2018年11月18日日曜日

イェイイェイナイッ

No.74

昔は意味が分からなかった歌詞の意味が突然分かったりする。この間、分かったのは、昔は「イェイイェイナイッ」と思っていた歌詞だ。

ポンキッキで放送されていた、北極に住んでいるマッコウクジラが南の海を目指すという内容で、「可愛いイルカと踊るぜ イェイイェイナイッ」だとずっと思っていた。25年ぐらいは思い込んでいたのではないだろうか。で、ついこの間、ふとこの歌を思い出して歌ってみたところ、どうも「Day and Night」らしい。「可愛いイルカと踊るぜ Day and Night」。意味もぴったりだ。間違いない。

少なくとも25年前よりは英語力が増していると解釈して、自信を持ちたい。


2005/10/17

コインロッカーの前に

No.73

駅にあるコインロッカーの前に革靴が一組落ちていた。

スーツ姿のサラリーマンが履くような、なんの変哲もない黒の革靴。コインロッカーの方向につまさきを向けるようなかたちで転がっていた。きっちりと揃えられているわけではなく、「脱ぎ捨てられた」という感じだ。

何があったのか知らないが、この靴の持ち主が相当あわてていたことは確かだろう。スーツ姿で駅に着いたはいいが、突然何かが起こったか、思い出したかして、靴を脱ぎ、駅から去っていったということになる。コインロッカーの前ということを重視すれば、なんらかの都合でコインロッカーの中に入らなければならない事情が発生して、とりあえず靴を脱いでコインロッカーの中に身を潜めたのかもしれない。それなら、靴のつま先がコインロッカーの方向を向いていることの説明もつく。問題はそのサラリーマンに何が起こったかだが、私の頭ではさっぱり分からない。

当分の間、駅のコインロッカーを見るたびに、革靴を思い出すことになりそうだ。


2005/10/14

食い逃げ

No.72

食い逃げって簡単にできるのではないだろうか。

外食してレジでお金を払おうとして、誰もいないというケースは結構多い。ファミレスなんかでは、チャイムが置いてあったりもするが、そんなもの、鳴らさずに勝手に帰ってしまうことは十分可能だ。

例え顔を覚えられていたとしても、一度、食い逃げをした店には二度と行かなければいいだけだし、旅先とか、普段の生活範囲から遠く離れた場所であれば、何の支障もない。堂々と店に入って、堂々と注文して、堂々と食事をして、
タイミングを見計らって静かに帰る。それだけのことではないか。実はみんな結構やっているのではないか。きっとそうに違いない。

世の中の人々は、食い逃げをしないでいる私をもっと褒めるべきだ。


2005/10/13

第二の思春期

No.71

官能小説というジャンルがある。

「美人姉妹なんとかかんとか」とか、「女教師ほにゃららほにゃら」とかいったタイトルのやつだ。時代小説みたいなのもある。他のベストセラー小説の文庫本と一緒に「新作コーナー」に積まれていたりするし、結構数も多い。オフィス街にある本屋であるにも関わらずだ。店先を見る限りでは、官能小説に対する需要は相当あるのだと思う。

ただ、買っている人はおろか、立ち読みしている人すらみたことがない。私自身も買ったことがないし、週刊誌で連載されている官能小説的な読み物も読んだことがない。アダルトビデオを借りたり、ヌードグラビアを見るのは平気だが、官能小説を手にすることはためらわれる。

大体、官能小説とはいえ文庫本一冊の量があるのだから、読むのにはそれなりに時間がかかるだろう。スケベな気分になるのに、それだけの時間をかけることに何か理由でもあるのか。何か新しい世界でも見えてくるのか。

600円程度の本に翻弄される心。第二の思春期なのだろうか。


2005/10/12

2018年10月22日月曜日

The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914

“The Sleepwalkers: How Europe Went to War in 1914”という本を読んだ。Christopher Clarkさんというケンブリッジ大学の教授が2013年に出した本です。超複雑かつ長い。どうも3月ごろに読み出したようなのですが、読了まで7カ月かかりました。

とあるブログで名著として紹介されていました。実は日本語訳も出ています。

第一次世界大戦のきっかけはセルビア人の青年がオーストリアの皇太子を暗殺したからだというのは中学校で習う話です。ただ、どうしてこの暗殺が前例のない大規模な戦争につながったのかについては、よく分かっていない人が多いと思います。これはこのあたりの事情を詳しく解説した本です。

でも、答えは簡単ではありません。

最後のConclusionの章はこんな書き出しです。

“I shall never be able to understand how it happened,” the novelist Rebecca West remarked to her husband as they stood on the balcony of Sarajevo Town Hall in 1936. It was not, she reflected, that there were too few facts available, but that there were too many.

要は分からんという結論ですね。

ちなみに前回読んだThe Shortest History of Europeでの説明はこんな感じです。

・ドイツを統一したビスマルクは欧州の安定を望んでいた
・当時の欧州は5つの勢力に分かれていた
・ドイツ帝国は今のドイツよりずっと大きかった
・イタリアも統一されたばかり
・ロシアやオーストリア・ハンガリーは経済的には西側よりも後れていた
・オスマン・トルコは衰退しつつあり、バルカン半島への影響力が弱まっていた
・バルカン半島の人々には独立の機運があった。
・オーストリアとロシアはトルコの衰退を喜んでいたけど、不安定化は嫌だった
・ロシアはトルコに代わってボスポラス海峡をコントロールしたかった
・オーストリアは北側をドイツに抑えられていて、南側までロシアに抑えられるのは嫌だった
・衰退するトルコ内で新国家が生まれると、ロシアやオーストリアも同じ機運が起きかねない
・ビスマルクは帝国同士、ロシアとオーストリアと仲良くしたかった
・フランスは普仏戦争で負けたドイツとは絶対に仲良くなれない
・英国は大陸とは関わりたくない
・オーストリアとロシアはバルカン半島をめぐって対立していた
・ドイツはバルカンでオーストリアの肩を持ちすぎると、ロシアがフランスに接近しかねない
・ドイツは戦争になったら、ロシアとフランスの両正面で戦うことになる
・でもビスマルクは上手く立ち回っていた
・でもウィルヘルム2世はオーストリアと仲良くした。ロシアはフランスと同盟を組んだ
・ロシアとフランスの同盟にはイギリスも加わった
・ドイツとオーストリアはイタリアを仲間に引き入れたが、大して力にならない
・ウィルヘルムは自信満々。戦争になったら、フランスを瞬殺してロシアと戦うつもりだった
・ドイツは貿易ルート維持のため海軍を強化していた。イギリスも対抗していた
・戦争がすぐに終わるのであれば、国家は強化されるという考え方もあった
・そんなときオーストリアの皇太子がセルビア人のナショナリストに暗殺された
・セルビアはもともとオーストリアの支援を受けてトルコから独立した
・でもセルビアはオーストリアの支配にも不満でロシアを頼るようになった
・皇太子を暗殺されたオーストリアはセルビアに強くでればロシアが出てくると分かっていた
・ドイツはオーストリアをたきつけて、絶対に一緒に戦ってやると約束した
・ドイツはロシアの軍事力が強くなる前に戦いたいと思っていた
・ロシアは先に動けば、侵略者とみなされることを嫌った
・ロシアはオーストリアを抑止する程度に軍を配備した
・ドイツはそのロシアの動きを侵略行為だとみなし、ベルギー経由でフランスに侵攻した

みたいな説明ですね。

分かりやすいです。ドイツが悪い。

でも、クラークさんは、”The Germans were not the only imperialists and not the only ones to
succumb to paranoia.”としています。”The crisis that brought war in 1914 was the fruit of a shared political culture. But it was also multipolar and genuinely interactive - that is what makes it the most complex event fo modern times and that is why the debate over the origins of The First World War continues, one century after Gavrilo Princip fired those two fatal shots on Franz Joseph Street.”なんだそうです。

そんなクラークさんは、分かりやすさに配慮して、あえて細かな説明を省いて筋書きを作ったりなんかはしません。容赦なく全部説明しにかかります。「Aはこの時の判断の理由について回想録でこう書いている。でも、BはAの行動について、正反対の証言を当時のインタビューで残している。当時の状況から考えて、Bの証言の方が正しいと思われる」みたいな記述が延々と続く。さらには「Cはこのインタビューではこう証言しているが、別のインタビューでは異なった証言をしている」みたいな話も出てくる。「Dは自らの日記を焼いてしまっている」なんていうのも。しかも登場人物は滅茶苦茶に多いうえ、私にとってはほぼ全員が知らない名前であり、しかもどのように発音するかも怪しい。例えば”Peter Karadjordjevic”みたいな。読み進めるのに非常に骨が折れます。

でもね。面白いのは面白いんです。時間があればもう一度読んでみたいと思う。第一次世界大戦に関する知識がほぼゼロの状態から読み始めましたから、もう一度読んでみたら、もう少し理解が深まるだろうし、これ以上に詳しく説明している本もないんじゃないかと思えば、挑戦しがいもある。次は5カ月ぐらいで読めるかもしれない。

まぁ、結論としては「要素が多すぎて理解できない」というわけだから、結局は分からないんだろうけど。

2018年7月21日土曜日

なかんだかりさん

No.70

電話で話した相手の名前を確認したら、「なかんだかりさん」だった。

間違えて覚えると後でややこしいかなと思ったので、「どういう字を書くんですか」と確認したら、「説明しにくいんです。以前、送った書類に名前を書いたかもしれません」とだけの返事だった。あとで書類を確認したら、名前は書いていなかった。

きっとややこしい字なのだろう。相手に散々説明させて、結局、「分からないですね」という結論になることは目に見えている。そんな気まずいムードになるのは嫌だし、これだけ珍しい名前だと多少間違っても個人は特定できるだろうから、「なかんだかりさんですね」と念を押すだけにしておいた。

ある日、ふと、このことを思い出して、インターネットで検索してみた。「仲村渠」と書く沖縄にある苗字で、ヤフー検索で643件ヒットした。変わった苗字の中ではかなりメジャーらしい。こんなことなら、書き方を確認したときに、「ネットで検索して下さい」といってくれれば、良かったのにとも思うが、きっとあの人は苗字のことに触れられるのにあきあきしていたのだと思う。

今度、話す機会があっても、「なかんだかりさんですね」と聞き流して、「沖縄の苗字ですよね」なんて馬鹿な発言はしないようにしたい。


2005/10/11

面白い話などない

No.69

名刺を交換した相手が珍しい苗字だからといって、「珍しい苗字ですね」というのは止めにしてもらいたい。

私も少し珍しい苗字なのだが、「珍しい苗字ですね」と言われて嬉しかったことは一度もない。相手としては、そう一言いえば会話が弾むとでも思っているのかもしれないが、珍しい苗字を持っていれば、自分の苗字について薀蓄を語れるというわけではないのだ。

名前なら、由来とかなんとかを親から聞いたこともあるかもしれないが、苗字の由来なんて調べるのも大変だし、例え分かったとしても面白くともないケースがほとんどではないか。例え面白いエピソードがあったとしても、話す方は飽き飽きしているはずだ。ニコニコしながらも、心の中には「またかよ」と毒づいていると請け合う。

「珍しい苗字ですね」と話を振るからには、そちらの方で面白い話の一つや二つは用意しておいてもらいたい。そういう話が無いのなら、こちらにも無いと思っておいて欲しい。


2005/10/7