能犯罪的なトリックもありませんが、きちんと意外な人物が犯人ですし、その動機も納得できるように思えました。オープニングもショッキングです。同性愛者が出てきます。あまりストーリーとは関係ないですが、双子も出てきます。

主人公はノースカロライナ州のDeborah Knottという女性弁護士で、民主党からDistrict Judgeに立候補しているという設定。その予備選で、Luther Parkerという黒人の弁護士と、候補者の座を争っています。その最中、18年前の未解決殺人事件の被害者の娘から、「18年前に母親が死んだときの真相を探ってほしい」と依頼されます。その調査の過程で、新たな殺人事件も発生します。つまり、選挙の話と、謎解きの話の2本立てでストーリーが進行するわけですね。だから、登場人物はやたらと多いです。ミステリなので、このやたらと多い登場人物の全員が怪しいように思えます。だから、最初のうちはやたらと読むのに時間がかかるのですが、だいたい「この人は悪い人じゃないな」とか「どう考えたって仲間だな」というのが分かってくると、スムーズに読めるようになりました。

正直、ミステリが読みたくで選んだ本ですから、選挙の話はややこしいばかりで面白くないようにも思えます。ただ、Deborahの父親のKezzie Knottという人が魅力的で、もともとは密造酒とかマリファナ栽培なんかに手を染めていた悪い人なうえ、脱税で起訴されて、8カ月ほど刑務所に入っていたこともあったけど、知事や上院議員の動きによって、この起訴と収監の記録は抹消されているという設定です。この本では、すべての謎が解決した後で、このお父さんがいろいろとなんやかんやして、選挙の話で、先に続くような展開が出てきます。この本は1992年に出版されたDeborah Knottシリーズの第1作で、2015年8月までに20作出ているみたいなので、今後は政治の方の話も大河ドラマ的な展開になっていくんじゃないでしょうか。間違っているかもしれませんけど。

次作も読んでみたいと思います。

2016年7月14日木曜日

"The Long Game"

共和党のミッチ・マコネル上院院内総務の自伝”The Long Game”を読んだ。5月31日発売。以前、民主党のハリー・リード上院院内総務の自伝"The Good Fight: Hard Lessons from Searchlight to Washington"を読んだときから、マコネルさんの本も読んでみたいと思っていたので、待望の新刊だったわけです。マニアックな話ですが。

リードさんの本は、自分の子供時代の友人や学校の先生たちについて事細かな描写や分析があったり、弁護士時代のエピソードなんかはミステリ風にも読めたりして、なかなか楽しめました。上院院内幹事になってからの議会工作についても、「あの議員はこんなポストを要求した」なんていう話を盛り込んだり、法案に賛成した議員と反対した議員の名前を羅列したりしてあった。なんか冒険譚っていう感じです。ただ、その分、「このリードさんはどうして政治家になりたかったのだろう」とか「なんで民主党なんだろう」なんていう感じがしたのも事実で、全体的に「リードさんは根っからのケンカ屋で、政策云々よりは勝ちたいっていうだけの政治家なんじゃないか」という印象を持ちました。

これに対してマコネルさんの本は、比較的あっさりしています。他人に対する評価はそれほど多くなくて、基本的には自分の行動や政治の流れを時系列で追いながら、そのときの思いとか分析とか自分の理念とかを書き綴っていくという内容です。だから、面白くないっちゃぁ面白くないんですが、「共和党の本流の人たちっていうのはこういう者の考え方なのか」とか「リードさんとは随分違うな」と思うと、それはそれで面白いです。

ただ、このマコネルさんが口を極めて批判している対象が3つあります。一人目はオバマ大統領。次がオバマ大統領在任中にオバマケア撤廃を強硬に訴えるような共和党内の勢力。最後がリードさんです。

オバマさんについては、ほとんど生理的に嫌いといった印象を受けます。もう、何から何まで気に入らない。誰かからオバマ評を尋ねられた際には、いつでもこのように答えるそうです。

“He’s no different in private than in public. He’s like the kid in your class who exerts a hell of a lot of effort making sure everyone thinks he’s the smartest one in the room. He talks down to people, whether in a meeting room among colleagues in the White House or addressing the nation.”

政治上の立場的にも全く違います。

“He has a bold progressive agenda, and if he can’t get what he wants through the legislative branch, he’ll work to do so through the bureaucracy.”

“Knowing I could do little to change this perspective on things, my goal has been to stop him when I think he’s pushing ideas that are bad for the country.”

それだけに2010年にオバマケア関連法が上院共和党の40議員から1人の賛成も得ずに成立したことへの怒りは大きかったそうです。無念さに涙を流したとうい描写も出てくる。ただ、共和党議員が団結できたことには達成感もあったとのこと。

2011年の債務上限引き上げをめぐるオバマ大統領との噛み合わない感じも面白いです。2010年の中間選挙で下院を奪還した共和党としては債務上限引き上げをするなら、歳出削減とセットでなければならないという立場。マコネルさんは下院は共和党がとったんだから、それぐらいの歩み寄りは当然だろうと思うわけです。でも、オバマ大統領との協議は上手くいかない。オバマ大統領は協議の場でいかに自分の立場が正しくて、共和党の立場が間違っているかを長々と語り始めて、相手に自分の主張を受け入れさせようとするわけです。マコネルさんは「私だったら、民主党との交渉の場で、いかにリベラリズムに瑕疵があるかを語るようなことは生産的だとは思わない。そんなことは相手の立場を尊重していないだけでなく、ただの時間の無駄だ」としています。

ベイナー下院議長はオバマ氏からの電話を受けても、受話器を机に置いて、別の誰かと会話をしていたそうです。マコネルさんは「自分はそこまではしていないが、テレビで野球の試合をみていたことはあった」なんて書いています。

で、結局、オバマ大統領は交渉をバイデン副大統領に丸投げすることが多かった。バイデンさんといえば長話というエピソードはこの本でも面白おかしく書かれていて、「時間を尋ねたら、時計の作り方から話し出すような男」だとのこと。でもそのうえで「彼は話すだけの男ではなく、相手の話に耳を傾けることもできる男だ」とも評価しています。

“Joe, on the other hand, made no effort to convince me that I was wrong, or that I held an incorrect view of the world. He took my politics as a given, and I did the same, which was what allowed us to successfully negotiate when it came to our discussion on taxes in 2010.”

で、このマコネルさんとバイデンさんのディールがBudget Control Act of 2011につながる。裁量的歳出を10年間で900ビリオンドル削減し、共和党6人、民主党6人の”super committee”を作って、追加的な1.2トリリオンドルの昨年についても協議するという内容です。で、債務上限は引き上げる。これこそが「ディール」だというマコネルさんのドヤ顔が浮かびます。


一方、共和党強硬派に対する批判も、オバマ氏への怒りと表裏一体な気がします。「現実を無視したような主張をして、アメリカを混乱に陥れるなよ」っていう感じですね。2013年の財政の崖や政府機関閉鎖をめぐる協議に臨む際の心境については、

“Speaker Boehner and I were prepared to fight for the Bush-era tax cuts to extend to all Americans on a permanent basis, but we also had to be realistic. A cornerstone of Obama’s reelection campaign was the promise to increase taxes on the wealthy. It was not possible that the Democratic-controlled Senate would pass the bill we wanted --- a bill that was in direct opposition to Obama’s promise --- or that Obama would sign it.”

と振り返ります。

こういうとき共和党の強硬派は「指導部は生ぬるい」なんて批判して、予備選で現職候補に対抗馬を立てたりする。でも、その対抗馬は例え予備選に勝ったとしても、本選では民主党候補に勝てる見込みがないことも多く、そんなことしたって共和党の不利に働くだけだったりするわけです。そもそもオバマ大統領が拒否権をもっているのに、「オバマケアを撤廃する」なんていう公約を掲げたって、それは有権者をミスリードするだけじゃないかというわけですね。

“These groups convinced people that the only acceptable outcome was getting exactly what they wanted, when those things were, at a time when Democrats held the White House and at least one house of Congress, impossible to get.”

“So telling Republican primary voters they should settle for nothing less than ensuring that Obamacare is repealed was selling an impossible idea.”

なかでもサウスカロライナ州選出のJim DeMint議員への批判は厳しいです。一方で、テッド・クルーズ上院議員の名前は一度も出てきません。つまんないの。


あと、リードさんについては「好きだし、個人的に憎しみを抱いているわけじゃない」としています。ただ、

“But Harry is rhetorically challenged. If a scalpel will work, he picks up a meat-ax. He also has a Dr. Jekyll and Mr. Hyde personality. In person, Harry is thoughtfull, friendly and funny. But as soon as the cameras turn on or he’s offered a microphone, he becomes bombastic and unreasonable, spouting things that are both nasty and often untrue, forcing him to then later apologize.”

と評しています。わはは。分かるような気がしますね。やっぱりケンカ屋のイメージです。

でも、リードさんが上院院内幹事時代の大勝利として生々しく描写した2000年の選挙で民主党と共和党の議席が50対50になったけど、共和党の上院議員が無所属に寝返った結果、民主党が多数派になった件については、

“Democrat Tom Daschle, who had become majority leader the previous June as a result of Jim Jeffords’s switch from Republican to Independent, announced that the Senate would convene the next day.”

とほんの一言触れているだけです。

2013年にリードさんが行使した核オプションについても、事実関係を述べているだけ。舞台裏の描写とかはないです。つまんないの。まぁ、マコネルさんにすれば大敗ですから、無理もないですけど。


“The Long Game”というタイトルは、従軍経験があるお父さんがアイゼンハワー支持者だったことをきっかけに、14歳だった1956年の共和党党大会の様子をみて共和党の理念に共感するようになって、高校時代、大学、ロースクールと学生代表を務め、インターンとして仕えたことがあるJohn Sherman Cooper上院議員に憧れて上院議員を志し、準備に準備を重ねて上院議員になった1985年に多数派の上院院内総務になると決意し、辛抱に辛抱を重ねて2014年になってようやくその夢を実現させたというマコネルさんの生き様を表しているものです。

院内幹事や院内総務に立候補したときは、ポケットに全議員の名前を書いたカードをしのばせて、「あなたに投票する」と確約した議員にチェックを入れていって票を固めていったそうです。「あなたは良い院内総務になるでしょうね」なんていう返事をする議員には、「じゃぁ、私に投票してくれますか」と詰める。そこで「イエス」と答えなければ、固めた票としてはカウントしないとのこと。渋い。マコネルさんは政治マンガでは「カメ」として描かれることが多いですが、まさにそういう粘りが信条の政治家なんでしょう。


その他のエピソードもいろいろとあります。

ゴールドウォーターについては大学時代の1962年に一緒に撮った写真を今でも執務室に飾っているほどで「政治的なヒーロー」の一人だそうです。ただ、ゴールドウォーターが1964年の公民権法案に反対票を投じたことに失望して、その年の大統領選ではリンドン・ジョンソンに投票したとのこと。

現職を僅差で破って上院議員に初当選した1984年の選挙ではロジャー・アイルズの世話になったそうです。効果的なテレビ広告を作ってくれた。

政治資金規制については、有権者の表現の自由を奪うものだとして徹底的に反対してきたそうです。

“Despite the argument offered by the Left, limiting a candidate’s speech does not level the playing field, it does the opposite. Like trying to place a rock on Jell-O, pushing down on one type of speech just raises that speech elsewhere, allowing someone else to control the discourse --- the press, the billionaire, the special interests, the incumbent. On more personal level, my first run for the Senate brought these issues to light in a concrete way. I never would have been able to win my race if there had been a limit on the amount of money I could raise and spend. ”

わはは。なるほど。

あと、第二次世界大戦当時、子供だったマコネルさんの日本に対する原爆投下時の感慨が面白い。マコネルさんのお父さんは欧州戦線から戻ってきて、次は太平洋戦線に向かう予定だったタイミングでの原爆投下だったそうで、

“But to the substantial relief of our family, President Truman dropped the A-bomb on Japan. Knowing the potential suffering this saved my dad, and the great number of lives spared by bringing an end to the war, there’s never been any second thoughts in our family about the wisdom of that decision.”

と振り返っています。そりゃ、そうだわな。戦争なんてやるもんじゃないですね。

それとどうでもいい話ですが、マコネルさんが子供時代、何度も近所の大柄な子供にいじめられているのを目撃したお父さんから「殴り返せ」と言われて、勇気を振り絞ってケンカしたら、勝ったというエピソードが出てきます。

この手のエピソードは、これまでに読んだ米国人のほとんどの自伝に出てくるような気がします。だから真偽のほどは眉唾な気もするのですが、米国人としては大好きな類いの逸話なんでしょうね。


ということで、結構面白かったですね。マコネルさんはいい人だと思います。

2016年6月17日金曜日

"Stories of Your Life and Others"

"Stories Of Your Life and Others"を読んだ。テッド・チャンのSF短編集です。随分と前に日本で話題になったころ、日本語で読んだことがあります。ケン・リュウさんが"The Paper Menagerie and other stories"の後書きで、"The Man Who Ended History: A Documentary"は、テッド・チャンの"Liking What You See: A Documentary"を読んで着想を得たと書いていたので、「どんな話だったかなぁ」と思って読み直してみることにしました。

SFはあまり読まないので、日本語で読んだとき「SF作家っていうのはすごいことを考えるもんだなぁ」と感心したのを覚えています。なかなか難解なところもあったので、英語できちんと読めるものかどうか不安だったのですが、英語でも楽しむことができました。まぁ、日本語で一度読んだことがあるから、当たり前っちゃぁ当たり前ですが。

収録作品は、

Tower of Babylon(バビロンの塔)
Understand(理解)
Division by Zero(ゼロで割る)
Story of Your Life(あなたの人生の物語)
Seventy-Two Letters(七十二文字)
The Evolution of Human Science(人類科学の進化)
Hell is the Absence of God(地獄とは神の不在なり)
Liking What You See: A Documentary(顔の美醜について:ドキュメンタリー)

の8本。日本語版と同じです。

いずれも面白いですが、やっぱり"Story of Your Life"が面白いですね。「SF作家っていうのはすごいことを考えるもんだなぁ」と思ったのはこの作品で、異星人との交流、人類とは全く異なる思考方法といったテーマを言語学の知識を元にして書かれています。あと、信仰を扱った"Hell is the Absence of God"も好きです。"Seventy-Two Letters"は遺伝子とかオートマタとかを扱った作品ですが、これはフィクション上の設定を理解するのが難しかった。"Understand"は特殊なホルモンの効果で頭脳がめちゃくちゃハイスペックになった男性の話。最終的にはサイキックバトルになります。"Liking What You See: A Documentary"は顔の美醜を判断できなくなる脳への措置が現実になった世界の話。外見至上主義"Lookism"への批判から、こうした技術が導入されようとしているっていう設定で、面白いんですが、「まぁ、そんなに真剣に考えるほどのことでもないかな」とも思いました。

チャンさんはニューヨーク州生まれの中国系米国人。中国生まれのリュウさんとはバックグラウンドが違います。リュウさんのような漢字とか東アジアの歴史をモチーフにした作品はありません。本業はテクニカルライターだそうです。書くべき題材が見つからなければ小説は書かない主義で、寡作だとのこと。そりゃ、面白い話ばかりになりますわな。

"Story of Your Life"は"Arrival"というタイトルで映画化が進んでいます。英国では11月に公開。米国は未定なのでしょうか。(参照)例の"Heptapod B"をどう表現するんでしょうかね。

2016年5月13日金曜日

"The Paper Menagerie and other stories"

"The Paper Menagerie and other stories"を読んだ。中国出身のSF・ファンタジー作家、Ken Liu(ケン・リュウ)の短編集です。米国版は2016年3月出版。日本版の短編集「紙の動物園」は2015年4月に出ています。短編集ですから、それぞれの作品はそれより先に発表されていて、日本の方で先に短編集が出たってことなんでしょうね。

表題作の"The Paper Menagerie"は2011年発表。この年のヒューゴー賞ショート・ストーリー部門、ネビュラ賞ショート・ストーリー部門、世界幻想文学大賞短編部門賞の三冠を獲得しました。これが日本のSFマガジン2013年3月号に掲載されています。

いつもチェックしている前川淳という折り紙作家のブログで2014年6月と2015年5月に「紙の動物園」が紹介されていて、読んでみたいなと思っていました。そしたら英語の短編集も最近になって出たということで、早速購入してみた次第です。

日本語版、英語版とも15編の収録ですが、作品は異なっています。同じなのは7作品。

The Paper Menagerie(紙の動物園)
Good Hunting(良い狩りを)
Mono No Aware(もののあわれ)
A Brief History of The Trans-Pacific Tunnel(太平洋横断海底トンネル小史)
The Waves(波)
The Bookmaking Habits of Select Species(選抜宇宙種族の本づくり習性)
The Literomancer(文字占い師)

英語版だけに載っている8作品は以下の通り。

State Change
The Perfect Match
Simulacrum
The Regular
An Advanced Readers' Picture Book of Comparative Cognition
All the Flavors
The Litigation Master and the Monkey King
The Man Who Ended History: A Documentary


どの作品も面白いです。

日本語版と共通作品のなかでは、「紙の動物園」「もののあわれ」「波」「文字占い師」、

英語版のみの作品のなかでは、

インターネットの検索を牛耳る企業による情報統制が常態化した社会を描く"The Perfect Match"

サイボーグ化した中国系米国人の女性のアクション活劇"The Regular"、

19世紀のゴールドラッシュで西海岸にやってきた中国人労働者の集団と三国志の関羽雲長のストーリーをごちゃませにした"All the Flavors"、

不都合な歴史を押し隠そうとする清王朝とそれに抵抗する詭弁家の男の話を西遊記で味付けした"The Litigation Master and the Monkey King"、

意識だけをタイムトリップさせて過去を観察する技術を開発した日系女性物理学者と、その夫で第二次世界大戦中の日本の731部隊の実体を世に知らしめようとする歴史家の男性の行動をとりあげながら、歴史と現在の関係性について考察した"The Man Who Ended History: A Documentary"

なんかが印象的です。

ケン・リュウさんは中国の甘粛省蘭州市生まれで11歳で渡米したということです。中国、台湾、日本の文化や歴史にも詳しいのでしょう。「もののあわれ」では典型的な日本人観に基づいた日本人を描いています。一方、"The Man Who Ended History: A Documentary"では、第二次世界大戦中の日本人による残虐な行為を中国視点で描きつつ、日本としての「歴史的な過ちは認めるんだけれど、過去の行為を否定しきってしまうこともできない」という悩ましい内面も描いています。


また別の本も読んでみたい。