最高裁のことを調べていて、「そういえば去年の6月ごろになんか大きな判決があったな」と思い出した。でも何の裁判だったか覚えていない。で、ちょっと検索してみたら、2012年6月28日にPatient Protection and Affordable Care Act(ACA)の合憲性を問う裁判がありました。そうそう、それそれ。オバマケアのやつでした。ということで改めて調べておいた。
これは、National Federation of Independent Business v. Sebeliusという裁判。判決文はこちら。
オバマ政権は2010年、医療保険に入っていないせいで医療費を払えない無保険者をなくそうとして、ACAを成立させます。オバマ政権1期目の最大の成果とされるこの法律ですけど、2つの点で合憲性が問われました。
ひとつめは、個人に医療保険への加入を義務づけ、2014年以降、保険に入っていない個人に対して"shared responsibility payment"の支払いを求めるという点。ACAでは「罰金」として位置づけられています。連邦議会が個人に医療保険加入を強制するような法律を作ることができんのかよ、っていう問題があります。
ふたつめは医療保険制度「メディケイド」の拡大。メディケイドは低所得者や障害者、妊娠している女性、子供などを対象とした医療保険制度で、連邦政府と州政府が資金を出し合って、州が運営する仕組みになっている。ACAは州に対してメディケイドがカバーする対象を、収入が貧困レベルの133%よりも少ない成人にまで引き上げるよう求めています。多くの州はもっと収入の低い層しかメディケイドの対象にしていなかったり、そもそも子供のいない成人は対象にしていなかったりしているので、ACAの規定に従えばメディケイドがカバーする人の数は増える。ACAは対象拡大に必要な資金は連邦政府が出すことにしていますが、もしも州が対象を拡大しない場合は、拡大に必要な資金を出さないばかりか、もともと出していた連邦政府の資金負担も止めてしまうと定めています。
こうしたACAに対して26州と個人、National Federation of Independent Businessが訴訟を起こします。第11区巡回区の控訴裁判所は、個人に対する医療保険加入の義務化について「連邦議会にそのようなことを決める権限はない」として違憲判決を下し、メディケイドの拡大については合憲との判断を下した。では、最高裁はどう判断するのっていうことですよ、問題は。判決の内容によっては、オバマ政権1期目の最大の成果がチャラになってしまうことになりかねません。
で、判決の内容なんですが、まず判決は、ACAが決めた個人に対する医療保険加入の義務化が、合衆国憲法が連邦政府に与えた「商取引を規制する権限」によって認められるという考え方を否定します。商取引を規制する権限というのは、合衆国憲法第1条8節3項で連邦議会の権限として定められている"To regulate Commerce with foreign Nations, and among the several States, and with the Indian tribes"のことです。
判決は過去の最高裁判例に従えば、この商取引を規制する権限は「すでに存在している商取引を制限する権限」のことだとします。ところが、医療保険加入の義務化は、「商取引をしていない」個人に「(医療保険加入という)商取引をする」よう強制することになり、連邦議会の権限を超えている。そんなことを認めてしまえば、連邦議会の権限は際限なく拡大してしまう恐れがあるとしています。
また判決は、医療保険加入の義務化が、合衆国憲法のNecessary and Proper Clause(第1条8節18項)によって容認されるという考え方も否定します。18項は"To make all Laws which shall be necessary and proper for carrying into Execution the foregoing Powers, and all other Powers vested by this Constitution in the Government of the United States, or in any Department or Officer thereof"という文言で、「第8節で示された権限や憲法で付与された権限を実行するために必要かつ適切な法律を作ることができる」という内容です。
判決は、18項について「連邦議会に対して憲法に付随する権限を認める」という内容であって、「憲法に列挙されている以上の独立した権限を認める」ものではないと判断します( Although the Clause gives Congress authority to “legislate on that vast mass of incidental powers which must be involved in the constitution,” it does not license the exercise of any “great substantive and independent power[s]” beyond those specifically enumerated)。医療保険加入の義務化は憲法の精神に照らして必要な措置とはいえないとして、Necessary and Proper Clauseに基づいて合憲だということはできないとします。
一方、判決は、医療保険加入の義務化は「健康保険未加入者に対して税金を課す」ことだと解釈されなければならないとします。合衆国憲法第1条8節1項で連邦議会は徴税権を認められていますから、「医療保険加入を義務づけるんじゃなくて、医療保険未加入者にshared responsibility paymentを払えと言っているだけだよ」という解釈だったら認められるかもしれないね、ということです。
で、判決はshared responsibility paymentを税金とみなせると判断します。このpaymentは「医療保険加入以外に選択肢がないというほど高額に設定されているわけではない」「医療保険への加入を忘れていたような、意図的ではない未加入者に対しても支払いが求められる」「IRSを通じて税金と同じように政府に対して支払われる」などの特徴があり、「医療保険に加入していないことを違法とみなすものではない」という判断で、ACAで「罰金」と位置づけられているものの、実際には罰金という性格からは遠く、むしろ「医療保険未加入者に対する課税」とみることができるということです。
また判決は、メディケイドの拡大について、州がメディケイドの対象を拡大しなければ、連邦政府が全ての資金負担を止めてしまうことについては違憲だと判断します。
合衆国憲法の1条8節1項は徴税権と同時に、連邦議会が合衆国の福祉のためにお金を使うことを認めていて、この権限に基づいてメディケイドのような連邦政府と州による共同の制度を作ることができる。ただ過去の判例では、州が自発的に連邦政府との共同制度に協力するかどうかという点が問題になることはある。今回の判決は、連邦議会が、州が共同制度を受け入れるよう圧力をかける目的で連邦政府の負担を止めてしまうぞと脅すことは、フェデラリズムに反することになる(When Congress threatens to terminate other grants as a means of pressuring the States to accept a Spending Clause program, the legislation runs counter to this Nation’s system of federalism)として、ACAの仕組みを批判。さらに連邦政府の負担を止めてしまうことは州にとって影響が大きく、メディケイドの拡大を受け入れざるをえない状況に追い込まれてしまう。また、ACAが求めるメディケイドの拡大は、これまでは限定的だった対象者を貧困レベルの133%未満の成人全体に拡大する劇的なものであり、それを負担停止をちらつかせて州に強制するのは違憲であるということです。ただし、ACA全体が違憲だというわけではなく、連邦政府の負担停止の部分だけが違憲だということです。
この判決については、ACAの「医療保険加入の義務化」に関する部分が合憲とされ、「メディケイド」も負担停止のところを修正すれば合憲だとみなされたわけですから、全体としては「オバマケアは合憲」と言えるんだとも思います。
ただ、最高裁の判断は「『医療保険加入の義務化』って言っても、強制するっていう意味で義務化するわけじゃなくて、『入らない人にはそれほど高くない税金をかけますよ』っていう意味なわけだし、メディケイドの拡大も州が拒否できる余地を作るんだったら、合憲って考えてもいいよ」というぐらいの内容です。shared responsibility paymentがどのぐらいの額かは知らないですけど、ACAは成立したものの、実際には医療保険に加入する人は増えないし、メディケイドの拡大に取り組む州も増えないっていう結末になるような気もする。違うんだろうか。
銃規制の話もそうですが、個人のことは個人で決めるという原則が尊重されている米国では、大統領が社会の仕組みやあり方について口出しする余地は小さいんじゃないだろうか。外交とか安全保障とかでは大きな権限があるんだろうけど。まぁ、よく分りませんが。
画像は「オバマケア」で画像検索して出てきたやつ。
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