2013年1月27日日曜日

アラブの春ってどうよ。

マリがややこしいなって書いた数日後にアルジェリアで日本人が巻き込まれた人質事件がありました。マリに対するフランスの軍事支援を止めされることが目的のひとつだと報じられています。犯行を主導したグループがリビアで武器を調達して犯行に及んでいるということで、「アラブの春以降、北アフリカの国々がイスラム過激派を押さえきれなくなっている」っていう解説をよく見かけます。

つまり、リビアでカダフィ大佐が独裁政権を維持しているころはイスラム過激派が好き勝手できる余地はなかったのに、アラブの春でカダフィ政権が倒れた後は国内を統治する力が弱くなって、イスラム過激派が武器を調達などのテロの準備をしやすくなっているということです。

となると、「アラブの春って結局いいことだったの?」っていう疑問も出てくるわけで、民主化した結果、地域で戦乱が始まりましたっていうんじゃ、民主化なんかしない方がマシだったっていう理屈だって成り立つ。エジプトでもムバラク政権が倒れた後、選挙でモルシ大統領が誕生したものの、軍部との対立など政治的な混乱が続き、経済活動が落ち込んでいる。そうなるとムバラク政権の方がよかったっていう人も出てくる。シリアなんかはアサド政権打倒を目指して反政府勢力が立ち上がったわけですが、内戦状態が長期化しているわけです。そうなると、アサド政権のままの方がよかったんじゃないのっていう話にもなる。そんな感じのテーマについて、Foreign Affairsに2つのエッセイが載っていました。

ひとつめが、"The Promise of the Arab Spring"というタイトルで、コロンビア大学のSheri Berman教授が書いたもの。それでもアラブの春は重要なステップだという内容です。

Berman教授によると、独裁国家が民主化した後、政治的に混乱が起こるのはよくあることで、18世紀のフランス革命や20世紀初頭のイタリアの民主化、同時期のドイツにおけるワイマール共和国の成立なんかの後にも同様の混乱の時期があった。そうしたことを考えると、アラブの春の後ですぐに戦乱が収まらないからといって、特定の国や地域や宗教のもとでは民主主義は成立しない、独裁主義でやった方がいいんだなんて決めるつけることは、歴史的な視点を無視した暴論だということになります。

まぁ、欧州の歴史には全く詳しくないですが、1789年に民衆がバスチーユ監獄を襲って始まったフランス革命はなんだかんだと国内の混乱を生み出して、1799年にはナポレオンによる独裁政権の樹立に至ります。イタリアの民主化も結局はムッソリーニによるファシズム政権に至り、ワイマール共和国もナチスドイツの台頭を許すことになる。"In fact, stable liberal democracy usually emerges only at the end of long, often violent struggles, with many twists, turns, false starts, and detours"というわけです。

あと、Berman教授は、こうした民主化後の混乱というのは民主化自体に問題があったから起こったのではなく、民主化前の独裁政権時代の統治手法に問題があったのだと指摘しています。つまり独裁政権は国内の一部の勢力を庇護しながら別の勢力を搾取の対象とすることで、国内の勢力を拮抗させて統治を実現していたのが、民主化によって独裁政権が消滅してしまうと、国内の対立関係だけが残ってしまって戦乱が起こるtということ。分ったような分らんような話ですが、Berman教授は欧州の独裁政権の歴史が専門なんだそうで、それはまぁ、そういうことなんでしょう。エッセイではこのあたりの説明も、歴史をたどりながらきちんと説明しています。米国だって英国からの独立を勝ち取った後、南北戦争になっているわけだし。

となると、長い目でみるとアラブの春のような民主化はやはり望ましいものだ。最後のパラグラフはこんな具合になっています。

The widespread pessimism about the fate of the Arab Spring is almost certainly misplaced. Of course, the Middle East has a unique mix of cultural, historical, and economic attributes. But so does every region, and there is little reason to expect the Arab world to be a permanent exception to the rules of political development. The year 2011 was the dawn of a promising new era for the region, and it will be looked on down the road as a historical watershed, even though the rapids downstream will be turbulent. Conservative critics of democracy will be wrong this time, just as they were about France, Italy, Germany, and every other country that supposedly was better off under tyranny.


で、Foreign Affairsに載っていたもう一つのエッセイは、"The Mirage of the Arab Spring"というタイトルで、Seth G. Jonesというランド研究所のAssociate Directorが書いたものです。内容としては、アラブの春の是非を問うわけではなく、米国としてどうやって対処していくべきかということを論じたもの。結論は、まだ民主化運動が強いかたちでは波及していない湾岸の王政国家での民主化を米国があえて後押しする必要もないよね、となっています。

アラブの春は2011年12月にチュニジアで起こった暴動で始まり、チュニジア、リビア、エジプト、イエメンで政権が打倒されました。いずれも数十年単位の長期にわたる独裁政治が続いていた国ですが、民主化を求める人々の運動によって、あっさりと政権が倒れてしまったわけです。それをみていた湾岸の王政国家は「うちでも民主化運動が起きるんじゃないか」と心配している。Jonesによると、サウジ、UAE、クウェート、オマーン、バーレーン、カタールで作る湾岸協力会議(GCC)がヨルダンやモロッコをメンバーに加える形で拡大の動きをみせていたり、エジプトに資金援助して影響力を持とうとしているのは、そうした警戒感の表れだということです。

ただまぁ、こうした湾岸王政国家は裕福な資源国であることもあって、民主化を求める動きはそれほど強くなっていない。サウジなんて「税金がない」とさえ言われる国ですから、国民が不満を持ちようもない。米国の独立戦争は「代表なくして課税なし」がスローガンの一つだったわけですが、サウジなんかは「課税がないんだから代表もなくていいよね」ってなもんです。また、東欧の民主化はソ連の弱体化が背景にあったわけですが、サウジなんかはまだまだ裕福で、金の力で民主化運動を押さえることができる。サウジではイスラム教の指導者たちがデモや反乱を禁じる宗教解釈も出ていて、宗教指導者も王家によってコントロールされているという見立てです。

で、問題なのは、こういう湾岸の状況に対して米国はどのように対処していくべきかという点です。米国は根本的に民主主義と自由主義経済の拡大を目指しているわけで、その理屈に沿えば、湾岸王政国家で民主化運動が起こるならばそれを支援する立場を取るのが筋です。

ただ、湾岸王政国家で民主化運動が起これば、それは世界のエネルギー供給を賄っている地域で長い戦乱が始まることを意味します。また、アラブの春で民主化した国々では反米感情が強まる傾向にあります。そうなると、こうした国々が反米テロ活動の温床になってしまう可能性は少なからずあるわけで、米国の安全保障にとって好ましい事態ではありません。

ということで、結論部分はこうなっています。

The uprisings of the last two years have represented a significant challenge to authoritarian rule in the Arab world. But structural conditions appear to be preventing broader political liberalization in the region, and war, corruption, and economic stagnation could undermine further progress. Although the United States can take some steps to support democratization in the long run, it cannot force change. Middle Eastern autocrats may eventually fall, and the spread of liberal democracy would be welcomed by most Americans, even if it would carry certain risks. Yet until such changes occur because of the labor of Arabs themselves, U.S. policy toward the Middle East should focus on what is attainable. As former U.S. Secretary of Defense Donald Rumsfeld might put it, Washington should conduct its foreign policy with the Arab world it has, not the Arab world it might want or wish to have at a later time.


湾岸王政国家で民主化運動が拡大したとき、オバマ政権はどうするんですかね。いまさら「民主化は支援しません」というわけにもいかないし、だからといって民主化支援で「パンドラの箱」を開けるわけにもいかない。湾岸王政国家で民主化運動が起きないような努力をしているか、それとも懸命に祈っているかっていう感じなんでしょうか。


写真はサウジのアブドラ国王。責任重大な人です。

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