2011年10月14日金曜日

切符を買う国


スペインからAさんがいらっしゃいました。火曜日の話です。なんでも上海で友達の結婚式があったので立ち寄ったとのこと。まえさんと一緒に夜会合。Aさんは、このイベントを企画した人です。

Aさんはスペイン人の友人2人と一緒だったのですが、なんとか楽しくコミュニケーション。同じ学校で学んだ者同士、マニアックな共通の関心事が見つかるもんです。スペインの再生可能エネルギー事情で、太陽光発電の買い取り価格を高く設定しすぎた結果、太陽光バブルが起こって電力会社の経営が立ちゆかなくなったことは知っていたんですが、なんかいろいろと不正もあったとのこと。太陽光パネルを設置した人が、「お前ん家のパネルでそれだけ発電しようと思ったら、夜も発電してなきゃおかしい」というぐらいの水増し請求をしたりとか。「補助金のあるところに不正あり」だそうです。あと、地方分権を進めたら、汚職が増えたんだって。ありそうな話です。

ただ、六本木に連れていくために地下鉄に乗ったところ、「改札に駅員がいないのに、みんなが切符を買うってすごいな。スペインだったら、誰も切符なんて買わないぜ」とか言って驚いてました。そりゃ、太陽光発電の水増しぐらいはやるわな。

それとスペインでは網で追い込んだマグロを銛で突いて引き上げる「マッタンツァ」という漁法があるそうで、それが「残虐だ」と避難されているそうです。それで「スペインの中でも問題になっているのか」と聞いてみたら、「全然。スペインは闘牛で牛を殺すようなクレイジーな国だ」って笑ってました。明るくていいね、スペインの人たちは。あと、六本木では「こんなに黒人がいるとは思わなかった」と驚いてた。六本木のモータウンハウスという外国人が集まるバーでビールをおごってもらったのですが、あのあと3人はどこに行ったのでしょう。1時になっても、ホテルに帰る気は毛頭ないようでした。

今度はこちらからスペインに行きたい。まじで。

2011年10月5日水曜日

Kafka on the Shore


"Kafka on the Shore"を読み終わりました。日本人が書いた小説ならバックグラウンドの知識とは関係なしに楽しめるのではないかと考えて、ウィキペディアによると村上春樹が世界的に評価されるきっかけになったらしい「海辺のカフカ」を選んでみました。面白かったです。

自慢じゃないけど、村上春樹を読んだことがなかった。謎めいた登場人物に謎めいた状況設定。なんか普通のミステリー小説みたいに楽しめるなぁとか、宮部みゆきとか伊坂幸太郎の小説にこんな感じの登場人物がいたなぁ、なんて思いながら読んでいたのですが、最終的にはなんだか変な話になって終わりました。ここからいろいろと意味を読み取るのが楽しみ方なんでしょうね。

いろんなキャラクターのなかで一番心情が理解できるのはナカタですね。心情なんていうものがあるのかどうかも怪しいですが、一番自分に似ている気がします。次はサクラですね。意外に。ホシノは普通の人ですよね。カフカとかサエキは分かんないな。辛気くさい。オーシマは何なんでしょうね。一番理解するのが難しい。

そういえば、「思考の整理学」(参照)を読んだとき、本当の読む力(未知のものを読む力)をつけるには、文学を読むのが一番だというようなことが書いてありました。村上春樹はノーベル文学賞を取るんじゃないかと言われるほどの人ですから、英語の勉強方法としては正解なのかもしれません。

まぁ、もっとじっくり、繰り返し繰り返し読むべきなんでしょうけど。

2011年10月1日土曜日

人食い大統領


ウガンダから帰国されたSさんと、東京組のまえさんとOさんとともにお酒を飲む。

ウガンダといえば、「人食い大統領」としてアントニオ猪木との異種格闘技戦の話もあったというアミン大統領ぐらいしか知らないわけですが、標高が高い土地だということで意外に快適ですごしやすいところだそうです。Sさんは元気そうでした。まえさんとOさんはこれまでにも何度か会ってますが、こちらはこちらで元気に働いていらっしゃいますです。

今日の飲み代はすべてSさんにおごってもらいましたことを記録しておきます。文章にしておかないと、おごってもらったことを忘れる可能性があるので。

ありがとうございます。ありがとうございます。

2011年9月5日月曜日

The Bone Collector

ボーン・コレクター読了です。本当ならば刑事コロンボの小説版を読みたかったのですが、キンドルでは売っていないようです。で、遠い昔に映画で見たことがあるこの本を選んでみました。映画はデンゼル・ワシントンとアンジェリーナ・ジョリーが主演。

まぁ、正直言って、そんなに面白くない。私は推理小説は結構好きなんですけど、朝から通勤電車で読むような話ではないですね。頭のおかしな殺人者が次々と人を攫って、殺そうとするなんていう話は。

ストーリー展開もそんなにね。犯人が殺人現場に、意図的に次の犯行の手がかりを残していくんですけど、なんかありきたりです。犯人が昔のニューヨークで起こった連続殺人事件をなぞるようにして犯行を繰り返すっていうのも、ベタ。あと、途中からは同じパターンの繰り返しで、ダレる。1998年の作品ですから、斬新かどうかを問うのは間違っているわけですが。

日本語で読めば、もうちょっとキャラクターがつかみやすくて面白かったかも。小説は日本のものの方が楽しめるのかもしれません。

2011年8月2日火曜日

The Voyages of Doctor Dolittle


読了しました。いわゆる「ドリトル先生航海記」です。長男(小2)と一緒に図書館に行ったときにこの本の日本語訳があったのを見つけて、私自身が小学生だったころにドリトル先生シリーズに随分とハマっていたことを思い出していたのです。大人になっても面白いお話でした。

ドリトル先生といえば、動物と話せるお医者さん。今となってはそんなに目新しい設定でもないのかもしれませんが、ストーリー展開はかなりぶっとんでいる。10歳のスタビンズ少年がケガをしたリスの治療のためにドリトル先生を探しあてて、先生の家に住み込んで動物の言葉を勉強するようになって、ついにはブラジル沖にある浮島「スパイダーモンキーアイランド」への航海に同行するという話。ドリトル先生が会いたいと切望している偉大なナチュラリスト、ロング・アローさんとか、大西洋のどこかにあるというものすごく深い穴とか、複線として配置された様々な謎が最後には見事に回収されてエンディングに向かいます。ドリトル先生がとある町の闘牛を止めさせる話とか、ドリトル先生が王様になってしまう話とかいった面白エピソードも満載で、面白いったらありゃしない。

ドリトル先生が巨大カタツムリと話すシーンがあるんですが、ドリトル先生はカタツムリ語を話せない。それで、ドリトル先生がイルカに話して、イルカがそれをウニに伝えて、ウニがそれをヒトデに伝えて、ヒトデさそれを巨大カタツムリに伝える。とんでもないホラ話なわけですが、すぐに「ドリトル先生は巨大カタツムリ語も話せる」という設定ではないところが妙にリアル。ドラえもんだったら、「翻訳こんにゃく」で一発解決なんですがね。王様になったドリトル先生の葛藤なんていうのもなかなか考えさせるものがある。

キンドル版ですが、作者のヒュー・ロフティング自身が手がけた挿絵もたくさん載っています。懐かしい。

ドリトル先生みたいな、見た目は大したことないんだけれど、本当はすごい実力をもっているというキャラクターは私のヒーロー像であるような気がします。刑事コロンボとかマスター・キートンとかね。友達少なそうな人ばかりですが。

画像はかの有名なオシツオサレツ(pushmi-pullyu)。オシツオサレツはこの本にも一瞬だけ登場しますが、この画像はなかったです。

2011年7月26日火曜日

More Money Than God


読了しました。"More Money Than God"という本で、ヘッジファンドの歴史を描いた本です。ヘッジファンド界の出来事や中心人物のエピソードを中心にした堅苦しくない本。面白かったです。

ヘッジファンド界最初の成功者は、Alfred Winslow Jonesという人だそうです。彼が最初のヘッジファンドを立ち上げたのは1949年。4人の友人から6万ドルを集め、自分自身でも4万ドルを投資します。
で、1968年までの累積のリータンは5000%。1949年の1万ドルが、約20年で48万ドルになった計算です。

それまでは資産を預けるという行為は、財産を保持することが目的で、その預け先はFedelityやPrudentialなんていう会社だったわけですが、Jonesはもっとアグレッシブな運用をしたというわけですね。Jonesの運用は他を圧倒していた。例えば、1965年までの5年間のJonesのリターンは325%。他のファンドは最高でも225%だったそうです。

Jonesの戦略のキモは、空売りとレバレッジ。これらの手法は大恐慌前の1920年代にもあったんだけど、Jonesはそれをリスクコントロールのために使った。上げ相場のときに株を買うだけでなく、価格下落のリスクを空売りでヘッジしながら買いを入れることで、より大きなポジションをとることができる。

とまぁね、こんな話から次から次へと出てくる本です。Jones以外にも、コンドラチェフ波動を投資分析に取り入れたMichael Steinhardt (Steinhardt, Fine, Berkowitz & Company)、ココア市場の分析からefficient-market theoryを否定したHelmut Weymar (Commodities Corporation)、チャート分析から投資家心理を読み取ったMichael Marcus (Commodities Corporation)、ファンダメンタル分析とチャート分析を使い分けり、キャリートレードを始めたりしたBruce Konver (Commodities Corporation)なんていうところから始まって、George Soros (Quantum Fund) とか Julian Robertson (Tiger Management)、 Paul Tudor Jones (Tudor Investment Corporation)とか、LTCMとかルネサステクノロジーとか。あと最近のジョン・ポールソンも。いちいち読み返すのが面倒くさくなってきましたが、いろんな人が登場します。多分、普通の人が知っているような人は全員でてくる。

もともとはソロスがポンドを売り崩したという話が知りたくて、この本を読もうと思ったわけですが、そういう話の本ではなかった。肝心のソロスとポンドの話は、もともとEurope's exchange-rate mechanismという各国通貨の為替レートを安定させる仕組みがあったところに、東西ドイツの統合でドイツ国内での需要拡大がインフレ・金利上昇を生んで、マルク高ポンド安のトレンドになった。イギリスはポンド安を阻止するために金利を引き上げたいんだけど、国内景気が悪いもんだから金利引き上げを見送り。イギリスはそれでも為替は安定させなければならないから無理なポンド買い介入を続けていたんだけど、ドイツのブンデスバンク総裁のHelmut Schlesingerが「欧州各国の通貨制度を見直すべき」と発言したと伝えられて一気にポンド安のトレンドが加速。ソロスはポンド売りを仕掛けて、仕掛けて、徹底的に仕掛けて、大もうけした。とかいう話でした。1992年の話だったと思う。

ちょっと長すぎる本でしたが、これを機に個別の人物にテーマを絞った本を読んでみたりするのもいいかもしれないと思わないこともないこともないです。

ちなみにタイトルにある"God"というのは、JPモルガンさんのことだったと思います。

2011年5月14日土曜日

Battle Hymn of the Tiger Mother


"Battle Hymn of the Tiger Mother"を読んでみた。大変面白い。

ブッシュ前大統領もご卒業されたイェール大学の教授で中国系アメリカ人女性Amy Chuaが「中国式子育て」をつづった本です。これがまた引いてしまうほどのスパルタ式教育ということで、アメリカで物議をかもしたことが日本でも少しニュースになりました。

で、彼女の子育ての背景にある信念というのが、「数学でも、ピアノでも、野球でも、バレエでも、子供が何かひとつにでも成功すれば、子供は褒められて、満足し、自分に自信を持つようになり、楽しくなかったものを楽しめるようになる」というもの。まぁ、日本人でもそんな考え方をする人もいる。KANの「すばらしい人生」にだって、「あれほど逃げまわっていたピアノを弾きながら」という歌詞がありますよね。知りませんか、そうですか。

ただ、Amyさんのすごいところは、その方針が徹底していること。曰く、「Aマイナスは悪い成績である」「数学の授業ではクラスメイトより2年先をいっていなければならない」「子供が先生に従わなかったら、親は必ず先生の側に立つ」「友達の家でのお泊まり会なんて許さない」「子供は親の命令には絶対服従」「西洋の子育ては子供の自尊心に気を遣いすぎ」なんていった具合です。私がAmyさんの息子だったら、殺されているところです。

Amyさんには2人の娘がいます。長女のSophiaはピアノを習わせた。思惑通りに練習に励み、ピアノもどんどん上達していく。なんせ旅行先でもホテルやバーのピアノを借りて、必ず毎日練習させたというからそりゃあもう上達するわけです。

で、次女のLuluにもピアノを習わせた。ところが、このLuluさんが相当な頑固者。幼稚園の入園試験で、Luluはブロックを数えるように言われた。でも、彼女は一言も口にしない。慌てたAmyさんが「何やってんのよ」と囁くと、Luluは「頭の中で数えたの」。Amyさんは自分の信念を曲げて、「ちゃんとできたらキャンディーを買ってあげるから」と買収。すると、もう1度4個のブロックを数えるように言われたLuluは、「11,6,10,4」と数える。次は8個のブロックを前にして、「6,4,1,3,0,12,10,8」。なんという漢気。完全に大人をなめきっている。そんなLuluとAmyさんは、この後も繰り返しバトルを繰り広げることになります。

ピアノの練習をしろと言われた、LuluはAmyさんにパンチ、キック、かみつき。さらには楽譜をつかんで破り捨てる。するとAmyさんは楽譜をテープでつなげて破られないようにプラスチックのケースにいれて、「あなた大事なお人形さんの家を寄付しちゃうわよ」と脅迫。これに対してLuluは「本気だったら、さっさとサルベーションアーミー(慈善団体みたいなもん)に行けばいいじゃない!」と反撃する。

Amyさんは、Luluが上手にピアノを弾けないときは、「失敗するのが怖いから、わざと失敗している」と感じるタイプの人だそうです。ユダヤ系アメリカ人で、Amyさんとおなじくイェール大教授かつベストセラー作家の旦那さんは娘たちがいないときに、「いい加減にしないか。子供を傷つけるのはやめろ」と言うらしいですが、Amyさんは「傷つけてなんかいない。モチベーションを高めているだけ」と言い返す。旦那さんは「Luluはまだ小さいから、難しいことはできないんだ。君はそんなことを考えたことがあるの?」と切り返すわけですが、「あなたはLuluの可能性を信じてないのよ」と猛反論。読んでいるだけで、疲れてしまうような生活です。

こんな生活を繰り返していても、Amyさんはめげない。「私の子育ての副産物は、SophiaとLuluが仲良しになったこと。2人が『おかあさん、狂ってる』と囁きあっているのを聞いたことがある」と明かしながらも、「でも、私は気にしない。私は西洋の母親のように傷つきやすくなんかない。私の子育ての目的は子供たちの未来に備えることで、私を好きになってもらうことではない」と言ってのける。漢です。漢のなかの漢なのです。

とまぁ、こんな感じの生活が日々つづられています。Luluはピアノをやめて、バイオリンを弾くようになるのですが、まぁ基本的には同じ感じ。でも、この後、旦那さんのお母さんの死とか、Amyさん自身の妹の闘病なんていう話も出てくるとAmyさんにも心境の変化がでてくる。「本当は、私は人生を楽しむことが得意ではない。これは私の強みではない」「中国式の子育ては、成果が上がらなくなると脆い」なんていう文章も出てきます。

で、最終的にどうなるかっていう話ですが、Luluはバイオリンを止めることになります。Luluはますます反抗的になり、ついには部屋に閉じこもって自分の髪の毛を自分でぐちゃぐちゃに切ってしまったりもする。そのときAmyさんは心臓バクバクで、思うように言葉が出てないほど動揺しますが、それでも問題はコントロールできるとLuluと対決姿勢を貫く。するとLuluは人前でもAmyさんに反抗するようになり、旅行先のモスクワのレストランでブチ切れ。クライマックスです。

「お母さんなんて嫌い! 私のことを愛してないわ。自分ではそう思っているかもしれないけれど、絶対に違う。一緒にいるといつでも気分が悪くなる。私の人生台無し。そばにいたくない。お母さんはそれでいいの? 最悪の母親だわ。自己中心的で、自分以外のことなんて気にもしない。どれだけ私が嫌な思いをしてるか分かる? 全部自分のためにやってるんでしょ。私のためにやって言っているけど、全部自分のためじゃない! バイオリンなんて嫌い。生きているのも嫌い。お母さんも嫌い。家族も嫌い!」

グラスを床にたたきつける。ガラスが飛び散って、周りの視線が集まる。

「私を1人にしてくれないなら、次のグラスを割る!」

Amyさんはその場から逃げ出して、赤の広場の行き止まりで立ちつくします。


私が旦那さんなら泣いてるな。


現在は家族関係は良好のようです。この本も、家族みんなが目を通して、何度も何度も買い直したらしい。Luluはテニスを始める。ジュリアードの入学試験を受けたほどの腕前だったバイオリンに比べると、まったく上手ではないようですが、自分でモチベーションをもって頑張っている。一度、Amyさんが良いテニスのコーチを見つけようと画策したらしいですが、Luluに拒否されて諦めたらしい。なんとなく、ほのぼのとしたハッピーエンド。

まぁ、自分の子育ての参考になるかどうかというと、ならないです。ただ、優秀な夫婦でも子育てには苦労するんだなと。ほのぼのハッピーエンドのせいもあって、お昼の連ドラを見たかのような読後感でもあります。